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武器を取れ、ドラゴンを殺す 第二部 『補欠の僕らも星を見る』  作者: 運果 尽ク乃
序章 2008年の暗夜行

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20015 七人ミサキ


「痛ででででで!! マジ勘弁してくだせぇ……あっしは普通の女なんでやすよ? 膝擦りむいただけで走れなくなっちまいやす」

「さっきまで普通に立ってたじゃねぇか」

「そりゃ死地妊(しちにん)はアドレナリンも何も自前でドプドプ出せるんで……『わいら』の話でやんしたか?」


 ロックな人格、死地妊から美咲に戻った美咲……その名もまた本名ではない。だからと言っても偽名でもない。多重人格者は自分の名前を認識している。死地妊と美咲にしてみれば、それらこそが自己なのだ。

 ……『死地妊(しちにん)美咲(みさき)』。期せずして、それもまた妖怪の名前だった。


 『七人ミサキ』は海難事故などで亡くなった七人組の怨霊だ。『ミサキ』には成仏できずにさまよう悪霊という意味もあるという。

 遭遇した人間は高熱を出したり気が狂ったりして死んでしまい、死後『七人ミサキ』の一人になってしまう。


 成仏するには次の犠牲者と入れ替わるしかない。『七人ミサキ』は常に七人なので、一人増えたら一人が解き放たれる。自分が解放されるために次々に犠牲者を求める悪霊であり、いわゆる『次が来るまで解き放たれない』系の怪談のベースでもある。

 探偵、目貫(めぬ)(あまた)たちは知らぬことであるが、『眠っている、あるいは死んだ』とされる残りの人格は五つ。


 美咲と死地妊はすべてを理解した上で、復讐相手を呪い殺す怨霊として、自己を『七人ミサキ』と呼んでいる。

 七人殺すまでは解放されない、夜をさまよう魂であると。


「『わいら』? 『ムジナ』じゃないのか?」

「頭と前足だけのデザイン、鎌のような前脚。ありゃ間違いなく『わいら』でやすね。

 しかし、そもそも『わいら』は名前と外見以上の情報の少ない妖怪で、『ムジナ』は変身して人間をだます妖怪でやす。ここいらではあの『わいら』を『ムジナ』と呼んでいるだけでやしょう」


 この話は、直前に言っていた「信じるな」と重なる。


「対処法は?」

「そもそも、あれはなんでやしょうか。【あの夜の敵】に余りにも……」

「心当たりが?」


 千の問いに美咲は(かぶり)を振った。だがその言い方が引っかかる。

 『アナグマ』が舌を打った。おそらく彼は、多重人格すら信じていない。


「逃げられるのか?」

「『ムジナ』は執念深さで知られてやす。『のっぺらぼう』はご存じで?」

「名前なら。目鼻口のない妖怪だろ?」

「『のっぺらぼう』は『ムジナ』が化けた姿の一つとも言われてやす。いちばん有名な話は、夜道で出会って逃げる話でやす」


 『のっぺらぼう』は目も鼻も口もない、ぬめりとした顔面の妖怪である。


「逃げた先で蕎麦屋がいて、息も絶え絶えの男は言うんでやすよ『そこにオバケが出たんだ』蕎麦屋は答えやす『へぇ、そいつは』」

「わかった」「聞いたことあった」


 『こんな顔かい?』のオチまで言わせてもらえず、美咲は鼻白んだ。

 『のっぺらぼう』はいわゆる『再度の怪』であり、繰り返して先回りして脅かしに来る。


「先回りしてくると?」

「臭いを覚えられてるかもしれやせん……武器を用意するべきでやす。あの針の攻撃も音が変わったら分かりやす」


 川瀬婦人を丸呑みにした件に関しても、警戒をする以外に手はないだろう。


「あのな、俺はただの詐欺師だぞ? 刃傷沙汰は管轄外だ」

「だが、痛みには強いだろ?」

「…………なぜそう思う?」


 千の指摘に『アナグマ』が唸る。


「アナグマは死んだふりをする。『当り屋』なのでは?」

「…………心臓が止められんだよ」


 この『アナグマ』という男は一時的に自分の心臓を止める特技を有していた、

 それを利用して車にぶつかり、仲間が運転手を脅すというやり方で脅迫をしてきた。


 もちろん、そんなやり方はいつまでも続かない。政治家の車にぶつかって脅迫したものの、詐欺が暴露され仲間は始末された。命からがら逃げてきたのが現状である。


「自動車の前に飛び出す根性があるんだろ?」

「気軽に言ってくれるぜ」

「あっしはもういいでやすか?」


 千は頷いた。そしてふと気が付いた。確認しておくことがある。


「美咲は死地妊が前にいる時になにができる?」

「何もできやしやせんね。テレビを見てるみてーなもんでやして」

「いいご身分だな。羨ましいぜ」


 皮肉っぽく吐き捨てる『アナグマ』。しかし千の見解は少し違った。

 羨ましいのは確かだが……のんびり見学とは行かせない。


「美咲、『ムジナ』だけじゃない。常に警戒を怠らずに周囲を確認しろ。常に冷静でいられるんだ。オレたちが生き残れるかどうかはお前にかかっていると思え」

「ええ……」


 美咲は突如のしかかったプレッシャーに呻いた。そんなつもりはななかったのに。

 しかし、美咲と『アナグマ』が思っている以上に、状況を俯瞰(ふかん)して分析できる人物がいるのは重要だった。


 冗談ではなく、美咲こそが勝負の鍵になる。

 そう千は感じていた。


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