20331 名誉ある死に喝采を!
マツは大企業の三代目である。生まれついての上流階級。金に困ったことはない。
欲しいものは何でも手に入った。悪い遊びも一通りした。
人生イージーモードだった。何もかも思い通りだった。逆に言うと、張り合い込が無かった。何一つ楽しくなかった。
どんな努力も無意味だった。金がすべてを解決した。まじめに生きるのも、不真面目に生きるのも馬鹿馬鹿しかった。
マツの境遇を、持つ者のわがままと呼ぶのは正しい。彼の不幸は偉大過ぎる親の血が故、荒野を切り開いてきた先駆者の血を色濃く引きすぎていたせいである。
自分の実力や能力を試す機会こそが、マツの求めるものだった。
外から見て順風満帆に、マツ自身にとっては透明な檻の中で、マツは三十歳を過ぎ、後継者として正しく育っていた。
ある時、マツ同様に成り上がりの二代目三代目の集まりがあった。
悪い噂のある男がマツに近付いたのは、『遊び』を楽しまないマツへの嫉妬が原因だったのであろう。いいこちゃんのマツを転落させたいと願うものは少なくなかった。
「ちょっとしたゲームに参加しないか? 君のところにも一人や二人、『どう扱ってもいい奴』がいるだろう?」
借金や仕事上のやらかしで、人権を奪われたような奴はどこにでもいる。
「『そいつら』を使ったゲームを、ごく限られた信頼できるメンバーだけでやってるんだ」
いわゆる、命がけの借金返済ゲーム。人生一発逆転のためのデスゲームである。
そんなモノに参加してる時点で、もうダメだとマツは思う。逆転したとしても、その成功体験のせいでまた転落するのが関の山だろうに。しかし……とても面白そうだと思った。
八人の参加者。死と隣り合わせのアスレチック。協力と裏切り。そして、最後に残った二人と、二本のナイフ。
マツは人生最高潮に興奮した。自分が欲しかったのはこれだと確信した。
「もっとやらせろ! 命がけで! 競わせろ!!」
どうにか言いくるめて後ろから刺そうとした男と真正面から殴り合い、殴り殺したマツは叫んだ。他のスポンサーたちは恐怖した。
これまで、視聴席でガタガタ震えて笑われていたのは影武者で、マツ本人は楽しくゲームに参加していたのだ。
そして、マツはやりすぎた。
殺し合うために人を集め、積極的に参加した。当然主催者だからって手加減も忖度も許さない。
…………あっという間に警察に踏み込まれ、スポンサーたちはお縄。会社は潰れ、社員たちは路頭に迷い、参加者だったマツは隙を見て逃亡に成功。浮浪者として奥多摩の自然公園に潜んでいた。
「どうした笛吹! 逃げるばかりか!」
「オレの目的は分かってるだろう? 陽動だよ。最強の札と、兵士たちを引き寄せるだけ引き寄せて打ち取る」
笛吹の回答に、マツはクツクツと笑う。
「本命はお前より強いか?」
「オレが一番強いから、お前の相手をしているんだろうが」
狭い部屋に飛び込んだ笛吹。狭い場所では笛吹が圧倒的に有利だ。マツの身長は180を越え、笛吹は170ない。
タコのような柔軟性で、その動きは予想がつかない。
城内は騒然としていた。マツと笛吹の追いかけっこは三十分以上に渡っていた。遭遇した兵士は笛吹は打撃し、マツは惨殺した。
何度も打ち合い、お互いに浅い傷を全身に負っていた。しかし……しかし。
マツは倒れない……!
「【超治癒】があるオレの有利のはずが、どういうからくりだ?」
「もしや笛吹お前……私が失血で倒れるのを期待しているのか?」
額から血を流して、顔の半分をべったり血で汚しながら、マツは凄惨に嗤う。
「はぁはぁ……そのつもりだったんだがな。ここまでタフとは予想外だ。【ドラゴン】の力が」
「いいや、単純な戦術ミスだな」
狭い場所ではマツは【盾】代わりの挑発布を振れない。
飛び出す笛吹、ぶつかる二刀。刃がしなり火花鳴る。
「お前は負傷し、疲弊しつつある」
「お互い様では?」
「違う」
剣で剣を絡める笛吹、ムレータで身を守るマツ。防ぎきれない刃の嵐、互いの皮膚片と血が花弁のように舞う。
「私は闘牛士で笛吹は剣士だ。本場の闘牛を観たことはあるか?」
「ない。ないが……」
笛吹の背筋を冷たい汗が伝う。
マタドール。闘牛とは我慢比べである。
牛を挑発し、突撃をかわしながら手槍で少しずつ牛を弱らせる。
走らせて、血を流させて、攻撃を回避し煽り、誘き寄せて……。
「私はある。そして、プロではないが牛を殺したこともある」
数人がかりで暴れ牛を殺す『ゲーム』だ。多くの人間は牛の角や蹄の餌食になる。
「勘違いしていただろう。私を疲弊させ、追い詰めれば倒せると。だが逆だぞ笛吹。お前ではなく私がマタドールだ。相手が疲れ果てるまで耐え忍び、必殺の一撃をもってその命を刈り取る。
持久戦を選んだ時点でお前の負けは見えていた。私の土俵に、お前が入ってきたのだ。マヌケにも程がある」
速攻で仕掛けてきたならば、あるいはとマツは考える。奇襲で来たのならば。もしかしたらと。
「…………なるほど、しかしマツ。お前こそ勘違いをしている」
「何をだ」
「これで正しいんだよ。これが最適解なんだ。オレは勝つためにここにいる」
負け惜しみだ。マツは落胆した。笛吹はその程度の奴だったのか。
「もういい。死ね」
死を与える剣が振るわれる。【ドラゴン】の眷族となったマツの全力は、笛吹の剣では捌き切れない。
切先は正確に心臓を狙った。その一撃を遮るものは無し。
喝采を! 名誉ある死に喝采を!!




