20002 聞き込み
デリバリーヘルス、通称『デリヘル』。自宅やホテルに風俗嬢を派遣し、サービスを行う派遣型の性風俗である。
姉妹は昼間はデリヘル、夜はキャバクラで稼いでいた。
「変な客? 冗談、変じゃない客のほうが少ないんじゃあないか?
でもうちは優良店だからねぇ、嬢の安全第一だよ。どんなに金払いがよくてもガチでやべー客は取らない。福祉厚生もしっかりしてんだ」
姉妹が勤めているデリヘルの代表者は、五十代の女性だった。タバコを吸いながらゲホゲホと笑う。昔は美人だったのだろうが、長年の不摂生が祟りひどい顔色をしていた。
「あー、ちょっと待ちな……変な客じゃないんだが」
彼女はタバコを胸いっぱいに吸い込んで、咳き込みながらノートパソコンを操作した。
探偵は安心してホープに火をつけた。ヘビースモーカーの近くはいい。いくら吸っても文句を言われないからだ。喫煙者への風当たりは年々強くなる。
「去年の末あたりから、あの子に入れ込んでる客がいてねぇ……ほら、年末年始なんて毎日指名して延長までしてる」
「なにか聞いているか?」
「いいえ……」
妹のことなら何でも知っていると思いこんでいたのか、『アキナ』の顔色は悪い。
「わざわざ伝える程のことでもなかったのか」
「姉には言いにくい事だったのか……『ハルカ』と親しい子は?」
「あの子はいつもお姉ちゃんとベッタリだったからね」
探偵、目貫千は考え込んだ。姉妹仲が本当に良かったのか、それとも……姉が妹を束縛していただけなのか。
『アキナ』の雰囲気を見る限り、無意識で妹を束縛していそうではあるが。
「その男の連絡先は?」
「流石に教えらんないなァ。こっちも商売なんだよ?」
「では、『いつまで』?」
「…………」
代表者が千を睨む。『アキナ』も気付いたようだった。
「ついでにもう一つ、同時期に『ハルカ』のシフトは減っているか?」
「あんた、まるで探偵だね」
「探偵だよ」
『アキナ』が首を振る。知らないという顔。
風俗などやっている女は崖っぷちだ。人生につまずいているし、いつ転落してもおかしくないどころか、多額の借金を背負っていることも多い。
であるならば収入は返済に当てているはず、それが滞っているほどではないということか? 仕事を減らして? どこからの金で?
「念の為聞いておくが、客との恋愛はあるものなのか?」
「あるけれど……あまり好ましくはないわ」
「そもそも、禁止している場合が多いねェ。『自由恋愛』の名の下に店を通さず『商売』されちゃァ困るのさ」
風俗店は風俗嬢と客をマッチングさせ、安全を確認し、送迎も行う。
当然そこには中間マージンが発生する。支払いの一部は風俗店に支払われるのだ。
客と風俗嬢が個人間で金銭のやり取りした場合、店への報酬は発生しない。両者にとってWin−Winに見える。
だが、それをまかり通しては店が成り立たない。店がなくなると風俗嬢は露頭に迷うことになる。店の後ろ盾を失っては、危険な客に対処するのも難しくなろう。
だが……千は真面目な顔で考え込んだ。デリヘルを呼んだら偶然知り合いで、しかも身体の相性がバツグンで、そのままお金がいらない関係になりたいなんて……そんな夢みたいなこともちろん考えるにきまってるだろう?
「建前はね」
「建前?」
「ガチで太い客がついて、背負ってる借金肩代わりしてくれんなら、みんな妾でもセフレでもなんでもなる。恋人? 結婚? 大歓迎さ。もう戻って来るなって所だね……そうそう上手くはいかないけどさ」
その後の関係が長続きしなかったり、恋人がクズ野郎だった場合は苦労しかない。
それでも、可能なら幸せになってほしいのだろう。ここは地の底でも、這い上がろうとする者の背中を押してやる程度の情はあるのだ。
つまり? さっきの妄想は可能性があるってこと?? 相手の背負っているものをどうにかできる財力があればだが。結局金か!! 千は貯金がなかった。
「『ハルカ』のシフトはどう変化している?」
「今年の四月から週五だったのが週三になっているねェ。例の男が来なくなったのと同時期から」
「店長、やっぱりその男の連絡先を……」
代表者は舌打ちし、タバコを胸いっぱいに吸い込んで後に咳き込んだ。
「あの子を見つけたら伝えておきな。『辞めるんなら菓子折りの一つも持ってきて頭下げんのが筋ってもんだ』ってな」
『男』、津原有馬の携帯電話には繋がらなかった。
「オレは津原の住所に向かう。その前に二つ聞いておく」
「私の本名は佐摩愁子。妹は椿姫。もう一つは?」
『愁子』の妹『椿姫』がトラブルではなく、自分の意志で身を隠しているのであれば。
津原という男と駆け落ちをしただけならば、このまま何事もなく見つかるかもしれない。
千同様のプロが逃がしたのならば難しいかもしれないが、素人の駆け落ちならば足跡はいくらでもある。
駆け落ちの理由は、姉あるいは借金から逃げるためだろう。
「彼女が罪を犯していたら?」
「そ、それは……」
愁子の顔に怯えが走る。津原が恋人ならば何も恐れることはないのだけれど。
妹とその男の間に姉にも言えないようなトラブルが生じていたならば。
その末に、彼女が何らかの罪を……例えば殺人に手を染めていたならば……。
愁子は千の腕にそっと触れた。僅かに、恐ろしいほどに自然に、身体の距離が迫るのと、千が退くのはほぼ同時。
二者の足捌きを、達人の如きと呼ぶのは少しばかり褒め過ぎであろうか。しかしながら少なくとも、二人はお互いの動きの意味を理解していた。
愁子は千を籠絡せんと企み、千はいち早く距離を置いた。
この意味は自明である。
「言ったろ? オレは仕事で女は抱かない。それともう一つ、人を探すまでがオレの仕事で、その後どうするかは関係ない。
必要ならば自分で警察に行け。そんな面倒ごとまでしていられるか」
自明で、あったはずだった。
「探偵さん……その、もしも妹が見つかったら、今度こそ仕事関係なく会ってくれますか?」
「悪いが化粧の濃い女は苦手なんだよ。もう少し地味な服で来たら考えてもいい」
あー。本当に来てくれないかな……妹さんと二人でサービスしてくれたら最高だな。
千はハードボイルドな拒絶の裏で、そんな風に熱望した。
しかし、物事は当然そうそう上手くは運ばない。千がたどり着いたアパートには、すでに別の住人が住み着いていた。
「ああ、前の男なら先月引っ越したぜ……先々月だったかな?」
現在が七月の初め。妹の椿姫が行方をくらましたのが一ヶ月前。男が引っ越したのはその少し前。
「隣のやつ? あぁ……N県の出身だって言ってたような……」
隣室の住人の話で、点と点が繋がってしまった。
千は報告のメールを携帯電話で打ち込みながら帰路についた。今日の仕事はここまででいいだろう。
『津原はすでに引っ越しており、津原の出身地がN県豆降村だと判明した。
明日、椿姫さんの写真を頂き次第現地に向かう』




