20340 タイマン
気化したアルコールに火をつけて爆発させるなんで、そんな都合のいい事ができるだろうか?
もちろんできるはずがない。気化したアルコールは空気より軽い。壁に取り付けられた松明からすぐに発火し、撒いている最中に燃え上がるのが落ちだ。
それをどうやったのか、佐香自身よくわかっていない。しかし、部屋全体が爆発的に燃えるまで充満してから燃やしたいと願い、それが叶った。
「これは貸しにしとくよ、カドゥーラお兄ちゃん」
「ふぅ、マジでビビったぜ……おい! バカ女!」
「う……ぅぅ……」
【女王】と、その周辺……つまり門浦も含めた半径1メートルは炎から完全に守られていた。
緑の粒子がきらめき、炎をシャットアウトしていた。
【防具】を使っていて、咄嗟に顔を手で庇った巴静は火傷と裂傷を負っていたが無事だった。爆発で吹き荒れたガラスの嵐によって露出した部分はズタズタだったが、五体満足だ。
「ひゅー……ひゅー……」
対して、壁の端で全身に火傷と裂傷を負った佐香は虫の息だった。
アルコールの流れを操作できたとしても、無意識だった。そして『自分は巻き込まれる』と考えての行動だったためである。
楠木佐香、戦闘不能。
これで四対三。
「……う、ぐぐ……こ、こいつ……殺してやる……」
「殺さなくていい。火がなけりゃタダ酒製造機だ。やんちゃできねぇ様に樽に入れて、手と顔だけ出てる状態で繋いじまおう」
完全に人権を奪う気の発言をする門浦、静はサディスティックに笑う。自分より下の存在が生まれる喜び。
「クフとかいうガキを捕まえて人質にしましょう。抵抗するなら目の前で巌野の餌食にしてもいい」
「こういう手合いはやりすぎると舌を噛むぜ。二人揃ってるトコロに巌野の『食べカス』を見せてやりゃあ十分よ」
可能ならば可能なだけ傷付けたいし損壊したい静と、門浦は違う。
静は現代ではエリートであり、このような振る舞いは許されない。門浦に屈服し、彼に媚びるために邪悪な行動を取っている節がある。
…………もちろん、その邪悪さは静本人の本性なのであるが。
対して門浦は匙加減を知っている。現実側でも暴君である彼ば、何度かやりすぎを経験していた。
郡の妻もその一つだ、相手を見てうまくやらなければならない。脅迫や支配は、相手に逃げ道がなければ、守るものがなければうまく働かない。
地位、プライド、家族、義務……何もかも即座に投げ捨てられるマツがおかしいのだ。
秘密を守るために、家族を人質にされて、特定の誰かを貶めるための手段として……門浦は何人もの女をそうやって絡め取り支配してきた。
佐香を生き残らせたとして、こちらの思うようにするには、クフの存在が不可欠だろう。あるいは、他の『ネズミ』どもの存在が。
希望は目を曇らせる。
まだ終わりではない、そんな希望のために堕落するものは少なくない。監獄の中で見上げた星など無意味だ。むしろ害悪なのだ。
「それはいいけど門浦お兄ちゃん、まずは次をなんとかしないとね」
「あ?」
階段を駆け登る音。そして雄たけび、奇襲による優位を取ろうとかいう考えは一切なし。
真正面からの強襲者。蛮勇そのものの振る舞い。
「うおおおおお!!! 【ドラゴン】ッッ!!」
「暑苦しいのが来やがったな。静、来い」
「はい?」
焼け焦げた部屋に飛び込んできたのは、長身の若い男、四角い顔に全身にしなやかな筋肉。その上からチャリチャリと鳴る鎖帷子を着込んだ剣士。
蓮田蛮である。
「あぐっ!?」
その姿が見えると同時に門浦は静の腹に拳を叩き込んだ。前蹴りで蹴り倒す。残虐に目を光らせ、唇を歪ませて。
「てめえ! 女殴ってんじゃぁ!!」
「黙れクソガキが!! オラ!! テメェどこの学生だ!!」
振り被ったバスタードソードの苛烈な打ち下ろし、門浦は薙刀で受け止める。
門浦は薄らハゲでビール腹の中年男であるが、現実においても若造には負けない精力絶倫の底無しタフネスだ。
身長も177センチ。この一ヶ月で鍛え直し、その分厚い脂肪の内側には相撲取りの様に筋肉の層がある。
対する蛮は十六歳の若い盛り。身長180センチ。得意科目はトライアスロン、障害物走、バタフライ……その恵まれた体格と筋肉をダイナミックに扱うのが得意だ。
であると同時に、己の手足を完璧に操縦できる。全身を制御できる身体感覚の鋭敏さが強みだった。
身長は同程度、体重は門浦が一回り上。蛮は素早く、手足が長い。
門浦の身体を粒子が包む。両脇と後ろを折り、羽飾りのついた三角帽子。フリルの付いたブラウスとサーコート、ズボンと革のブーツ。誰が見ても海賊だ。
【武器】は薙刀。刃渡り二尺の幅広で反りの大きい『巴型』。柄とのつなぎに鍔があり、柄は六尺。合わせて八尺。
天井の高い場所でなければ振り回すのは不可能。
押し返して距離を取る門浦、蛮は殴られていた女性を……巴静を庇う位置に立ちながら、門浦を観察する。
武器の長さでは負けている。射程とパワーで劣るなら、速度と技で勝てばいい。
「どこのガッコでも関係ねーだろーが!! ぶっ飛ばす!」
右手で柄を、左手で長く伸びた鍔を掴み、蛮は突進した。脳まで筋肉みたいに、少しも悩まず愚直に。
薙刀は下段が得意だ。円を描く動きで足首を狙ってくる、ほら来た!!
「這いつくばりやがれ!」
「テメエが!!」
右手は添えるだけ、梃子の原理で素早く下段をガード、そのまま逆手で切り上げる。
避ける門浦、円を描いて石突き。ガード。飛び込んでぶん殴る。顎に一撃、しかし門浦は見た目に似合わない足さばき。
軸足を払われて転びかけ、蛮は距離を取った。
…………だが、今の応酬で確信した。
十分やれる相手だ。
一対一ならば。




