20328 ここがお前の墓穴だ
宍戸敏夫は、宗教法人『獅子堂会』の指導者である。2008年末に警察に突入され、信者同士の殺し合いも発生し、宍戸は死亡、他の信者も多くが命を落とす。
宍戸は政府高官と関わりがあり、犯罪者を鉄砲玉として利用して殺し屋の真似事をしていた。
暴力団とも提携している、善人ではなく、悪党だと自認していた。
しかしそれでも、まあ、自分の周りには優しいくありたいし、生まれ育った村が過疎化するのを避けたい気持ちも本物だ。
何より、死にたくない。
だから【ドラゴン】を殺す。
「ぎゃっ!?」
「うげっ」
宍戸の【武器】は落とし穴である。楔を媒介に足元に落とし穴を開く。『一回目』は最強で無敵の能力だと思っていた。発動の隙は小さい、突然足元に穴が開いて避けられる者はほとんど居ない。
…………居ないわけではない。
前回、必殺のタイミングだったはずなのに管金という小僧はさっと避けた。信じられないくらい、当たり前のように回避した。
以降、宍戸は慢心をやめた。
「くそ! この私が! こんなミスを!! 痛……泣くほど痛いな!!」
「う……うぐ!? な、なにが……」
宍戸は生き残らねばならない。
それはアル中の女、楠木佐香を見てしまったからである。若い頃の妻に、宍戸自身にもよく似ていた。息子の繊細な顔立ちと、息子嫁の体格の良さを引き継いでいた。
あれは、孫だ。宍戸佐香。母親の旧姓を名乗っているが、間違いなく宍戸の孫娘だ。
酒浸りになる理由は分かる。宍戸を憎悪に満ちた目で睨むのも。許しは乞えない。何があったのかを問うことを、宍戸は恐れたからだ。逃げたからだ。
「すまん、佐香……笛吹くん、神崎くん……後は頼む」
宍戸、出羽、美咲の三人は落とし穴に落ちていた。宮殿の地下にある真っ暗な空間に、背中から叩きつけられていた。
落下を予期していた宍戸以外の二人は、激痛にのたうつしかできない。
「う……はぁはぁ……」
「美咲くんだったな! 神崎くんだ! 神崎くんは味方だ! 可能なら頼む! 長月くんが生きている間に……!!」
宍戸は出羽に掴みかかった。下半身が動かない。でも両手は動く。抱きつくような形で。
「離せ!」
「【ドラゴン】を殺せ!!!」
落下。
背中に包丁が突き立つ。同時に落とし穴が口を開く。出羽が下で、10メートルの自由落下。
「ぎゃっ!?」
「お前みたいなザコを道連れか……門浦が良かったな」
衝撃の直後、次の穴が開く。
「ぐ……は、離せ……!」
「ふふ、離しても同じだよ……ぐぇっ!!」
全身を打ち付ける衝撃。受け身も取れぬ、人間二人分の重さ。常人ならば打ち身では済まない、骨折、内臓破裂、昏倒もあり得る。
次の穴が開く。
「やめ……っ」
「包丁刺しといて、よく言う……」
次の穴。
「助け……」
「諦めなさい。ここが僕らの墓穴さ」
次の穴。
「ぎゃあああ!」
次の穴。
「……」
穴。
穴。
【武器】で作られた落とし穴は、持ち主の死と同時に消滅する。墓穴にはならない。
暗黒の広間には、何度も車に轢かれた轢死体のように見る影もない、人間だったものが出現した。明かりがあったとしても、どちらが宍戸でどちらが出羽かも判別つかないだろう。
「…………はぁ、はぁ」
一人残された美咲は、まずはその二つの死体に近寄った。真闇の中なのに、何となく見えることに疑問は抱かない。
二人の持ち物で、何か使えるものを探さなければ……そして、この地下空間を脱出して……。
【ドラゴン】を、殺す。宍戸に言われずとも。だが、宍戸の分まで。
美咲、暴君側から離反。
宍戸、出羽死亡。
残り、四対五。
「長月、長月さん……起きて、逃げるわよ」
「起きている。薬を嗅がされたが、どうやら奴らは【狩人】に薬が効きづらいことを知らないらしい」
「なら起きて……起きられる?」
巌野と宍戸が美咲たちの揉め事を見に行った隙に、神崎は長月を助けるために『屠殺場』に侵入していた。
ほんの二週間でしみついたとは思えない、血と臓物の悪臭に眉をひそめながら、神崎はベルトで拘束された長月を助けようとする。
「無駄だ、足首を砕かれている。私はいい、情報を伝えてくれ」
「……良くないでしょ」
「いい。宍戸が生き残れば私の勝ちだ」
神崎は何か言おうとし、少し考えて頷いた。
「長月さん、私ね……『娘と一緒に幸せに暮らしてる』わ」
「…………そうか、そうか! 痛っ、ふふふ、おめでとう!」
『前回』、神崎と長月は終盤別行動だった。お互いの末路を知らない。いや、神崎だけは知っていた。
長月の【武器】を貸与されて戦っていた神崎は、終わる間際に長月の命が果てたことを知っていた。
「『前回』もあなたに助けられた。【盾】無しでは生き残れなかった」
「……それだが、私は門浦に奪われている」
【盾】は強力だ。それを利用されるのはかなり厳しい状況だろう。
「……どうするの?」
「殺してくれ」
「ダメよ、それだけはできない」
「…………そうだな、忘れてくれ」
神崎は女の子の母親だ。いかに神崎がヤクザや客を三十人以上殺した殺しの天才でも、少女を殺すのはつらかろう。
「私が交戦で得た門浦やあの剣士の情報を教える」
「必ず共有する」
こうしてまた一人、正しき道に歩みを進める。
神崎離反。
五対四。




