20203 自己紹介
「あそこにレンガの建物がある。話はそこで聞こう」
「『あれ』はどうする?」
「…………すまんが手を貸してくれないか?」
探偵目貫千が見つけたのは『溝』沿いの小さな小屋だった。
『溝』は地面から一段低く、中心に向かってなだらかに下っている。幅は恐ろしく広い、数十メートルある。
無愛想で不機嫌な『シャーク』の手を借りて、二人がかりでヤキトを運んだ。邪悪な男だが、あのまま日干しになるのは少しばかり寝覚めが悪い。
乾燥レンガの小屋はドアもなく、外からみると半分崩れていたが、中は家具はないものの比較的涼しく快適だった。
「改めて、袖搦叉刺です。【武器】はサスマタ。趣味はカードゲーム。仕事はお巡りさん。と言っても、ここではあまり意味がないね」
アラフォーの小男が頭を掻く。千は身を固くした。穏やかだが気を許せないタイプだと思っていたが、警察とは。
同様に、『シャーク』とちどりも身を固くする。後暗い所があるのだろう。
「小野だ。【武器】は……手斧だな。保険のコールセンター勤務」
「目貫千。私立探偵だ。【武器】は……見せないとダメか?」
ただ一人、警察と聞いても抵抗感のない小野。彼女の気配はすこぶる健全だ。
「お互いの信頼関係のために、お願いしたい」
「仕方ない……『マイナスドライバー』だ」
千の手に、ふわりと現れたのは、大型ドライバー。持ち手は六角形のプラスチック、金属部分は太さ4.5mmで、長さは12センチ。
手に馴染んだ、護身用の武器。本物は荷物と一緒にバスの中だ。
「ふひゃっ! ドライバーwww! ひひっひ、ドライバーってwww!!」
「この【武器】ってやる気あんのか?」
腹を抱えて笑うちどりは無視して、小野が自分の手斧を出した。ドライバー、手斧、サスマタ、オール、ステッキ……。殺すための道具にしては、なんというか心もとない。
「『シャーク』。【武器】はレイオマノ。湘南でハワイ料理店勤務」
「レイオマノ?」
「……サメの牙を埋めたハワイの武器だ。ハワイ人のハーフ」
浅黒い肌と茶色い紙は、日焼けと潮焼けだけではないのだろう。『シャーク』の目はよく見ると深いブルーだ。
「ふふひゃっ、どこの部族のお守りだよ」
「お前、さっきから聞いてて不愉快だからちょっと黙れよ」
「ふひひっ、サーセーンwww」
ちどりの卑屈さと、急に他人をくさす喋り方、そしてヘラヘラした引き笑いは確かに不愉快だった。
「……………………」
「お前の番だろ」
「黙れって言われたんでぇ……www」
千は小野に一歩近付いた。このままでは殴ると思ったからだ。小野は音高く舌打ちした。
「このクソガキ……」
「ええ〜? ガキにガキって言われたくないんだけどwww? 小野いくつよ、中卒? 働いてっからっていい気になんなよ、ふひっwww」
「……29で高卒だ」
「え」「え」「年上か」
三人目は『シャーク』それにしては肌艶が良すぎる。千は小野を十代だと思っていた。
「立花さん、話が進まないから」
「……た、立花ちどり。【武器】は魔法のステッキ」
袖搦に諭され、少なからず怯えた様子でちどり。自分より下だと思ったら威圧してマウントを取り、男には卑屈に怯える。
「最後に、『それ』はヤキト。クソ野郎だ」
「生きてるけど、彼に何があったんだ。【転送】の失敗とかかな」
「『河童』に尻子玉をぶっこ抜かれた」
「尻子玉wwwふひっ、本気で言ってますそれぇwww」
「袖搦さん」
千に呼ばれ、袖搦が困ったように頭を振った。
「いや、私に聞かれても困る」
「だよな、申し訳ない」
千だって困っている。ヤオそっくりの小野、腑抜けになったヤキト。自分の【武器】は工具。
帰りたい。いや、帰れない。ダメじゃん。帰る場所ない。全部投げ出したい。
「すまんが、まず一つ聞いていいか? 大事なことなんだが」
「どうぞ」
「オレはこうなる前に致命傷を負っていた」
ワイシャツの腹には穴が開いている。血痕は無いが。
「想定した順番と違うけど、まずはそこから説明しよう。さっきも少し言ったけど、これはチーム戦だ。
【ドラゴン】と交戦して生き残った者が【望み】を叶える。【互助会】長の張井さんも、開始アナウンスの朱里さんも【望み】を叶えたんだ」
開始アナウンス……千は思い出してゾッとした。袖搦以外の三人も同様の様子。
「結論から言うと、助かる。【望み】で叶うのは『知識の獲得』『本人または別の誰かの改造』『過去の変更』。
張井さんはゲーム会社の社長なんだけど、自分のゲームをバカ売れさせた。そのゲームは『ラストウィル』……知ってる?」
千は肩をすくめた。頷いたのはちどりひとり。
「朱里さんは『一回目』の情報不足に苦しんだから、情報を確実に得ようとした……人間の脳には負担が大きすぎたみたいだけど。
他にも、少なくとも二人は【望み】を叶えている。一人は自分の連続殺人をなかったことにして、もう一人はオーディション番組の内定をもらった」
「ふひっオーディションっすかぁwww?」
「…………」
一笑に付すちどり。千は嫌な気持ちだ。この女、ちどりって千鳥だろう? 『千』つながりという共通点がこんなに嫌なことってある?
ノーブラロングTシャツでほどほどおっぱいも大きいのに、不潔な外見と胡乱な性格のせいで嫌悪感の方が大きい。それに対して小野はいい。大変いい。スーツに窮屈に押し込まれたおっぱいは大きいし、堅気で地味で口さがない友人感覚の距離で、頭も倫理観も良くておっぱいがデカい。
それはともかく、千に言わせればオーディションまでという辺りに、その人物のプライドと自信を感じる。
だが、それよりも問題はその前だ。
「殺人をなかったことにした……?」
「正確には不明だけれど、少なくとも警察とネット上の記録からは消えているらしい。本人と連絡は取れていないんだけど」




