20205 イシス
「こんにちは、【客人】のお兄ちゃんお姉ちゃんたち。私は【女王】。
【王神】に【神権】を与える者。でも畏まったりしなくていいよ。私自身は無力な女の子、お飾りに過ぎないからね」
ニコニコと笑いながら、無警戒にレンガ小屋に入り込む少女。十歳前後の外見に、それにしては老成した雰囲気。
異様に鮮やかな緑の髪、浅黒く彫りの深い美しい顔立ち、瞳もグリーン。サラサラのロングヘアは肩甲骨まであり、キレイに横一文字で切り揃えられていた。
額当て、ピアス、首飾りに腕輪。全てが黄金。複数の宝石が飾られて、その身分の高さを示している。
衣服は薄布、おそらくはシルク。汚れの無い純白で、ノースリーブのワンピースに似ていた。
探偵、目貫千と四人の【狩人】は、少女の物怖じしない言動に面食らっていた。
そもそも、彼女の言葉の半分は理解できていなかった。
千たちの不運を簡単に言い表すと、初めて出会った現地人が彼女だった事にある。
それゆえにその異常性を、特異性を理解できなかった。【女王】を名乗る少女は友好的な笑顔で【狩人】たちを……彼女の言葉で言うならば【客人】見回した。
「こんにちはお姉ちゃん。【女王】は堅苦しいし、シスって呼んで」
「え……あたしか?」
まっすぐに小野に話しかける【女王】ことシス。
底知れぬ笑み、両手を後ろで組んで、小野の周りを回る。
「な、何?」
「【客人】でありながら【奉仕者】ってだけで面白いのに、変な所に【印】があるのね!」
「みぎゃっ!?」
邪気のない顔で、シスは小野の尻を両手で鷲掴みにした。スーツの下に隠された肉厚のヒップをグイグイと揉みほぐす。
千は無心になった。すごい! 安産型! 指が沈み込む素晴らしい弾力!
「コラーーッッ!!!」
「あだーーーっっ!!?」
「へ、陛下ー!?」
小野の反応は早かった。問答無用で拳を後頭部に叩き下ろす。拳骨を打ち込まれたシスは頭を押さえてうずくまった。
驚きの声を上げたのは、彼女に待っていた影の薄い男である。160センチ台。適度に引き締まった肉体の40絡み、浅黒い肌に赤い髪。よく見ればかなり整った顔立ちだが、シスの前では霞む。存在感が皆無。
「何が陛下だオッサン! ガキのしつけはしっかりしておけ! どこの世界に挨拶代わりに尻を揉む奴がいるんだ!?」
「……陛下、その女の言うとおりです。その挨拶は二度としないでください」
「ひどいよお姉ちゃん……私も初めてやったし二度としないと思うけど」
指を鳴らす小野、シスは袖搦の後ろに隠れた。誰なら守ってくれるかを見抜いている。
「ごめんね、つい珍しくて」
「……よし、謝れたな。許すよ。あたしも殴って悪かった……で、なんだ? 分かるように話せ」
意外なほどに子供の扱いがしっかりしている小野。というか、老成した雰囲気のシスを完全に外見通りとして接している。
「私は【巫女王】……ええと、神の代行者で通じる? イムは王朝の神官長で神聖書紀で建築頭、つまり私の部下なの」
「……」「……」「……」
「年齢関係なく、宗教的理由でシスの立場が上なんだな」
千の答えに、シスは安心したように頷いた。話が通じるのか心配だったのだろう。
「当たり前だろうに……」
「当たり前じゃないよイム。お兄ちゃんたちは【旅人】なんだし」
「小野には、信仰的になにか気になる点があったんだな?」
「うん。でもそれよりお願いしたいことがあるの」
「……」
千は袖搦を盗み見た。彼も困惑している。【互助会】での情報には、このような事態は想定されていなかったのだろう。
「我々には目的がある。できないこともあるが」
「それは平気。お兄ちゃんたちとイムの行く先は同じ場所だから」
「なぜ分かる?」
妖怪だの宇宙人だのの次は怪しい幼女で巫女と来た。千は心のなかで眉に唾を塗った。
「その前に、まずは私が本当に神の代行者だって証拠を見せるね。そこに【魂】のない人がいるよね」
シスが指さしたのは……ヤキトだ。
千は慄然とした。魂がない。そう言ってのけた。感情の一切を取り払われた、尻子玉を奪われた腑抜け。
魂を、『河童』は魂を奪うということか。
「……」
「でも【魄】は残ってる。代わりの【魂】を入れれば、記憶は空っぽでも動くようになる……こんな風に」
「陛下、それは……!」
シスの全身が、特に頭部を中心に輝く。千は身構えた。その光は……現代で最期に見たものに、『くねくね』が放つ白光によく似ていた。
イムがひざまずく、他の【狩人】たちも圧倒される。シスの輝きは、世界中の宗教画に描かれるもの…………すなわち存在の神性を表す光輝。いわゆる後光そのものだった。
「待て! ヤキトは!!」
「んん……んぉぇ……っ」
シスから発せられていた光が部屋の端で寝たまま動かぬヤキトに注ぎ込まれる。ヤキトの身体がビクビクと痙攣し、野太いうめき声が漏れる。
千は素早く動き、シスを睨みながらヤキトに近寄った。この娘なんてことをしてくれるんだ……!
ヤキトが目を覚ましたら、どう動くのかなど知れている……!
ならば、奴が暴れる前のその喉頚を掻き切って……!
「うぁ、うあ……うああああぁぁぁぁっっっ!!!」
だが、直後に起きた事に千は呆気にとられた。
ヤキトは鼻を……『この世界』に来た直後に千に殴られて折れた鼻を押さえて泣きじゃくっていた。意思を感じさせない動きに、千は慄然とした。
「こ、こいつ……」
「そのお兄ちゃんは、そもそも【魂】がなかったから今は赤ちゃんだよ……自分で動けないよりかは役に立つでしょ?」




