20202 三人
「参ったなぁ」
「…………」
「ひひっ、ゆゆゆるしてくださいぃぃなんでもしますからあああああ」
探偵、目貫千たちから少し離れた場所、地面にできた異様な溝の中で、三人の男女が向かい合っていた。
正確には二人が遭遇し、それによって発生した悲鳴を聞きつけて三人目が駆けつけた。
駆けつけたのは160センチ超の小柄で小太りの三十代後半の男。ゲームキャラのTシャツに履き古したジーンズ、重そうな鞄。短く刈った髪にはところどころに白髪が交じる。独身中年オタクの装い。名を袖搦。
彼の視線の下には土下座をする女と、見下ろす男。
男は180近い長身で、身体は鍛えられ、日焼けしている。上半身は裸で胸に入れ墨。下半身は派手な柄のハーフパンツ。男にしては長めの髪は潮焼けした茶色。立ち姿からすでに酷薄な雰囲気が漂う。
その手には船のオールのようなものが握られていた。袖搦は彼を、サーファーだと思った。
女も裸だった。
ヨレヨレのパンツ一枚で、白い背中をさらしてブルブル震えながら土下座している。その横にはロングTシャツが脱ぎ捨てられていた。完全に命乞いの挙動。
「…………」
袖搦はひび割れた溝に下りた。乾燥した泥が粉と舞う。サーファーは無言で、オール状の【武器】を手にしたまま動かない。
「君たち、ちょっと落ち着いて」
「ひっ、ひぇっ! 汚いオッサン……! ま、またマワされる……!? お願いしますから抵抗しませんから痛いのはやめてくださぁぁあい!!」
金切り声を上げる女。モサモサでボサボサの黒髪。おしゃれではなくものぐさから切っていないのだろう。
「ひどい」
「なんでもしますからあああああ!! でもはじめてだから! はじめてじゃないけどはじめてだから優しくしてくだしぃぃいい!!」
袖搦は彼女を無視することにした。隙をついて殺そうとかそういう動きには見えない。袖搦は人がよかった。
「お兄さん、【武器】をしまって。私は袖搦叉刺。【互助会】に参加している。『現代』側で【狩人】同士が協力するための組織だよ」
「…………『現代』?」
反応があった。袖搦は頷く。
「そちらの嬢ちゃんも聞いて、私ら【狩人】は競争相手じゃない。協力関係だよ。『前回』何人かの【勝利者】が出た。
【互助会】は彼らの一人が作ったんだ。一人でも多くが【望み】を叶えるためにね」
半裸の男も、土下座の女も聞く体勢に入っている。袖搦は安心した。
「【武器】を収めてくれないかい?」
「…………その前に、アンタの【武器】が見たい」
【武器】。【ラストイル】に与えられた力、魂に紐付けられた【ドラゴン】を殺すための道具。
袖搦は一歩下り、右手で中空の何かをつかむ仕草をした。輝く粒子が両側に伸び、十秒もかけて形をつくる。
両側四尺づつ、合計八尺。240センチの長物。その先端は牛の角のように二股に分かれているが、奇妙で禍々しい茨の如きトゲが無数に、無規律に生えていた。
「ひええええ!? 拷問道具!! パンツも脱ぎますから痛いことやめてえええ!!」
「それより服を着なさい。これは刺股。相手を殺さずに捕まえる道具だから」
「…………【武器】をしまう。話を聞かせてほしい」
サーファーの手からオールが消滅した。袖搦は安堵の息を吐き、頷く。
「『シャーク』だ」
サーファーが胸の入れ墨を指す。サメの図柄。彼本人も口と鼻が大きく、サメを思わせる風貌。その感情を感じさせない目つきもサメのそれ。
「ふひっ、ハンドルネーム有りっすか? じゃあ自分は『橘ミユキ』で、ふひひ」
「お嬢ちゃんいくつ? アニメの主人公の名前そのままはちょっと……」
「ぎぇぇえっ!? なんでええ!?」
「カードゲーマーは総じてオタクなんだよ」
担いでいたバッグを下ろす袖搦。中から現れるカードの山。
「ふひっサーセン…………でも、た、立花はマジなんでぇ、『立花ちどり』でぇす」
頭を搔くちどり、フケが舞う。『シャーク』が放り捨てられたロングTシャツを拾い、ちどりに差し出す。
「君たちが友好的で安心したよ。私は弱いからね」
「ふひっ、チビデブの汚ッサンじゃ仕方ねぇっすよ」
「…………」
侮るような言い方を、しかし袖搦は笑って流した。子供の言うことにいちいち目くじらを立てても無意味だ。
「立花? アンタの【武器】は?」
「ひぃぃっ! ごめんなさい!! ちぃの【武器】はマジカルステッキです!!」
頭を下げながら前に出した両手か輝き、長さ40センチの棒が出現する。ピンクと白に塗装されていて極めつけにチープだ。
先端には黄色く塗装された鳥の形のエンブレム。誰の目にもオモチャだった。
袖搦は言及しなかった。『シャーク』は疑り深くちどりを見た。見た目通りの【武器】とは思えない。例えば……仕込み杖の一種とか。
「ここは暑い、どこか屋根のある場所か木陰を探しましょう。そちらの人たちも!」
「…………どーも」
少し離れた木陰に潜んでいた二人組か姿を現す。ちどりが派手に騒いでいたのだ。人目を引くのは当然である。
スーツ姿の女と、背の高いイケメンだが薄汚れた男。小野と探偵、目貫千であった。




