20206 依頼
しばらく泣きじゃくっていたヤキトだったが、泣きつかれて眠りについた。
その頃には目貫千と【狩人】たちは疲労困憊の体であった。
「こ、こんな風に私は【魂】を扱えるすごい【女王】なんだよ……」
「…………」
千は袖搦を見た。彼は困惑の顔で頭を振った。二人の考えは同じだった。
シスは……この超常の力を持つ少女は【ドラゴン】なのか?
「『そう』であり『違う』んだよ、これがね」
答えたのはシス本人。意味を理解したのは千と袖搦、そして小野の三人。
「私は【王神】に【神権】を与える【女王】。【奉仕者】に【印】を与えるものでもあるんだけど。
お兄ちゃんお姉ちゃんたちみたいな【客人】がこの地を訪れるのは二度目……少しだけ説明していいかなぁ」
千は頷いて先を促した。シスは外見通りの無力な子供にしか見えない。彼女の部下であるイムは、そこそこやるだろう。しかし、格闘戦ならば千には敵うまい。
結論から言うと、千たちの想像は正しく、行動は誤りであった。三人には判断基準になる【情報】が足りない。その上、友好的に接して来るいたいけな少女を迷いなく惨殺できる側の【狩人】は、話を理解できていなかった。
「ええとね、ええと……」
「神を信じぬ輩には難しい話だが、我が国では神が各街の管理者に御印をお与えになる。
女王陛下は神の巫女であるため、御印を他者に授けています。これは、授与そのものが陛下の責務であるということだ」
「ふひっ、何言ってるかわかんねーし」
「なら黙ってろ」
「サーセンwww」
少なくとも千は、イムがシスの責任を回避しようとしているのが分かった。
【印】とやらが何なのかいまいち分からないが…………。
「死ぬか?」
「すまん」
無意識に小野の下半身を見つめていた。先ほどのシスの手つきを思い出す。なんて羨ましい……千も尻を好きなだけ揉んでみたかった。
千たちが【印】そのものを危険視しなかったのは、理由は不明だが小野が『持っている』からでもある。それゆえに特別な警戒に至らなかった。
「管理者の中には印の力を悪用するものもある。この日照りと凶作、干上がった河……すべてはメンヒトの管理者ネヘプのしでかした事だ」
「どうやってだ?」
小野が不機嫌そうに尋ねた。シスの動きを見る限り、『魔法を使った』なんて言われかねない。
「日照りは自然現象だよ。だけど、ネヘプのお兄ちゃんは【印】で得た知識を使って水を堰き止めちゃったの。
おかげで下流域は全滅、難民が各都市を圧迫しているし、【王神】の威光は地に落ちてるし……【神様】は人々の暮らしを豊かにするために【印】をお与えくださってるのであって、苦しめるためじゃないのにね」
『悪いやつがいるから斃して欲しい』ゲームのオープニングだなと千は思った。その千とは違い、袖搦は乗り気のようだ。
「その……【印】というのは【情報】あるいは知識なのかい?」
「人によるけど、多くは知識。人々をより幸せにするための知識だよ。ネヘプはたぶん水回りだったんじゃないかなぁ。治水して氾濫を減らせれば、雨季の死者も減るだろうし」
少し考え込む小野と袖搦。千はシスの他人事のような言い方が気に触った。おくびにも出しはしないが。
「女王陛下が授けたのではないのか?」
「言ってくれるねお兄ちゃん。でも私は【奉仕者】に【印】を与えるだけ。お与えになるのはもっぱら【神様】だよ」
善意の第三者を主張するシス。千の感覚的には彼女は罪のない少女である。しかし、直感的には違う。
この依頼は怪しい。千たちを利用して政敵を排除したいだけの可能性が、極めて高い。
「少し、仲間内で話をしていいか?」
「イム、外に出よう……ちなみに言っておくと、私たちが頼みたいのはネヘプの排除じゃないからね。水の堰き止めをやめるように、イムがお願いに行くんだけど、その護衛かな」
二人が小屋を出た所で千は嘆息した。自分の感覚は当てにならない。確実に、シスが上手だ。
彼女は高い確率で【狩人】らを利用するつもりだ。
「【ドラゴン】が『文明レベルをオーバーした知識を与えるマレビト』だってことは、【互助会】で聞いてる」
「ふひっ、あのお人形みたいなお姫様、まさにそうじゃね」
引きつった笑みを浮かべべるちどり、千と小野が頷く。『シャーク』が手を上げた。
「あの子を殺すのは嫌だ」
「それは分かるが……その事は先回しでもいいんじゃないか?」
小野の提案。彼女は先程からずっと考え込んでいた。
「【ラストイル】ってデカ女と、シスの言葉から推測すると、あたしらはやっぱり六等分されてる」
シスは『【客人】が来るのは二回目』だと言っていた。
「あたしらがやらなきゃならない」
「袖搦さん、【ドラゴン】を殺したらどうなるんだ? オレたちは現代に戻るのか」
「【互助会】ではそう聞いてるよ」
シスたちが来る前に、いくつかの細かい【情報】を共有していた。その中には【義体】のこともある。
今現在の肉体は、この時代に作られた戦闘用のボディで、意識だけが入っている状態。破壊されたら意識は現代に戻ると。
「イムに同行して、ネヘプという奴を確認するべきだ。【ドラゴン】の疑いがあったら殺せばいい」
千は酷薄に宣告した。そうそう無感情に誰かを殺せるのか? そう思う部分もあれど、それが最適解だった。
「シスはどうするんだ?」
「ネヘプを殺しても帰れないなら、シスの所に戻り次のターゲットを探す。それがないならシスを殺す…………そういうことになる」
『シャーク』の目が、それまで一切見せなかった感情を映した。嫌悪と憎悪。千は甘んじてそれを受け入れる。どれほど憎まれても、受け入れるしかない。
そんな提案を、千はしたのだから。
『殺し奪うだけの百の魂』…………それなら、もっと心のない殺人マシーンを選んでくれ。千は心中で【ラストイル】に毒づいた。




