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武器を取れ、ドラゴンを殺す 第二部 『補欠の僕らも星を見る』  作者: 運果 尽ク乃
第三章 合い食む餓狼

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20336 私は一人も殺していない


「…………クソっ、【防具】越しに狙ってくるとは……」


 先ほど貫かれた左肩、【防具】の上から狙い撃ちにされた笛吹(うすい)は激痛に膝を付いていた。


「貫通しなかった……どうやっているんだ?」


 対するマツは左のふとももの肉を裂かれていた。【防具】を切り裂く笛吹の斬撃。真似できなかったことへの驚きと苛立ち。


「…………練習したんだよ、剣で負けたくないからな」

「『お前より強いやつ』か」

「ケブラー斬れるんだとよ、ふざけんな」


 虚無(あーあ)の剣士後虎(アトラ)の話である。剣への敬意をまるで抱かない癖に、剣からはこの上なく愛されている女? 男? とにかく笛吹とは何から何まで正反対の怪人に、負けたくなかった。

 後虎曰く、『ケブラー斬るのはニガテ』。つまり斬れる。【義体】ではなく生身で。


 正直、笛吹は筋金入りの負けず嫌いである。特に剣に関しては誰にも負けたくない。相手が男でも、先輩でも、プロでも。


 だから特訓した。


 空中の物質を斬ることは困難である。刃をまっすぐ当て、正しく引く。押す力が強すぎた場合ぶつかっただけでおしまいだ。

 笛吹はこの時代に来る前から練習した。訓練した。そしてその結果、【防具】を切り裂く剣筋をものにしていた。


 恐らくは、【狩人】全体でも唯一無二の必殺剣である。


「一朝一夕で会得されてたまるものかよ」

「ククク……いやはや、流石だな」


 とは言え、忸怩(じくじ)たるものあれど……管金(すがね)や後虎ならコツを掴んだら真似されかねない。


「…………ふぅー」

「真似はできんが、左肩を狙い続ける事はできる」


 笛吹が立ち上がり、マツが身構える。血で血を洗う剣術死合。チキンレースの再開だ。

 と、思った瞬間…………笛吹とマツが揃って同じ方向に目を向けた。これまで脇目も振らずただお互いだけを見ていた二人の剣鬼。それが、同時に目をそらした。


「邪魔をするわよ」


 周囲でどうしたものかと遠巻きに見つめていた兵士たちも、同じ方向を注目していた。

 ゆるくウェーブのかかった髪、オーシャンブルーのナイトドレス、大きく開いた胸元と背中。美しく、妖艶(ようえん)で、男の視線を集めてやまない。そんな女が立っていた。


「神崎か、邪魔をするな」

「神崎さん、下手なことをするな、マツは容赦しないぞ」


 剣士たちの警告を無視して、神崎が前に出る。二つの切先の間に立つ。


「選手交代よ笛吹さん」

「は?」

「こういうの、柄じゃないんどけど……私がやるわ」

「はぁ?」


 神崎は素人である。構えも、身のこなしも、戦士のそれではない。


「神崎、これが最後の警告だ」

「その前に三つ、いい?」

「…………言ってみろ」


 マツのエスパーダが、ピタリと神崎の眉間に向く。神崎は全くひるまない。その手にはカーボン製のトンファーが握られていた。

 神崎の【武器】は毒だとマツは聞いていた。ではあのトンファーは……なんだ?


「まだ半月だけど、ボクササイズ始めたのよ? 『前回』は守られるだけで、戦うことも逃げることもできなかったし!」


 つけ焼き刃だ。無いも同然のカスみたいな技量。


「馬鹿なのか? マツは手加減してくれないぞ?」

「上等よ、最悪巴静な覚悟で来てるわ!」

「…………正気か!?」


 凌辱(りょうじょく)済全裸土下座で屈服宣言を巴静と呼ぶのはやめて差し上げよう。マツも驚きを隠せない。


「笛吹くんには借りがあるのよ。それこそ、是が非でも返さなきゃならないやつが!」

「オレが死んだことに負い目でも感じてるのか? あれはオレの慢心だ。自業自得だよ」


 【敵】の駐屯地を襲撃した笛吹たちは、待ち伏せにあって混乱し、その最中に拳銃を持ったアンネによって笛吹は暗殺された。

 あの女を殺せるタイミングはあった。しかし嬲るだけ嬲って生かしておいたのが笛吹の誤りだった。


「あの時、私がうまくやってたら【敵】の視線は集められた。笛吹くんも寅木屋(とらきや)くんも死なずに済んだ」

「済んだ話だ」


 笛吹はあの結果に納得はしていない。しかし受け入れていた。似たようなミスはもうしないと決めていた。

 だから神崎が気に病む事など一つもない。


「三つ目。娘は元気よ。私は一人も殺してない」


 その言葉を聞いて、マツは剣を下ろさざるを得なかった。神崎を挟んで反対側。笛吹は目を見開き、破顔したからだ。今までで最高の表情だとマツは思った。

 巌野が求める『輝き』は、まさにこれなんじゃないかとも。


「おめでとう! やったな!!」

「…………許してくれる?」

「おいおい! もしかして気に病んでいるのは勝ち残った事か!?」


 目の端に涙を浮かべ、笛吹は笑った。愚かな神崎を笑い飛ばした。


「あの時の仲間の中に、他の誰かが【望み】を叶えて喜べないやつがいるか? 羨ましいとは思っても、恨み言を吐くやつがいるかよ!」


 まあ、宍戸は皮肉を言いそうだなと笛吹は思った。そして、神崎も同じ理由で宍戸には黙っていた。


「………だから苦しいの、申し訳ないの。私だけ幸せになっちゃって」


 神崎がマツを見る。美しい、まっすぐな瞳。マツは小さく頷いた。エスパーダを消す。ムレータを消す。


「今の私の【望み】は……あの時の仲間の、志半ばに倒れた人たちの【望み】を叶える事よ」

「度し難い!!」


 マツはバキベキと指を鳴らした。


「私はマツ! 手加減はしないぞ!」

「連続殺人犯じゃない神崎紫杏(しあん)、やれるだけやってやるわ」


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