表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
武器を取れ、ドラゴンを殺す 第二部 『補欠の僕らも星を見る』  作者: 運果 尽ク乃
第二章 仇国の魔女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/112

20208 ぁま


「ぁーま、ぁーま」

「ママならあっちでしゅよ〜、ふひひっwww」

「誰がママだ!」


 幼児退行した巨漢の黒人、ヤキトの世話は目貫(めぬき)(あまた)の仕事であった。

 当たり前だが、明らかに自分より力の強い屈強な黒人の世話なんて、誰も喜んでやらない。


 小野はヤキトを毛嫌いしているし、ちどりは最初はひどく怯えていた。袖搦(そでがらみ)は誰にでも優しいが、ヤキトへはどんな態度をとればいいか分からない様子だった。

 意外なことに、『シャーク』ことマノが協力的だった。


 千にとっての幸運は、ヤキトが本当に赤ん坊だったのは最初の一日だけだった点である。

 一日目は地獄だった。手を繋がないと歩かないし、原因不明で暴れるし、失禁も脱糞もする。


 『シャーク』が手伝っていなかったら千はハードボイルドをかなぐり捨ててヤキトをぶん殴って荒野に放置していただろう。

 彼は赤ん坊についての知識があった。内心を見せない男ではあるが、ヤキトを見る目つきは悲しみに満ちていた。


 二日目からは言葉が通じるようになった。といっても、こちらの感情と勢いから善悪を判断できる程度、犬猫みたいだと千は思った。

 イムの用意してくれる食事は豪華ではなかったし、分量も少なかった。それは飢饉下なので当然であり、千たちも文句はなかった。


 堅焼きパンと水の夕飯時、自分の分のパンをペロリと平らげたヤキトが千のパンに手を伸ばした。


「コラッ!!」


 強く鋭い叱責にヤキトは身をすくめて泣き出した。その頃には、ヤキトに邪気が全く無いと【狩人】全員が知っていた。悪者は完全に千だった。


「…………ヤキト、人のものを奪ってはいけない。お前は自分の分だけで満足しなければならない」


 千はヤキトに何かを伝える時、常に苛立ちを押し殺していた。当たり前だがヤキトが嫌いだった。

 ヤキトもそれを理解しているようで、千に対して常に怯えた態度を取っていた。言葉が通じなくても、千がいつも怒っていることは分かっていた。


「お前は身体が大きく、強い。だからこそ奪ってはならない。与えなければならない。自分より弱いものを力でねじ伏せても何の自慢にもならない」

「ふひっwww、それ、通じてねーんじゃねっすか?」


 怒りを押し殺してヤキトに語りかける千を、ちどりが嘲笑(あざわら)う。そんな事知っている。

 分かるわけないし、ヤキトが理解できるようになったらちどり同様鼻で笑うだろうという確信があった。


 それでも、千は言わない訳には行かなかった。ヤキトに教えている以上に、自分に言い聞かせていたからだ。

 ヤキトを見捨てて、ヤキトを暴力で支配してはならない。それは千自身への言葉でもあったからだ。


 徒歩の旅は順調だった、ヤキトもしっかりついてきた。三日目にはヤキトはちょっとした言葉を喋るようになった。

 最初の言葉は「ぁま」だった。


「ママ?」「まんまじゃないか?」「千だろ?」


 小野の言葉に千以外の【狩人】は腹抱えて笑った。実際ヤキトは千を追いかけながら「ぁま」「ぁーま」と言い続けた。


「彼は君を親だと思っているんだ」

「勘弁してくれ……」


 『シャーク』の言葉に千は頭を抱えた。冗談ではなかった。

 ……言葉を喋るようになって、ヤキトは理不尽に暴れることが減った。


 千の名前を呼びながらニコニコ後追いする姿に何を思ったのか、ちどりは警戒をやめた。千は面倒くさいので、警戒したままでもよかったのに。


「探偵さん、沼地になってきたってよ」


 三日目の昼過ぎ、先頭集団に交じっていた小野が、中央集団の千たちを呼びに来た。


「水!!? 水っすか小野センパイ!」

「水じゃねぇよ沼だ。黙ってろ」


 【狩人】たちの肉体は【義体】であり、その肉体的能力は非常に高く、補給も最低限で済む。それでも水が少ないのは閉口した。

 ちどりが一番欲望に忠実だったが、水が欲しい気持ちは【狩人】だけではなく一向の共通した気持ちだ。


「少し移動速度を速めて、夕方までに水場に着きたいってよ」

「分かった。共有しておこう」


 ここまで【狩人】たちはただの客人だった。護衛としても雇われていたが、大した仕事はしていない。

 彼らの進む荒野は、元々は肥沃な土地だった。しかし日照りのせいで生物は激減していた。


 ここまで彼らが遭遇したのは、あばら骨の浮き出た数匹の野犬のみ。

 【狩人】が出るまでもなく、護衛の投石で追い払えた。


 …………結局、夕方までに水場に着くのは不可能だった。『溝』は水分を多く含んだ泥の湿地帯になっており、野営地は『溝』から少し離れた場所になった。


「泥でもこせば水になるだろ? 煮沸すれば飲めるんじゃね?」

「残念だがオノ殿、手間と危険に見合った分量は得られない」


 小野の言葉にイムが首を振る。野営では大きな篝火(かがりび)を焚き、馬車に積んでいた布を地面に引いて横になる。

 千たちは最初、何千年も昔なのに麻布と羊毛が普及していることにひどく驚いたものだった。


「手間はともかく、危険があるのか?」

「水場だぞ?」


 逆に聞き返すイム。だがこの危険を、現代日本人が理解するのは難しい。現代人にとって水は蛇口をひねれば出てくるものであり、命をかけて取りに行くものではない。

 そして何より、日本には大型肉食水棲生物が存在しない。


 泥に潜んで獲物を待つ、水辺の殺し屋の危険性を……【狩人】たちは身をもって知ることになる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ