20335 キャー、マツさんのエッチー(棒)
狙い違わず心臓を串刺しにする一突き。
マツの魔剣を笛吹は回避しきれない。終わった。マツは確信した。
切先は金属の胸甲を削り、なだらかな傾斜を滑った。
笛吹の身体が光の粒子に包まれている。【防具】!!
「やはりかっ」
マツは咄嗟に闘牛剣を手放し首をすくめた。銀星が尾を引き流れる!
剣を手放すのが、あるいは回避があと一瞬遅れていたら、頸動脈を掻き切られていた。
「む……完全に釣れたと思ったんだがな」
「諦めが良すぎた。笛吹ならばあと三十分は粘るだろう?」
鼻筋を横一文字に、上下に分割された。マツは鼻が通らないのを確認して舌を打った。鼻呼吸できなくなるのは痛手だ。
「【防具】を隠していたのはこのためか?」
笛吹とマツの決闘は、他者の横槍を許さぬままに続いていた。
笛吹の遅延戦術をマツが看破し、そして小賢しいと一蹴した。暴れ牛を挑発しながら体力をジワジワと削り、必殺の一刺しまで耐え忍ぶやり方は、闘牛士のやり方だ。
「最初に言った通り、可能ならば無傷で倒したかったからな」
不遜な物言いにマツは笑う。【防具】を隠し通して、なおかつ無傷でとは舐められたものだ。
いや、本当にそれが出来そうなのだから始末に置けない。
「ならばしくじったな」
「まったくだ……骨を断ち損ねた」
鼻を奪われたのは、マツにとって痛手だった。しかし笛吹の傷はもっと深い。
胸甲で滑った切先は、笛吹の左肩を抉っていた。筋まで切り込めたかは分からないが、ブレザーはしとどに濡れそぼり、ダラリと垂れた左の指からは血の雫が滴る。
「この後は仕方ない。【防具】も使って正面からやるしかないな」
「その傷で?」
「当たり前だ。そして作戦は変わらない」
額を裂かれ、鼻を断たれた。なるほど、持久戦で体力を削るには。
「ふっ」
銀星が尾を引き流れる!
「チッ」
笛吹の下段突きは恐るべき速度でマツの脛を狙った。【防具】を切裂き、スッパリと皮膚を裂く。油断も隙もない。
笛吹の全身が再び粒子に包まれる。先ほどはキチンと確認できなかった【防具】だ。
真っ白な上下、本来フェンシングの装備は上から下まで白である。現在は電気信号でヒット確認をしているが、以前は剣にチョークや墨で色を付け、攻撃痕を確認していた。その名残である。
しかし、笛吹のグローブとブーツ、胸甲、そしてマスクはファイアパターンに彩られていた。赤から青にグラデーションする図案は、彼女の名前『冷火』を余すところなく表していた。
「…………待て」
笛吹の突きを、マツは距離を取って逃れた。胸甲の形に混乱を隠せない。
乳房の形、極めて女性的な流線的フォルム。
「恥ずかしいから着けたくなかったんだ。だが…………うん。小野じゃないが、悪くないな」
軽く飛び跳ねる笛吹。左肩の傷は【防具】が包帯代わりになり圧迫され止血されていた。
そして、胸である。笛吹はなんだかんだでバストがある。Dカップ、一昔前なら巨乳と呼ばれた部類だ。それをいつもさらしで固めていた。男装の一環として。
【防具】の中ではおっぱいが解放される。これまで過酷な環境にて酷使されてきたおっぱいに、今安息の時が訪れたのだ。
ジャストフィットの胸甲の内側にあり、圧迫感と不快感は皆無。そして揺れない。動きを阻害しない。
「え? そういうデザインなのか? それとも……え?」
「…………エヘンエヘン! もしかしてマツは私のこと男だと思ってたの? ひどーい!」
「黄色い声を出すな! 混乱する!!」
「いや本当にすまん……変な声を出したせいで吐き気がする」
いつもの低く抑えたアルトボイスに戻す笛吹。その声も、少年的というか少年ぶった女の声にしか聞こえなくなった。
マツはムレータを振った。反応がコンマ秒遅れ、薬指爪の根元が切り込まれる。防戦一方のマツ、笛吹は彼の脇を通り廊下へ。そのまま走る。
「待て!」
「キャー! …………自分でやっててどうかと思ってきた。どうせマツは女相手でも手加減しないだろ?」
急ブレーキからの鋭い突き、首の皮を一枚裂かれる。
「手加減せんな! 安心しろ!」
エスパーダの突き、レイピアが絡め取る。三合の打ち合い。呼吸ができない、マツか下がるのと、笛吹のバランスか崩れるのが同時。
左肩の傷が効いている。
「ふむ……我慢比べになるな」
「チキンレースだ。あと一秒持ちこたえたら隙が出来たのにな、気分はどうだ臆病者」
挑発する笛吹、顔はマスクのせいでほぼ見えない。
「ククク、本当に厄介な奴だ。お前は本当に体勢を崩した」
「厄介はお互い様だよ」
笛吹は挑発することで、崩れた姿勢が『誘い』だったと思わせたかったのだろう。もちろん、このやりとりの後でもその可能性はあるが。
とにかく、絶対に油断できない。油断した瞬間に喉笛を食い千切られる。
二人はジリジリと移動し、広間に出た。煌々と明かりが灯り、兵士たちがざわつく中、笛吹とマツは血を滴らせながら、互いだけを注目して歩く。
他に視線を向ける暇はない。目をそらしてしまえば、それは致命的瑕疵になり得る。
故にこそ。
銀星が尾を引き流れる!
喝采を! 名誉ある死に喝采を!
二つの魔剣が交錯し、血霧が飛沫いた。
…………膝をついたのは、笛吹だった。




