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武器を取れ、ドラゴンを殺す 第二部 『補欠の僕らも星を見る』  作者: 運果 尽ク乃
序章 2008年の暗夜行

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20013 『獣』

「全員走れ!!」

「どっちに!?」


 最初に異臭に気付いたのは探偵、目貫(めぬき)(あまた)だった。先頭を歩く美咲でも、殿(しんがり)を務める『アナグマ』でもなく。

 その理由は探偵の嗅覚。冗談ではなく、千は嗅覚に優れていた。直観という意味でも、同時に五感でも。


「風上はこっち!」


 すさまじい身軽さで、美咲が駆け出した。進行方向から左に緩やかな斜面を下る。続いて『アナグマ』が転がるように。川瀬氏を抱えている千は鈍重に、それでも川瀬夫人よりかは身軽に。


『ぅあああああああん』


 一同の動きに気付いたのか、風下側から無数の虫の羽音の如き音が上がった。異様な雄叫び。あっという間に視界から消える美咲。千より前を走る『アナグマ』が好奇心に負けて振り返る。

 当然であるが、急ぐなら振り返るという行為そのものが失敗である。足元が疎かになる上に、その動作は速度を落とす。


「な、なんだそいつは!?」


 釣られて振り返った千が見たのは、巨大な顔だった。

 木々の隙間から僅かに差す光、そこに見えたのはシルエットだけ。巨大な……握りこぶしよりも大きな二つの目玉。そして小山のような体躯。であるにもかかわらず、木々をへし折る様子もなく追いかけてくる。


『ぅぅわああああああん』

「助けてぇ!!」


 速度そのものは遅い。遅いが、真っ暗な山道は人類には不利だった。舗装された路上ならば問題なく引き離せただろうに。


「あッ! ぎゃ!!?」


 川瀬夫人が何かに足を取られた。恐らくは木の根。頭から転倒して転がる婦人。千に向かって手を伸ばす。


「お願いぃ! そ、そいつより!!」


 最後まで言えなかったことは、川瀬夫婦にとって幸福だったろう。

 千が背負った川瀬氏を犠牲にしてでも助けてくれというその願い。千は聞き入れる理由がなかった。そもそも多少の打算はあっても、善意で助けているのだ。


 人探しの手伝い? 幹部の紹介? 川瀬夫妻は明らかに下っ端だ。出来るはずがない。役には立たない。それでも助けるための言い訳に過ぎなかった。


「おげっ」

『ぅああああああああん』


 『獣』が川瀬夫人に躍りかかった。フック状の前足が川瀬夫人を引き寄せて、一瞬で飲み込んだ。その姿を、千と『アナグマ』は見ていた。目が離せなかった。

 人間を丸呑みにした『獣』は、しばしその場で身じろぎしていた。暗闇に見えるシルエットが震えるように揺れた。ほとんど頭部だけのデザイン、千が知っている生物とはまるで違う存在。


「前! 斜面!!」

「うお!?」


 美咲の警告が一瞬遅れていたら、千は転がり落ちていただろう。急斜面を駆け降りる千と『アナグマ』、暗闇のせいで距離感はまるで分らない。


「美咲どこだ!」

「上だ! 先行け、すぐに追いつく!」


 どうやって登ったのか、樹上から声がかかる。ひぃひぃと悲鳴を上げ、『アナグマ』が転がり落ちた。千は途中でブレーキをかけ、川瀬氏を降ろす。

 美咲はやる気だ。ならば放ってはおけない。


「ヤッハー! ロックなサイズだ! あの夜のリベンジマッチだぜ!」

『ぅぅぅわああぁぁぁぁん』


 刺々しい声、ゲラゲラと下品に笑う美咲。何かが違うが、それを指摘できるほどの関係性も時間もない。

 ゆっくりとうごめく『獣』、先ほどまでより明らかに鈍い。千は暗闇に目を凝らした。武器が欲しい。だが、何も見えない。こん棒の代わりになるような木の根すらない。


「ロックユー!!」


 高い位置からとびかかった美咲が、リュックを『獣』に叩きつける。ゴシャ、という硬く脆いものが砕けた音。怯んだ『獣』に、千は突進していた。【武器】が欲しい。しかし、今はない。

 左手に握った携帯電話。限界まで身体を縮め、爆発的に開く。武器の代わりに打ちおろす。手刀、あるいは鉄槌打ちと呼ばれる型に近い動き。眼球と思しき光を反射する位置に一撃。


『わあああん!!』

「何だ 

!?」


 想定外の手応えに千は困惑した。砕けやすい細い枝の集合体。あるいは割りばしで作った籠を粉砕したような。これは生物ではない。千は直観した。何らかの機械。いや、千の知る法則で作られたものではない【生成物】。

 いうなれば、宇宙人か異次元生物とでも呼ぶべき何かによる…………。


「知ったことか、クソ!!」


 巨大な横面に膝を叩きこむ。砕ける。足場の悪さなど関係ない。片足立ちのまま足裏を鼻面に打つ。砕ける。

 フック状の前肢を掻い潜り、右手を添えて左の携帯電話を叩きこむ。へし折る。砕ける。砕ける。砕ける!


『ぅぅわおおおおおおんん』


 打ち込む中で、この異音の正体が分かった。震えているのだ。この『獣』が動くたびに内側の『骨格』がガタついて羽音のような振動音がするのだ。これは『皮』に包まれた機械部分の奇妙な駆動の音である。


「下がれ目貫、『音』が変わった!!」


 美咲も音の正体に気付いたようだった。(マシラ)の如き身軽さで樹上まで飛びずさる。

 鉄が擦れるような異臭。千は『獣』を蹴り、後方に跳んだ。一瞬の浮遊感。背中から斜面に落ちる。


『おおおおおおおおおおんんん!!』

「ぎゃッッ!?」


 衝撃波。悲鳴。だが、千はすぐに動けなかった。

 格好をつけて、後方の安全も確認せずに、山中の斜面に背中から飛び降りたのだ。


 立木に後頭部をしたたかに打ち付けて、目から星が飛んでいた。


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