20339 火気厳禁
「クフ!!」
「バンさん……っ!」
階段を駆け下りてくるクフと出くわし、蛮はその表情からすべてを察した。
門浦は塔の上、『天空の間』にいる。佐香と美咲も。
「泣くな、俺が行く。そして失敗した場合をお前に託す」
「…………僕は、僕は無力で」
鼻をすするクフ。蛮は知らない事だが、イシスに『要らない』扱いを受けたことはクフにとって大きな衝撃となっていた。
神にその存在を否定され、その上て再び為政者になろうと志ざせるほど、クフは強くなかった。
「いや、お前は強い。この塔を『歩かせろ』。クフにしかできない」
「は?」
クフはまたたきした。蛮の言葉の意味がよく分からなかった。
『塔を歩かせる』。それは、そんなこと、そんな……。
「基礎を引き抜いて倒壊させろと言うんですか……?」
「俺たちの安全は気にしなくていい。倒すべき相手を倒せば、その後はお前の言う『神の国』に行く存在だ。勝っても負けても、離れ離れになる。だから佐香さんは……」
【ドラゴン】を殺せば現代に戻るはずだ。つまり、差し違えてもいい。蛮が足止めをしてクフが殺すことに成功したならば……!
その時にまだ笛吹が生きていたらぱ、それでいいのだ。
「俺たちごと崩せ」
「…………」
クフが無言で拒絶した。泣きそうな目で頭を振った。…………しかし、次の瞬間である。
轟音。
塔の最上階が、爆発した。炎に包まれた。
愕然とするクフ。蛮は奥歯を噛み締めた。何が起きたのか、すぐに分かった。
アルコールは極めて有害な物質である。
『ほろ酔い』と呼ばれる心地よい酩酊状態は、血中アルコール濃度が0.02%〜0.1%程度。これが0.3%以上で泥酔状態となる。
身体能力の低下、著しい興奮、暴言や暴行、幻覚、朦朧、意識障害。
血中アルコール濃度が急激に上昇すると、脳の中枢にアルコールが浸透する。早い話が麻酔で強制的に脳の活動をシャットアウトする状態である。
呼吸障害、意識朦朧、そして昏睡。
この時、肉体は本人の意思を裏切る。脳が麻痺状態なのだ。当然である。
平衡感覚を失い、転倒する。体内の毒物=アルコールを排出するために嘔吐、失禁が発生。
急性アルコール中毒の死因は、主にこの二つ。倒れた時に頭を強く打つ。あるいは昏睡状態で嘔吐したものが喉に詰まる。
佐香が逆さにしたビール瓶サイズの酒瓶から、透明な液体がトプトプと流れ、のたうつ兵士たちに降りかかる。
止まらない。酒瓶からは永遠に酒が出る。
普通に考えれば天国だろう。完成した酒が無限に湧くのだ。おとぎ話に出てきてもおかしくないお宝だ。
だが、かけられる方にとっては地獄である。
高濃度のアルコールは粘膜を灼く。兵士たちは目をかきむしり、鼻呼吸もできず、だんだんとその動きを弱めていった。
脳にアルコールが達し、痛みが鈍化。朦朧から意識障害状態に達したのだ。兵士の一人は倒れたまま嘔吐し、もう一人はビクビクと痙攣し、音高くいびきをかきはじめた。
「うぐっ、ぅぐぅぅう……っ!!」
「酒ねぇ? クズにはふさわしい【武器】ね」
激痛でのたうち回る美咲の腹と鼻面につま先を叩き込んだ後に、巴静は警棒片手に佐香に向き直った。
長月に翻弄されているイメージしかなかったが、素人の佐香とは違い、明らかに格闘技の経験のある動き。
佐香は両手の酒瓶を逆手に構えた。ビール瓶は分厚いガラス製であり、内側には最大500mlの液体が入る。
十分危険な凶器になりえる……もちろん他の【武器】に比べて危険度は低いが。
なお、ドライバーという【武器】のことは忘れ給え。なんなのあいつ。
「えいやぁ!」
「は?」
威嚇するように逆手持ちのビール瓶を振り回す佐香。変な踊りにしか見えない。
「無能、炭酸だ」
「チッ」
門浦の言葉に、佐香が舌を打つ。ずらした親指、瓶の口から勢いよく発射される泡。静の顔面を狙う。
袖で防いで肉薄する静、佐香は瓶を投げつける。次々と取り出した瓶を、コップを、やたらめっぽう投げる投げる。
「くっだらねぇ」
「申し訳ありません!」
最初こそ、酒を浴びるのを警戒していた静だが、すぐに諦めた。それよりもさっさと佐香を制圧することを選ぶ。
肉薄し、警棒を振り下ろす。一撃でビール瓶がひび割れる、強烈な打撃、佐香は取り落した。
「何が狙いだ?」
「アタシのカレピが逃げる時間稼ぎ?」
臆面もなく言ってのける佐香。170センチ超の、女にしては大きな体で思ったよりも素早く動く。
「待て!」
「やーだね!」
酒の並々注がれたコップを次々に出しては散らかしながら逃げる佐香。例えば粘性が高くよく滑る酒があるなら? 静は最初警戒した。
全力疾走で追いかけっこしている最中に、割れたガラスの真ん中で転倒しては大怪我である。
静はここまで、連敗続きだった。
門浦を侮り、長月を侮り。慢心によって失態続きだったが故に、静は必要以上に警戒した。派手に飛び散るガラス片。そこに嫌がらせ以外の理由があると。
門浦とイシスは余興だとばかりに見学している。時々野次を飛ばす。倒さなければ、早く!
「もういい、たくさんだ!」
「こっちも、もういいかな」
壁際に立つ佐香が新しい瓶を取り出した。その口に松明を近づける。
何もしていないのに、その口部分が青く燃え上がった。
「…………?」
「殴り合いで勝てる気がしないし」
静は青ざめた。
バラまかれた酒、漂うアルコール臭…………! これは、まさか!!
「門浦様!」
「ぼーん」
充満したアルコールが、一度に発火した。




