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武器を取れ、ドラゴンを殺す 第二部 『補欠の僕らも星を見る』  作者: 運果 尽ク乃


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20016 遠い星


「ライトは?」

「最低限でいい、目を闇にならせ」

「あいよ」


 探偵、目貫(めぬき)(あまた)、多重人格者の死地妊(しちにん)と美咲、そして『アナグマ』という詐欺師。

 それに失血と負傷で気を失ったままの川瀬氏の四人は夜の山をゆっくりと移動していた。


 千たちの目的地は空戸(あきど)山頂上近くに作られた『施設』。過去の悪縁を切ってくれるとされる空の神『豆降(まめふり)』を祀る祭殿である。


 千と死地妊は人探し、『アナグマ』は逃げるため。川瀬氏は従業員である。


 それがどんな因果か、乗っていたバスが謎の白い怪物『くねくね』のせいで事故を起こし、山の中をさまよう羽目になった。

 問題は、この山には得体のしれない、人知を超えた怪物がうろついていることである。しかも一匹二匹ではない。


 千たちが最初に遭遇した……正確にはすれ違っただけに等しい相手は『くねくね』。

 直視した者の精神を崩壊させる存在。バス事故の原因であり、少なくとも運転手ともう一人が『くねくね』のせいで命を落としている。


 次に出会ったのは『ヤオ』と名乗る女。

 態度は友好的ながら、人間離れした挙動をする怪人。


 そして、いままさに逃げている相手、『わいら』。

 軽自動車のような体躯(たいく)、人間を一呑みにする口、鉤状の前足。異音を上げる怪物。


 前の交戦は痛み分けだった。

 千たちは川瀬夫人を失い、死地妊が負傷した。代わりに『わいら』に手傷を負わせ、いくつかの情報を得た。


 『わいら』は通常の生物ではない。山で食ったと思われる小動物の骨をハリボテのように組み合わせ、その上に皮を張り付けたような存在だ。

 叩くと骨が砕けへこむが、それが通用しているとも思えない。内側に溜めた骨を散弾のように発射する機能を持つ。これにより死地妊は負傷した……。


 そう、『機能』である。

 宇宙人か何なのか、『わいら』は何者かに作られた機械のように感じられた。そして、ならばこそ、付け入る隙もあるのではと千は考えていた。


 怪物どもがどこから来たのか、何者なのか。今はそれよりもこの場を生き残ることが最優先だ。

 そして、生き残るつもりならば…………倒せる相手は打ち倒すのが正しい。そして千たちは『わいら』を倒せる敵であると認識していた。




 …………ちょうど一か月前。

 千は夢を見た。馬鹿馬鹿しい、嘘みたいな夢だった。


 地球よりもデカい女に『【ドラゴン】を殺せ』と命じられる。そうすれば【望み】が叶うとかなんとか。

 事務所のソファで寝ていた千が目を覚ましたのはどことも知れぬ山の中で、千はその山を半日さまよった。何の収穫もなく、疲弊(ひへい)だけの半日。そして夕日が山の端へと消える頃に、千は【ドラゴン】に出会った。


 そいつは死臭を放つ暗黒の颶風(ぐふう)だった。


『ウおンウおおおんグぉぉおおンン!!!』


 そいつに比べれば、『わいら』は赤子同然だった。無数の振動の合唱が宵闇を切り裂き、身構える暇も許さず殺到してきた。

 そいつは、間違いなく死神だった。千は反応できたものの一糸も報えなかった。


 青ざめた骨の馬に乗り、大鎌を手に襤褸(ボロ)(まと)った骸骨。

 イメージ以上のものは記憶にない。そいつの正体を千は掴めなかったのだ。


 黒い襤褸の波に飲み込まれ、言葉にできない激痛の中で千は死んだ。一瞬で轟音と悪臭の波に飲み込まれた。


 その夢を、千は誰にも話していない。

 あまりにも荒唐無稽(こうとうむけい)で、馬鹿馬鹿しいからだ。


 誰が信じられる?

 巨大な女、【望み】と【ドラゴン】、徒労。そして死。



 千はリアリストを自称していた。まあ、好き勝手妄想することはあるがそれと現実は強烈に線を引いていた。

 現実は過酷で、残酷で、容赦がない。


 強くなければ生きていけない。他人を頼っては裏切られる。

 弱い魂を守るための鋼の肉体と氷の心だ。その『鎧』を千はハードボイルドと呼んでいた。


 【望み】はあった。だが、それが真実心からの願いなのか千自身にも分からない。


 『誰にも傷つけられない強い心と、無敵の肉体』ハードボイルド小説の主人公みたいに。

 だが、笑える話だ。そんなものを望む時点でハードボイルドじゃない。


 あるいは…………ああ、もしかしたら。




 千が欲しいのは『許し』だったのかもしれない。









 しかし、きっと知朱(ちあき)は許してくれない。

 知朱が好きなのは。知朱が嫌いなのは。強く揺るぎない探偵目貫千なのだ。


 弱くて欲望に弱い間抜けな本性など、お呼びでない。

 きっと、路傍(ろぼう)の石のように目もくれないに違いない。


 それでも、ああ…………そうだとしても。

 千は伊藤知朱という遠い星に、手を伸ばさずにはいられない。


 届かないからこそ、傍にいないからこそ、許されないからこそ、ありえないからこそ。

 千は知朱に焦がれているのだ。言い訳できないぐらいに。騒ぐ胸を抑えきれないほどに、強く。


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