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武器を取れ、ドラゴンを殺す 第二部 『補欠の僕らも星を見る』  作者: 運果 尽ク乃
序章 2008年の暗夜行

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20014 死地妊

 私立探偵目貫(めぬき)(あまた)の今回の依頼は、美人でおっぱいの大きいキャバ嬢から、その妹の捜索依頼だった。

 N県豆降(まめふり)村とかいう僻地にある宗教施設にいた妹を発見した千は、彼女の説得に成功。お礼をしないと気が済まないと言い出すおっぱいの大きい美人姉妹に、見た目だけでなく下半身もタフでハードボイルドだということを証明した。


 え? 浮気じゃない。浮気じゃないんだ。

 いいだろ、夢の中でくらい、ワンナイトなセックスを楽しんでも!


 そもそも、と千は安アパートのちゃぶ台で手作りの煮物をつつきながら言い訳した。


「オレと知朱(ちあき)は何の関係でもない。ただのお隣さんだ。どこで誰とナニをしても怒られる(いわ)れはない」

「そうは言うけどね目貫さん」


 キャミソールにスパッツというラフで露出度の高い格好の知朱が、白米とみそ汁をよそいながら千の隣に座る。


「私はそういう関係になりたいけど?」

「若気の至り、憧れの勘違い」


 千は切って捨てた。

 これが夢で、どんなに都合のいい展開が許されていても、それだけは許されない


 だって、知朱は……。


「オレが金持でイケメンでモテモテの、完璧なハードボイルドになったら迎えに行く」

「永遠に無理だろそれ」

「うっせー! 夢なんだからもう少し夢を見させろバーカ!」


 千をあんなに嫌っているんだぞ?







 千は目を覚ました。

 周囲は真っ暗、何もかもが輪郭でしか把握できない。


『ううわあああぁぁぁん』


 意識不明は一瞬、『獣』が跳ねる。距離を取る。逃げるのだ。

 だがそれよりも重要なのは……。


「美咲!」

「ドジった……」


 樹上にいた美咲が斜面に落下、ゴロゴロと転がり落ちていく。千はふらつく頭を振りポケットからジッポライターを取り出した。僅かな時間で横たわる川瀬氏を発見し、抱え上げて斜面を下る。


「『アナグマ』、美咲! 無事か!?」

「俺はいいが、嬢ちゃんは……何だこれ」

「トゲみたいなのを飛ばしてきやがった。目貫が正解だったぜ」


 低所に背中から落ちた千は攻撃を回避し、樹上に逃げた美咲には命中した。恐らくは前面にクレイモア地雷か散弾銃のように弾丸を射出したのだ。

 その弾丸が……細くてざらざらしていて砕けやすい。美咲がフラッシュライトを点けた。太ももに一本、脇腹に一本突き刺さっている。その他にも何か所か切り傷があった。


「ひっ」

「骨……か? だが新しいものじゃない。風化しかけてる」

「小動物のっぽいな、あの『獣』が食ってたんじゃね? 『美咲ならば』どんな妖怪なのか分かったろうにな」


 突き刺さった骨の矢を痛がりもせずに引き抜く美咲……いや、雰囲気が違う。これは二回目だ。千は冷たく彼女を見下ろした。


「お前はなんだ?」

「俺は『死地妊(しちにん)』。月山って女の別人格だ。死んだ地面を妊娠すると書く。ロックな名前だろ? 職業はロックシンガー」

「……」

「イカレてんのか?」

「そうだ」


 『アナグマ』の言葉を、美咲改め死地妊は即時肯定した。刺々しいしゃべり方。暴力的な雰囲気。人畜無害を装うイタチみたいな美咲とは違い、きわめて獰猛な気配。


「『二十四人のビリー・ミリガン』は知ってるか?」

「聞いたことはある」

「精神分裂症だとでも言うのかよ?」

「そうだ」


 千が生まれる前のベストセラーだ。多重人格について扱った本だという知識しかない。対して『アナグマ』は読んでいた。貧相な小男に見えてインテリらしい。


「俺たちの人格は主人格も含めてほとんど寝てるか死んでる。元気なのは『外面』の美咲と『破壊者』の俺だけ。『ビリー・ミリガン』と違って俺と美咲は互いが『(スポット)』に出ていても周囲を認識してる。他の連中は知らねぇが」


 骨の刺さったリュックからハンカチを取り出して縛る。暗くてよく見えないが、浅い傷ではなかった。しかし死地妊はまるで痛くないかのように立ち上がる。

 千は例のベストセラーを読んでいなくとも、多重人格の原因が虐待やトラウマであることは知っている。恐らく、美咲たちの目的は復讐だ。邪気のない美咲で近づいて、この死地妊で襲い掛かるのだ。


 少なくとも、死地妊は人を殺している。

 殺人者独特の気配を、千は感じ取っていた。


「警戒すんな。俺は必要な殺ししかしない。探偵はターゲットじゃない。むしろ、協力者になれるはずだろ?」

「人殺しの片棒は担がんぞ?」

「善意の第三者でいてくれりゃ結構」


 『施設』は想像以上に剣呑な場所である可能性。虐待者か、あるいは凶悪犯が潜んでいるのだろう。

 いや、それはヤキトの時点で気付いてしかるべきだった。あの危険な男も、『施設』を目指している。


「『アナグマ』、『施設』は隔離されていて警察の手出しができないのか?」

「そうだ。ついでにヤクザもだ」


 お前は何をやった? 千はそう聞くのを堪えた。ここでは必要のないことだ。


「安心しろ、俺はケチな詐欺師だ。ドジを踏んでヤクザに追われてるだけの」

「そうか。美咲……いや死地妊だったか? 移動するぞ、歩けるか?」

「歩くなら美咲は出せないぜ?」

「なぜだ」

「俺は痛みをシャットアウトできるが、美咲は無理だ。歩けなくなる」


 千は少し考えこんだ。『施設』のことを気にしても仕方がない。それより今はこの山から一刻も早く下りることを考えなければ。

 川瀬夫人は死んだ。次は自分が犠牲者になる可能性がある。


「美咲を出せるか? さっきの『獣』をどう思うか聞きたい」


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