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武器を取れ、ドラゴンを殺す 第二部 『補欠の僕らも星を見る』  作者: 運果 尽ク乃
第二章 仇国の魔女

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20214 読み飛ばしましょう


「イムはそんなにすごい奴なのか?」

「すごいなんてものではない! あの方は本物の天才であり、世界の宝だ! イムホテプ様を愛称で呼べるほど近くにいて、知らない訳がないだろうに!

 いいかい? イムホテプ様はまず神官長だ。現人神である【王神】を除けば、それは最も神々に近いということになる。


 我々都市管理者は都市守護神の神官を兼任しているけれども、あの方はそれを束ねる地位にいらっしゃる。

 我が都市の主神はクヌムであらせられるが、イムホテプ様はそういった各都市の神々も知り尽くし、それぞれへの作法まで完璧なのだよ。


 普通に考えればそれだけでも凄まじい知識と理解が必要になるのだが、イムホテプ様は同時に医者で、建築家で、書記でもある。

 本来ならばその四つの頭が【王神】を支える大臣として働くはずが、イムホテプ様は四つを兼任。

 各組織のナンバー2を大臣にし、自分は権力の少ない『相談役』とかいう立場に収まって、それぞれの主張の折衝をしている。凄まじいお方だよ!」


 へえ、そうなんだ。すごいね。

 探偵目貫(めぬき)(あまた)は、助けを求めるように隣を歩く袖搦(そでがらみ)を見た。

 小太りの小男は、無言で(かぶり)を振った。ちょっと勘弁してほしそう。


 もちろん、千と袖搦の二人は、イムが只者ではないことを理解していた。ちょっとどころではなく優秀で多才だなと思っていた。

 しかし、こうも立て板に水でまくし立てられたら引いてしまう。


「袖搦さん……彼をどう思う?」

「胸の奥がざわつく……なんだろうか、僕の中の知らない部分が『こいつだ』って言っている」


 千は頷いた。自分の中に自分の知らない感情が(うごめ)いている。『これ』に極めて近いものを知っているだけに、苛立ちが募る。


「ゆきちゃんを見てる時に近い気持ちだ……」

「奥さんか?」

「まだ彼女だよ」


 袖搦の穏やかさと真面目さを考えると、恋人がいても納得だった。だが、彼の発言は千の胸に鋭い痛みを走らせた。

 千は知朱(ちあき)を思い出していた。甘い疼き、期待と恐れ、困惑……。


「殺そう」

「ダメだ」


 これ以上、その感情を直視していられなくなって、千は行動に移ろうとした。

 ネヘプは部下に指示を出し、襲撃者の生き残りを拘束していた。


 暗殺は千の得意分野だ。ネヘプは無警戒である。滑るように近付いて、ドライバーで眼球から脳まで一突きすればそれで終わる。


「…………ダメだ」

「なぜ?」

「それは、その……」


 理由を口にできない袖搦。その柔和な顔に困惑と嫌悪感が浮かぶ自分の言動に説得力が持てない顔。


「だからだ」


 逆に千は決意を固くした。これは、この感情はおかしい。論理的に説明できない。

 そして、説明できないからこそ躊躇(ちゅうちょ)する袖搦と、説明できないからこそ強行を主張する千。


 この違いが、決定的な断絶となる。


「…………目貫さん、ダメだ。『疑わしきは罰せよ』は『探偵(あなた)』には出来ても『警察(ぼく)』にはできない」

「逆だろう『私立探偵(ハードボイルド)』は善悪に従い、『国家権力(イヌ)』は法律に従う」


 千は決定的な刃を突き立てた。そもそも……探偵である千は警察と仲良くできない。グレーゾーンに踏み込んでいる者が、黒まで進んだものを引き止める仕事なのだ。

 白しか許さない警察のやり方は、理解できても許容できなかった。


 ここまで仲良くやってきたのは、この時代では日本国憲法は無意味で、個人の倫理観で生きるに限り共存できていたからにすぎない。

 袖搦が警察と探偵の立場を持ち出してきた時点で、二人の破綻は決定的となった。


 なったが。


「ネヘプを殺すかどうかを、【狩人】の義務ではなく倫理観や善悪で決めるのならば、オレも殺すべきではないと思う」


 正直言って、千はホッとしていた。

 感情的に殺すべきだと判断し、実行してしまったら何よりも千が、千のハードボイルドが耐えられない。


「……だが、袖搦さん」

「うん」

「ネヘプがもしも【ドラゴン】で、同時に倫理的に正しかっただ場合はどうするべきかは、考えておくべきだろうよ」


 それは、千自身にとっても最大の問題点だった。





 そこからの数日間は、ネヘプたちと同行した。


「『河』の水は日照りと干ばつの他に、去年起きた地揺れが原因だ。大地に生まれた巨大な暗黒に『河』の水が吸い込まれている。

 大規模な治水と……貯水を行っているのは事実だ。『暗黒』に水を吸われないように」


 すぐに、ネヘプの言葉の意味が分かった。

 巨大な地割れが荒廃した大地をひきさくように走っていた。地割れは『河』に切り込みを入れており、大量の水が闇の中に消えていた。


「私だけではこの治水は困難であった。しかし……『建築の父』と名高いイムホテプ様のお力添えがあれば!」


 ダムによる貯水のお陰で、ネヘプの街及び、その周辺の農村は比較的安定していた。

 水不足に苦しむ下流の民が不満を募らせるのも仕方がない。


 千は、ネヘプに何か後ろ暗い所が無いかを探した。しかし、彼は清廉潔白だった。部下からも慕われており、捕らえた襲撃者たちは数年の労働の後に解放されるらしい。

 兵を率いて積極的に領地を回り、無法者を懲らしめて民の不満を聞く。どうにか瑕疵(かし)を探して血眼になるも、どうにも空振り続きであった。


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