20330 旧交を温め合おう
「闘争だ。もう一度、いや何度でも、血が沸騰するような、魂を削り合うような闘争が欲しいのだッッ!!」
ベッドから飛び降りたマツの全身が粒子に包まれる。
振るった右手に二秒で現れる、刃渡り2フィート半の片手用刺突剣、闘牛剣。
左手には長い棒に赤い布の垂れ下がった挑発布。
頭には牛革製のハット。編み込みブーツ、金糸が散りばめられたライトブルーのジャケットと濃紺のパンツ。光の衣と呼ばれる闘牛士の正装だ。
マツの顔色は悪い。血が足りず、体力が回復しきっていないのだろう。
「顔色が悪いぞ? 化粧でもしたらどうだ?」
笛吹は部屋の隅の香炉を蹴り上げた。煙と灰が舞い上がる。マツはムレータで薙ぎ払い、その間に笛吹は部屋を出た。
追いかけてくるマツ、曲がり角で待ち伏せ。その顔面を狙って二撃。避けられる。
「なんだなんだ? 直接やるのは怖いか?」
「当たり前だ。可能な限りお前を無傷で倒さないと、門浦が控えているからな」
ジリジリと後退、悠然とマツが顔を出す。
「つまらんなぁ……大事なのは今だろう! 今! この闘争以上のものなど! この世にあるか!!」
「ふふふっ。マツはシンプルでいいな。だが、【防具】も【盾】もある相手だ。賢く立ち回らないと勝ち目はない」
突き出されたエスパーダをレイピアで捌く、三合の打ち合い。速度では圧倒的に笛吹が勝るが、力では劣る。そして何より忸怩たるものがあるが、技に関しては大きな差を感じない。
「【防具】がない……? それはあり得るのか?」
ジャケットの袖を確認しながらマツが呟く。袖を切られただけ。お互いまだ無傷。
このやりとりは笛吹にとって確認だった。神崎が敵味方どちらなのか。『前回』原始の戦いで笛吹は【防具】はないと発言した。実際利用していない。
神崎が門浦に完全に協力しているならば、笛吹がいると知ったパレードの時点で情報を共有するだろう。つまり神崎は味方である。
笛吹はジリジリと距離を取り、通路を走った。追いかけるマツ、笛吹は走りながら壁の松明の一つを掴む。
振り返りながら松明を投擲、マツは左手のムレータで絡めて打ち落とす。
「あるんだよ、これでも二十人以上【狩人】を見てきたんでな」
「ほう……お前より強い奴はいたか?」
踏み込み、切り込む。小柄な身体をムレータの陰に隠し、超低空水平切り。
非現実的な挙動、人間では対処不能な速度。剣士笛吹火嵐の奥義である。来ると分かっていても防げない。
だがマツは人間ではない。【狩人】だ。
笛吹が視界から消えると同時にマツは跳ねていた。斬撃はブーツの先端を裂くに留まった。
「ムカつく話だが、片手で数えられん数がいたぞ」
「信じられんな!!」
管金、後虎、八角、堀、モア、梅宮……そして【幹部級】の【敵】。
超人的な下半身のねばり、カエル跳びアッパーのように、ロケットの如き追撃打ち上げ。
「やはりこちらについて正解だったな」
「どうだか? 一番強いのは【ドラゴン】だったぞ」
ムレータで絡み取られ、代わりにエスパーダで打ち返される。頬に傷、髪が数本舞う。
着地するマツ、踏み込む笛吹。剣を手放し左手で目潰し。攻防。距離をとって剣で打ち合い。
切先同士が火花を散らす。
「なんでもいい。このリベンジマッチができるならそれでいい。勝っても負けても」
「なら勝たせてくれよ」
「冗談!」
距離を取り、走る笛吹。追うマツ。動きに僅かな遅滞。ブーツの下の指か足の甲に切り込めていた。
時間だ。持久戦こそが勝利の鍵だと笛吹は考える。
『前回』……原始の戦いで笛吹とマツは初日の山の中で相対した。
戦いは速やかに終わった。お互いに名乗り、武器を合わせ、真正面からの決闘だった。
今回も終わらせようとすれば早いだろう。
だが、それでは勝てないと笛吹は考える。【ドラゴン】の眷族になったマツの戦闘能力は前回の比ではない。
ここで正々堂々とした決闘をした場合、負けて死ぬのは笛吹の側だ。
「ちなみに誰に負けた?」
「暗殺されたよ。バカ女に銃で撃たれた」
それが、結果だ。個人の強さだけで解決するほど、物事はシンプルではない。
「何をしている!」
「ちょうどいい」
二人組の巡回と遭遇。笛吹は脇の間を潜り抜けながら帯剣していたコペシュを窃盗。振り返る兵士たち、少し進んで笛吹は背後を確認。
通路に立つ二人の兵士がマツの進行を邪魔……しない。
「げふっ」「ひっ!? ま、マツ様!?」
心臓を一突きにされて、兵士の一人が血泡を吹いて死んだ。蹴り倒しながら進むマツ。
「仲間じゃないのか!」
「赤の他人だ。お前と戦うための舞台装置にすぎん」
青銅製のコペシュは恐ろしく重い。笛吹はマツに投擲し、舌打ちして再び逃走。
人間を障害物にするのは危険だ!
走れ、時間をかけろ、持久戦だ。笛吹は考える。
マツは【防具】の弱点を知らない。
実力で勝てないのならば、知識や【情報】の差でなんとかするしかない……!
長月や、張井のように。




