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武器を取れ、ドラゴンを殺す 第二部 『補欠の僕らも星を見る』  作者: 運果 尽ク乃


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20001 捜索依頼


 私立探偵、目貫(めぬき)(あまた)二十八歳。実のところそこまで優秀な男ではない。

 186センチの身長も、彫りが深く、どこかエキゾチックな顔立ちも、よく通る低音のバリトンも、恐ろしく人目を引き付ける。


 張り込みにも、尾行にも、調査にも。その他のありとあらゆる探偵行為において目立つことは利点となり得ない。

 人目を引くことで他の誰かの隠密行動を支援することは可能かもしれない。


 しかし残念ながら千は個人事業主。同僚も部下もいないハードボイルドな一匹狼であった。

 彼の事務所は都内にあったが、それは二十三区から外れたド僻地。半ば神奈川県のような場所だった。


 東京都から神奈川県に食い込んだブーツ型、東京都のイタリア半島。吹き溜まり。行く当て無い者たちの最後の理想郷。

 そう、東京都M田市である。


 東京都の迷惑防止条例や風営法の改善により、新宿歌舞伎町から追い立てられたならず者ども。

 その吹き溜まりのような、スラムの如き猥雑(わいざつ)な地域の雑居ビルに千の事務所はある。


「妹さんですかい」

「ええ、先月『N県に行くって』言ってから連絡係取れなくて……」


 依頼人は肉感的な美女であった。二十代半ば、この街の人間らしく厚い化粧に高い露出度。長い睫毛に金髪。ギラつくアクセサリ。いわゆるキャバ嬢。高級酒店で客の自尊心を満足させるために存在する太鼓持ちである。

 夜の仕事に出る直前の時間であるが、その顔には化粧でも誤魔化しきれない疲労の色。この街の住人は一様にして人生に疲れている。


 千の好みはもう少し健康的な女だ。笑顔が似合うのがいい。でも、おっぱいが大きいのと露出度が高いのは最高だ。甘い香水の匂いが鼻をくすぐる。

 このまま退廃的で(ただ)ただれた関係になりたい。そう願わずにはいられない。探偵は女にモテなかった。


 探偵は机の上の名刺を一瞥(いちべつ)した。眼前の滴るような美女が『アキナ』で、妹が『ハルカ』。どちらもキャバクラの名刺だ。見知った店名と電話番号。

 客ではなく、揉め事の仲裁役として、探偵は出入りしている。割引券ももらっているし、客としてハメを外したい気持ちは強い。女の子と豪遊したい。でも、ハードボイルド探偵には似合わない。千は血を吐く思いで我慢していた。


 『アキナ』の見た目はどこにでもいる頭空っぽの商売女に見えた。しかし、その実態は違うだろう。目の奥に、ザラリと光る獣の気配を千は感じ取っていた。他人を下から操作するのが得意な猫のような。

 操作されたいと、千は表情を動かさずに考えた。男としての優越感を利用されながら奴隷のようにコキ使われるのって幸せだろう。


「しかし、成人しているのだろ? そこまで心配するほどのものですかい?」

「私たち姉妹には親がいないの。自分たちだけ……ずっと支え合って生きてきたわ。それが突然」


 行方をくらませた。


 仕事柄、千はこのような事例を数多く見てきた。そしてその多くは、一方的な執着や依存を原因とした。

 一方的で自分勝手な愛情に耐えかねる。重責やプレッシャーから解放されたい。逃げる側の言い分はだいたいそんな所だ。


 千はそんな思考をおくびにも出さず、神妙な顔で頷いた。

 想像通りだった場合、千は依頼人を優先してきた。もちろん、逃げたくなるほどの相手だ。冷静な話し合いのできる場を用意して、お互いの意思をすり合わせさせた。


 当たり前の事ではあるが、行方不明で二度と会えない。生死不明。これは残された側のその後の人生を狂わせる。

 逃げ出したい。縁を切りたい。それはまあいいだろう。だが、一言も伝えぬままに姿を消してしまっては、残された方は四方手を尽くして探すしかなくなる……。


「写真はもっとないんですかい? できればノーメイクのもの」

「ううん……難しいわね」

「メイク薄めのものでもいい、山の方にその化粧で行くとは思えないんでね」


 水商売特有の派手な化粧は、このような街以外ではひどく場違いだ。

 キャバクラメイクで山村を歩く姿を想像し、千は心の中で笑った。もちろん顔には出さない。


 メイクの薄い『アキナ』も見たいな。できれば家のベッドで二人で朝を迎えた時とかに。


「それなら、去年旅行に行った時のがあるわ」

「コピーを取らせて欲しい。明日にでも用意してくれ……さて、料金だが」


 千が示した金額は、相場から考えれば決して高いものではなかった。しかし、他県への出張費と宿代、現地での一週間の捜索費用などを盛り込むと、目玉の飛び出るような価格になっていた。

 本当は三倍くらい吹っ掛けたい。だが、この街に住む人間はたいていどん底だ。所持金よりも借金が多い。


「……その、もう少し何とかならない?」

「これでも良心的な方なんですがね」

「現物支給ではいかが?」


 身を乗り出す『アキナ』。たわわな乳房が重力に引かれ、豊かな曲線を作る。だが探偵は一瞥はくれたものの、無感動に押し返した。これに惑わされる客はたくさんいるんだろうな。もちろん千もその一人だ。

 視線を胸に固定したいし、すったもんだを楽しみたい。だが、だが……千にも生活が懸かっているのだ。家賃を払うためにはセクシーな誘惑に負けてはならない。こんな我慢ばかりの人生なんて嫌いだ。


「あら意外、女を泣かせてそうな顔しているのに」

「仕事と私生活は分けたいんでね、女を抱くのはオレの仕事じゃない」

「仕方ないわね」


 何より。千は『アキナ』を警戒していた。この女は、男の操縦が得意だ。対等なビジネスパートナーから崩れたならば、支配されかねない。

 

 上からでも下からでも男を自在に扱う術を、その生き方の中で学んでいるであろう顔。

 手を出したならば、沼に引きずり込まれるかのようにズブズブとハマって抜け出せなくなるだろう。その先に待つのは闇金と臓器売買。借金の泥沼である。探偵はそんな人間を何人も見てきた。


「その金額で構わないわ。その代わりに、三つ条件があるの」

「もちろん可能な限り手を打つとも」


「一つ目、可能な限り毎日進捗を報告してちょうだい。もちろん『進展なし』でも構わないわ」

「それは元から予定している。安心してくれ」


 個人で探偵などという仕事をしている以上、千は几帳面であろうと努めていた。

 必要以上にこと細かく、定時報告を欠かさないのが千のやり方だ。しばしば、几帳面すぎると言われるが、几帳面のどこが悪いのか千自身は分かっていない。女にモテないのもその細かさが原因だとも気付いていない。


「二つ目、もしもあの子が『私から逃げたかった』のなら、率直に伝えて」

「……分かった」


 千は舌を巻いた。やはり見た目通りの女ではない。千が口にしなかった可能性を、最初から考慮している。バカそうなのは見た目だけということだ。


「最後に、これは仕事と関係ないのだけれど……個人的にアナタに興味があるの。

 タフで男らしい所が見かけだけでないって所、教えてほしいわ……この後にでも」


 艶っぽくしなを作る『アキナ』に、探偵は小さく嘆息した。

 その色仕掛けに喜ぶ男は多いだろう。探偵には食傷気味だろう。どいつもこいつも似たような方法で値切りを図るものだから。


 ハードボイルドな探偵の挙動は以上。千は? 時間が許すならじっくりねっとりタフで男らしいところを朝までコースで叩きこみたいところである。

 本当は源氏名ではなく本名を聞きたいのだが、面倒なので後回しにしよう。いまここで本名を聞いたら、興味があるって思われちゃうし。千はそう思った。


「妹さんを早い所見つけたいんだろう? ならばまずは聞き込みだろう。」

「聞き込み?」


「あんたたちの店で、いくつか尋ねたいことがある。キャバクラだけか?」

「……もう一軒あるわ」

「なら、まずはそっちからだ。案内してくれ」



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