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武器を取れ、ドラゴンを殺す 第二部 『補欠の僕らも星を見る』  作者: 運果 尽ク乃
第二章 仇国の魔女

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20201 他人の空似


「やめろおおおおお!!!」


 女の絶叫が、断末魔の悲鳴が、狂気の発露が、耳を通さず直接脳内に響

き渡る。

 脳細胞に爪を立てられるような不快感と激痛……いや、それは痛みではない。誰かの狂気が混線した。魂の幻肢痛だ。


 (あまた)は……探偵、目貫(めぬき)千はのたうち回りながら、悲鳴が、女の悲鳴が、脳内をミキサーする【意思伝達】ではなく現実だと気が付いた。

 同時に、自分が酷く熱い地面に転がっていることと、周囲がやけに眩しいことにも気が付く……。


「ってぇ!? なんだてめぇ!! 死ぃ……っね!!」


 千は勢いをつけて立ち上がった。真昼の日差し、真夏の暑さ……いや、それにしてはカラッとしている。乾燥しすぎた異様な暑さ。

 近くに人の気配。女と……もう一人。


「やめろ!!」

「!?」


 千の乱入に驚いた女が飛びずさって身構える。パンツスーツに眼鏡の女。それよりも問題は。

 千は棒立ちの黒人男性の顔面に拳を叩き込んだ。受け身も取れずに倒れて、無反応…………そこで、異常に気付く。


「うわ、てめ!? ナニしてやがる!!」

「…………傷がない」


 バタフライナイフで刺された傷がない。バタフライナイフそのものは握りしめているが、千の血で汚れてもいない。

 よく見ると、鼻血を出して倒れた黒人男性……ヤキトも傷がない。しかしその姿は最後に見た時同様、ズボンと下着をずり下げて、性器も尻も丸見えだった。


「…………あー、ええと。助けてくれたのか? ありがとな。それでお兄さん、何が起きてるか分かる?」

「分からんが……少なくともこいつは『くねくね』だか、『河童』だかにやられて腑抜けになった。対処法を教えてくれ」


 千は混乱しながらも尋ねた。ヤキトはあの時脱糞していた……いや、尻子玉を出していた。こいつがどうなっても興味はないが、おそらく死地妊(しちにん)もまた『くねくね』を見ていた。

 同様の腑抜けになっているのであれば、彼女だけでも助けなければ。


「…………は?」

「は? じゃない!」


 千は少なからず苛立った。パンツスーツに眼鏡の地味な女。女にしては身長が高い。スーツに窮屈(きゅうくつ)そうに押し込められた乳房は人並み外れて大きい。まとまりの悪そうな黒髪を首の後ろで結わえて……黒髪?


「すまない。ひとついいか?」

「あたしも聞きたい」


 千は女を見た。胸を見た。スーツに押しつぶされても分かる大きさ。声、顔。間違いない。間違いないと思うのだが。


「あなたはヤオではない?」

「あたしを誰かと勘違いしちゃいないか?」





「あたしは小野。悪いがその『ヤオ』じゃない」

「すまなかった。オレは目貫千。探偵だ。『ヤオは』驚くほどあなたに似ている。顔と、声が」


 他人とは思えないほどに。

 千は顔と声を覚えるのが得意だ。仕事だからだ。だから、すぐにヤオだと思った。しかし……あんなに真っ白だった髪、気のせいでなければ眉も睫毛も白だった。目の前の小野はまるで違う。


「本当に申し訳ない。それと、こいつは……オレの敵だ。処理しておく」

「まあ待て、ええと? さっき気のせいじゃなけりゃ『河童』とか言ってた?」

「…………言った」


 最悪だ。千は気恥ずかしいくて顔を隠したかった。穴があったら入りたい。初対面の女に『河童』だなんだとバカみたいなことを口走った事になる。タフでリアリストな探偵にはあるまじき行いだ。


「それは、『これ』に関係するのか?」

「…………恐らく」



 周辺は、広大な荒野だった。



 上天にはギラギラと照りつける太陽。破壊的な熱光線が大地と、千たちを照りつけ焦がす。

 千はちらりと腕時計を確認した。八時十八分。N県豆降(まめふり)村の山中を這い回っていた時間で間違いない。


「何時だ?」

「…………」

「同じだ。あたしは退勤の電車の中にいた」


 荒野は、地平線まで広がっている、そして千はひと目で、ここが日本ではないと考えた。理由はその地平線。


「落ち着かないな」

「山がないからだ」

「たしかに、それと土の色が違う。どこだここ、鳥取砂丘か?」


 千が指摘したとおり、四方のどこにも山がない。見渡す限りの荒れ地のド真ん中。

 千は鳥取砂丘に行ったことはないが、名高い砂地でも、山は見えるのではないだろうか。


「植物には詳しい?」

「いや」

「だよな、あたしもだ」


 ひび割れた地面は乾燥し、赤い地肌はところどころにしなびた植物の残骸がある。周囲を見回せば枯れ木や、乾燥して死にかけた木も散見される。

 植生に詳しければ、それが何の木か分かったのかも知れないけれど、残念ながら千はシティボーイだった。


「知りたいことは無限にあるが、おそらくは状況は一緒だろ。探偵さんも何も分からいんだな?」

「そうだな」


 この『探偵さん』のイントネーションもヤオの言い方に近い…………いや、ヤオからはもっと親密というか、距離感の近いと言うか、とにかく不思議な湿度ある呼び方だったが。


 千は改めて小野を見た。ガチガチの服装。ネクタイも締めてジャケットまで羽織り、手には通勤鞄。

 M田の駅周辺。つまりは歓楽街ではなく普通の、表通りやターミナル駅として利用するごく普通の勤め人に見える。


「そもそも、【ドラゴン】てのはなんだ? 【武器】ってなんだ? どうやって殺せって? 探偵さんと違ってあたしゃごくごく普通のOLだぞ?」


 それにしては身体を鍛えているし、肌艶も異常にいい。だが、本人の言う通り……『殺し奪うだけの才能』など持っていないように見える。


「いや、待て。一ヶ月前に夢を見なかったか?」

「なんの?」

「あの巨大女【ラストイル】の招集で、山の中をさまよう夢だ」


 千の言葉に、小野はためらいなく首を振った。


「知らんが」


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