20210 拒絶
「ぉらぁッ!!」
旋風巻いて鰐皮引き裂く!
ズ目貫千たちが到着した時、ちどりは涙を流しながら逃げ惑っていた。
小野の手斧による攻撃が胴体に突き刺さり、クロコダイルは即座に身を翻し逃亡に転じた。
千と袖搦が周囲を警戒、『シャーク』は折り悪く近くに居なかったためここには居ない。
「ちどりぃ! 生きてるか!!」
「ひぃ、ひぃぃ……生ぎでるぅぅ……!」
ちどりは右腕がズタズタだった。クロコダイルの牙が無数に突き刺さり、骨も砕かれて穴だらけのボロ雑巾の様相だ。
「…………もう助からないな」
「痛い、痛いぃ……マジで……? ふひっwwwちぃ死ぬんか……?」
「この傷ではもう無理だ。私は医者でもある。適切な道具と清潔な場所なら助けられるが……」
イムの言い草がどれほど無茶苦茶なのか、【狩人】たちは気付かない。
医者もまたこの時代においてはエリート中のエリートである。神官と兼任することはあるが、イムは様々な立場を兼任しすぎだった。
常識的に考えよう。ちどりの出血量、砕けた骨、感染症の危険性……ちどりはこれから高熱を出して、三日三晩生死の境をさまよった後に苦しんで死ぬだろう。
適切な薬もなく、無数の傷は牙によるし、しかも引っ張られて広げられていた。これは縫うのも難しい。人間なら死ぬ。どれだけタフでも死ぬ。
これを、古代の迷信交じりの未発達な医療技術ながら助けられると断言するのだ。
現代でも適切な外科処理をしなければ最悪死ぬし、うまく行っても右手が一生使い物にならなくなるような重傷をである。
「清潔、適切な道具……無理だな。一つ確認するがどんな処理をする気だ?」
千の質問は揶揄ではなく好奇心だった。
「まず傷を切り開いて砕けた骨と、残った小石や牙を取り除く。傷を縫合し、薬草と軟膏を張り付け獣の皮を張り、包帯を巻く。
腕に悪霊が入った場合は高熱が出てひどく膨らむ。その場合は諦めて、悪い血が身体に流れないように切断すれば生き残れるかもしれん」
ほとんど現代医療だ。千は舌を巻いた。ちどりの傷は深い。【義体】の回復力は聞いていたが、この傷がキレイに治るとは思えなかった。
「すまないイム、俺が想像してたよりはるかに高度な外科手術だ。真似できそうにない」
「私は専門家だからな」
「ならばイム、最低限の処置を施すなら?」
イムは考え込んだ。治療するだけ無駄だと思っているのだろう。
「腕を切り落とすのはさけたい。我々【客人】? は君らの言う悪霊に強い」
「……信じがたいが、印の一種なのだろう。切開をして牙や石、割れた骨を取り除く。縫うのは難しいが最低限の化膿止めはある。添え木ごと包帯で結んで圧迫固定だろう」
イムの顔には「無理だ」と書いてあった。千もそう思う。
「イム、道具借りれるか? やるだけやってみる」
「……ま、麻酔は?」
「あるわけねーだろ。つーかなんで一人で行動してた?」
出血が多く、すでにちどりの顔は青白い。宵闇が迫りつつある。篝火の明かりの下で手術は不可能だろう。
「ふ、ふひっwwwみ、水を汲んできたら一目置かれるかなってぇ……」
「死ぬところだったな」
「だってヤッくんがぁ……」
「ガキのせいにすんじゃねぇ」
そう、ヤキトは逃げた。いや、ヤキトが逃げてきたから千たちは間に合ったのだが。
皆の後ろで巨体を縮めておどおどとしているヤキト。千は少なからず落胆していた。
それは、自己嫌悪でもあった。
千はヤキトが嫌いだ。まったく期待なんてしていない。そのはずなのに、落胆した。期待していないならばヤキトがどれほど役立たずでも興味はないはずだ。
つまり、千はヤキトに期待していた自分に落胆したのだ。
「ヤキト、お前のお陰でちどりは助かったかも知れない」
だからその言葉は八つ当たりだった。
「だがヤキト、お前は弱いものを見捨てて逃げた。それは戦士のやるべきことではない。オレは、お前に弱いものを守れと言い続けてきたはずだ」
理解できると思っていなかった。それでも、これまでの不機嫌ではなく完全な侮蔑と嫌悪を、千はヤキトに突きつけた。
「あ、ぁま……」
「オレはお前のママじゃない。お前が一緒に行くのは構わんが、オレはもうお前の面倒を見ない」
「ぅぅ……っ」
言葉が通じているかは分からないが、少なくとも拒絶は伝わった。
「うぉぉぉぉおおおん!! ぉぉおおんん!!」
泣きながら走り出すヤキト。千は舌打ちし、少し考えた。
「クソッ、あのバカ……野営地じゃない方向に行きやがった!」
「目貫さん、僕は子供を持ったことはないんだけど……」
「なら口出ししないでくれ」
オロオロと心配そうな袖搦、逆に小野はなにが面白いのか吹き出した。
「なにがおかしい」
「別に、ママじゃないよな? パパ」
「うるさい」
「ふひっwww」
引き笑いするちどり。千は一層不機嫌になった。尻ポケットを探る。取り出したホープの箱……残り三本。イライラしながらポケットに戻した。
【義体】の関係か、タバコへの依存は抜けているものの、苛立ちを抑えるためにしばしばタバコが欲しくなる。
「ちどりは笑ってられるうちに笑っておけ……ナイフとピンセットはこっちで用意できる。イム、悪いが包帯と猿ぐつわを頼む」
「猿ぐつわっすか? なんで?」
「お前がショックで舌を噛まないために嵌めるんだよ」




