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武器を取れ、ドラゴンを殺す 第二部 『補欠の僕らも星を見る』  作者: 運果 尽ク乃
第三章 合い食む餓狼

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20329 正面突破


 夜明け前。


 闇は死である。神と人、人と魔の距離の近い時代だ。人々の生活は死と隣り合わせであり、誰もが死神を意識せずにはいられない。


 獣、毒虫、食中毒、流行り病、熱中症、ちょっとした事故……。

 医療の未発達な時代である。人間は小さな傷や大したことのない病でもあっさり死ぬ。


 百年ほど前に登場した偉人、医神イムホテプにより、医療分野は飛躍的な進歩を遂げた。

 だからといって市民生活には特別な変化はない。『医者』という存在そのものが王侯貴族のためのものであり、その恩恵は限られた相手にのみ与えられる。


 死は、闇の姿を取る。


 夜は獣の時間である。毒虫は闇に紛れて忍び寄る。病が暴れるのは常に深夜で。暗闇の中で負った傷は朝を迎えず悪化する。

 人々は当然夜闇を恐れた。その日、王宮で寝ずの番をしていた兵士たちも、内心は震え上がっていた。


 王家を守っていたのは、いずれも劣らぬ精強なる近衛兵だった。彼らをまとめて撫で斬りにした剣鬼マツ。

 兵士たちは門浦以上にマツを恐れていた。ふらふらと歩き、目についた犠牲者を『屠殺場』に引きずり込む巌野よりも、マツの方が恐ろしい。


 兵士たちはマツを、嵐と戦争の神セトに例えた。時に悪神扱いもされる、凶暴な魔神である。

 全ての害ある獣の王ともされるセトだが、死の国の蛇を倒せる唯一の存在でもある。故に、邪神でありながら一定の信仰を有していた。マツはつまり、恐怖と畏敬の対象であった。


「門番ご苦労、開けてくれ」


 夜明け前、最も暗い時間に現れた訪問者は、神々しい死神であった。

 白い肌、赤い唇、剃刀(かみそり)のように鋭い目付き。怜悧(れいり)なる美貌。


「な、何者だ!?」

「マツの客だ。早く入れろ。こう伝えれば分かる『笛吹(うすい)が来たぞ。もう一度殺してやる』と」


 兵士たちは見つめ合った。笛吹の自信満々な態度に気圧されていた。

 神王門浦からは『前王派の反逆者が、仲間を助けに来るから迎撃せよ』と命令を受けていた。しかし、こんな真正面から、正々堂々やってくるとは聞いていない!


「うう……」「おい、どうする」「どうするって言っても……」


 兵士たちの士気は当然低い。彼らは徹夜で、一晩中怯えていて、しかもあの恐ろしいマツの客だ。

 指揮官はいない。現場指揮可能な人材は、門浦たちにほとんど殺されてしまったからだ。


「きゃ、客人! あなたは『前王派』か!?」「何を聞いてる!?」

「そうだと言ったらどう都合が悪い?」


  挑発的に唇を歪める笛吹、怖気づく兵士たち。


「わ、我々は客人を攻撃せねばならない!」

「無駄な血が流れるな」


 笛吹の返事は端的で、冷酷だった。恐ろしい点は、笛吹が彼らを皆殺しにすることに躊躇(ちゅうちょ)しないことであった。

 この場の全員を血祭りにするのも、大した手間ではない。その目が語る。


「…………だが、素直にマツの所に案内し

てくれないのならば、誰かがその気になるまでなってもいいかもの……その、『先王派』だか『前王派』だかに」


 空間が凍りつく。兵士たちは肌を刺す冷気を、頸動脈に触れる刃を幻視した。

 これは、手を出してはならない相手だ。そう確信させるに十分な殺意と剣圧であった。


「客人はお通りください!」「我々は『前王派』への警戒を続けねばなりません!」

「そうか、がんばれよ」


 悠然と門を潜る笛吹。心の中では大いに胸をなで下ろしていた。

 さすがに、ここにいる全員を相手にするのは心苦しい。【敵】ではない相手を殺すことには多少の抵抗があった。


 笛吹たちは、【敵】として【ドラゴン】の力を授かっていない現地人を極力殺さないつもりだった。笛吹が正面で騒ぎを起こし、マツを呼び出す。

 おそらくは伝令が走り回り、他の【狩人】や宍戸、神崎の耳にも入るだろう。


 宍戸と連絡を取る方法はない。だからこうやって笛吹が動く。笛吹自身がマーカーとして動き、敵味方の行動指針になる。

 神崎は、死んだ子供を取り返すために【望み】を使うと言っている。【ドラゴン】と戦うのならば協力してくれるだろう。


「おいアンタ」

「えっ、あっはい……」

「マツはどこだ?」


 松明を片手に巡回する兵士に声をかける。場所を教わり、笛吹は心配になった。あまりにも騒ぎになっていない。

 これでは陽動にならない気がする。


 階段を登り、説明されたマツの私室の扉をノックする。

 返事はない。しかし、奥に【敵】の気配がする。


 笛吹はドアを蹴破った。


「キャアァァッ!!?」「な、何だお前は!!?」

「せっかく遊びに来てやったのに女遊びか? いいご身分だなマツ。ここの警備の頭はお前だろ? 殺し合いのことばかり考えて仕事はおざなりか?」


 部屋の中には前をはだけた女たちと、恰幅のいい男。寝台の上には包帯まみれのマツ。

 彼はゆっくりと起き上がる。恰幅のいい男が止めるのを振り払い、血の滲んだ包帯を剥ぎ取る。


「クク、ククククク! 昼にあのイタリア人で、夜にはお前か笛吹……こいつらの悪霊避けの祈祷(きとう)とやらには飽き飽きしていた所だ」


 肉の抉れた酷い顔、しかし、傷の大半は塞がっている。【義体】のもつ能力の一つ、【超治癒】のおかげだ。

 笛吹は舌を打った。タイミングを見計らったつもりが、傷を治す時間を与えてしまった訳か。


「その傷、(こおり)か?」

「そうだ」


 下帯一枚の姿で、マツは羞恥心のかけらもなく立ち上がる。止めようとした恰幅のよい男……おそらくは医者を蹴り飛ばす。


「だが、この程度がハンデになるとは思うなよ?」

「は? 一度負けてるヤツの言葉かよ」


 笛吹は鼻で笑い、一礼した。


「剣士、笛吹冷火(レイカ)だ」

「ただのマツだ」


 女どもの悲鳴が交錯する中、決闘の火蓋は切って落とされた。


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