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武器を取れ、ドラゴンを殺す 第二部 『補欠の僕らも星を見る』  作者: 運果 尽ク乃
第二章 仇国の魔女

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20209 クロコダイル


 クロコダイルは水辺の捕食者。周辺に天敵を持たない頂点捕食者(エイペックス・プレデター)である。

 彼らは水中戦に特化しているが、陸上でも弱いわけではない。3メートル以上の巨体、250kgの重量、ナイフのような牙に並んだ巨大な口、頑丈な体皮。


 ライオンすら捕食対象であり、無防備に泳ぐ人間では手も足も出ない。時にはボートごと襲い、乗っている人間を食い散らかす。


 だが、彼らの恐ろしい点は巨体と水中戦だけではない。

 辛抱強さと知能こそが、クロコダイル最大の武器である。


 クロコダイルは川、あるいは泥の中に潜み、目だけを水面に出して獲物が近寄るのをじっと待つ。

 クロコダイルは焦らない。急がない。爬虫類の冷酷さで、射程圏内に獲物が入り込むのを待ち続ける。


 そして、待つだけではない。彼らは罠を張る。

 小枝や木の実などに、好奇心旺盛(おうせい)な獲物が興味を引かれてやってくるのだ。


 クロコダイルはそんな愚かな獲物を逃さない。数に物を言わせて確実に屠り捕食するのである。




「ふひひっ、こんだけ泥っぽいんなら、水たまりもあるっしょ〜」


 ヘラヘラ笑いながら、無防備に沼沢地に侵入したのは立花ちどりである。

 現代ではむさくて臭くてモサモサな女であるが、この時代においてはその弱点の全てが当然のことになっていた。


 まずそもそも風呂がない。下着をつける習慣もないのでノーブラでも問題ない。直毛は少なく、長髪はさらに少ない。

 ちどりの髪はものぐさで伸ばしているだけだが、日差しが強いしトリートメントもない時代の人間とは比べるべくもない。


 現地人から美人の扱いを受けて、ちどりは浮かれていたし、危機感も欠如していた。


「ヤッくんに水汲みさせてちぃの株が上がるとかwwwバカと頭は使いようってね」

「んーぁ」


 バカにされていることに気付くことも無く、ヤキトは笑顔で追従していた。彼のメンタリティは完全に赤子だ。ちどりに名前を呼ばれたら、当然のようについて来た。


「ちょっと暗くなってきたなぁ〜? ヤッくん、あそこの水くんでくれる?」

「…………?」


 ヤキトの現在の知能は一歳児程度である。つまり名前を呼ばれたらついて行くが、ものを取れと言われてもそれが何なのかまで理解できない。

 当然、この場でもニコニコするだけで動かなかった。


「チッ」


 ヤキトが理解できないため、態度悪く舌打ちするちどり。彼女は自分よりも強いものには全力で媚びるが、下に見た相手はとことん馬鹿にする。

 ちどりはヤキトに持たせていたバケツを乱暴に奪うと、泥っぽいもののしっかりと水たまりになっている場所に足を進めた。


 水たまり。


 この日照り干ばつの中で、どの生物も欲しがるもの。

 つまり。


「うわあああああっっ!!!?」


 そいつは鳴かなかった。静かに速やかに。嵐のように獰猛に。身体に乗せてあった泥を全部跳ね飛ばしながら、恐ろしい俊敏さで飛びかかった。

 悲鳴はヤキトのものだった。彼は突然現れた怪物に、泣きながらなりふり構わず逃げ出した。


「ぎゃあああぁぁぁぁっっっ!!!!」


 そいつはクロコダイルだった。


 体長3メートル、オリーブ色の体皮には黒緑の斑点が浮いている。体長は頭部と胴体、そして尻尾がそれぞれ1/3を占めている。

 扁平ながら力強い四肢と、1メートルもある尻尾を利用した跳躍。完全な奇襲だった。


 ちどりは【武器】を出していなかった。【防具】も着ていなかった。……【防具】。

 【狩人】の多くは【武器】同様にその身を守る【防具】を生成できる。もちろん万能ではない。


 【防具】の使用中は【義体】の強みをいくつか失う。回復速度が低下し、空腹を覚える。

 短時間の使用はともかく、長期使用には向かない。


 …………だがそれでも、【防具】の性能は絶大だ。

 一見ただの布にしか見えなくても刃は通さないし、頑丈な全身鎧に見えても動きを阻害せず極めて軽い。


 この時、ちどりが【防具】を身に纏っていたならば……あるいは五体満足で住んだかも知れなかった。


 飛びかかるクロコダイルに、ちどりはなすすべもなく悲鳴をあげて腰を落とした。顔をそらして右手を掲げて。

 クロコダイルは幸運にも疲弊していた。日照りによって獲物は少なく、空腹だった。跳躍に往時の鋭さはなく、必殺の……文字通り必ず殺すはずの牙は頭部や胴体に届かず、ちどりの右腕に喰付くに留まった。


「ぎぇぇぇぇえええええええええ!!!!? 痛い痛い痛いいぃぃぃ!!」


 クロコダイルの『必殺』は、ただの噛みつきではない。その顎は巨大で牙は鋭く長いが咀嚼(そしゃく)に向かない。

 一本一本が3センチもあるような無数の牙は、獲物の肉に食い込んで離さない。クロコダイルは獲物を生きたまま『解体』し、食べやすい大きさに引き千切って食らう。


 横転した。


「あぎゃああああああああ!!! このワニ!? なんじゃそりゃあああああ!?」


 300キログラムの細長い身体は横回転が得意だった。食い付いたままその強靭な筋力を駆使して身体を捻るとどうなるか。想像に易いだろう。

 獲物の関節と筋肉はその衝撃に耐えられない。ワニはこの攻撃でシマウマや牛の脚をブチブチと引き千切る。


 人間ではどうなるのか、何も変わりはない。

 クロコダイルは本能的に力学を理解している。即座に右肩は脱臼し、筋は耐えきれずに引き伸ばされる。皮膚は裂けて、食いつかれた傷は更に広がる。


 ちどりがクロコダイルの動きに合わせて転がったのは【狩人】の本能だった。それがなければその一回転で肩から先を失っていた。


 だが、勘違いをしないで頂きたい。

 クロコダイルにとって横転は特別難しい行為ではない。一度で食い千切れないならば、もう一度やるだけだ。


「んぎぃぃぃぃぃああああああああああ!!!」


 千鳥は絶叫した。叫ばなければ気が狂ってしまいそうだった。

 【武器】【防具】……間に合わない。右腕は食いちぎられてショック死する!!


 故に千鳥は神に祈った。


「ぎいいいいい!! し! しんび、うすぅぅぅっっ!!!!」


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