20326 ニセモノ
「ぎゃあああ!!! あああ!! ああああああ!!!」
飛び掛かろうとした出羽、機先を制したのは美咲だった。肺活量には自信がある。伊達に水責めされていない。
ゾッとするような絶叫にひるむ出羽、美咲は即座に尻尾を巻いて逃亡。挑発したものの、勝てるとは思っていない。
「ストーくんてホントにバカ。なーんにも知らないし見えてないのね。
巌野さん? 違うわ。巌野さんだけじゃない。マツさんも、門浦さまも、宍戸ってオジサンも……ストーくん以外の全員と!」
「やめろやめろやめろ!!」
【狩人】として半人前以下の美咲では、出羽の速度に敵わない。逃げても無駄、勝ち目は皆無。
美咲だけなら。
「ノロマ! 単純! 能無し! ガキにバカにされんのも当たり前だろ?」
少し逃げた所で余裕を持って振り返る。血走った目で肉薄する出羽、振り回される包丁。
右からの袈裟斬り、想定通りの一撃を両手で持った鎌で防ぐ。
「ぐぐっ!」
「口だけかよ!!」
片手の大振りにパワー負け、【狩人】ならざる美咲には荷が重い。鎌の強みとして、引っ掛けてテコの原理で奪えるはずなのだが、膂力が違い過ぎてそうも行かない。
ブンブンと振り回される包丁を、脇目も振らず逃げることで回避。腕や肩に傷を追う。
「ぷふっ! ダッサー! ストーくんカッコ悪! 例の剣士は【防具】も切れたのに、こんな弱い【武器】で防がれちゃうの〜?」
「クソクソクソ! クソ女!!」
美咲は普通の女だ。殺す才能も奪う才能もない。今だって、自分のなかにある誰かが言いそうな言葉を借りてるだけだ。
切られた傷が痛い。ジンジンする。涙声になってないか心配だ。
「他に罵倒ねーの? 脳みそ入ってないからかな? それとも鳴き声か? ホーホケキョみたいに、クソクソ言っちゃう?」
「ふざけるなぁー!!」
避けるのも防ぐのも難しい一撃、美咲は横に飛び込むも背中を横一文字に裂かれる。泣きそう! 痛い! ジクジク痛い!!
「ギャッ!?」
苦痛にのたうつ暇はない。これだけ騒いているんだ。誰か、誰か来て……! できれば巌野、次点で巴静。必要なのは美咲を助けてくれるひと!
だが、都合よく助けは来ない。美咲は最後の手段に出ることにした。
この話はしたくなかった。出羽に聞く耳が残ってなければ無意味だからだ。
「ごっごめんなさい! 許して! 何でもするから! もう二度と逆らわないし、全部の言葉を撤回します! 謝罪します!!」
痛みで声が震えている。いい感じに涙声だ。
「これからは『あの子』になりきります! 誰よりも出羽崇道を愛します! だからもう痛いことしないでぇ!」
「…………分かったようだな、僕の強さと偉大さが」
なんにもわかんねーよ。美咲は罵倒を呑み込んだ。
出羽は見てきた【狩人】で二番目に弱い。一番弱いのはもちろん美咲だ。
「私は全身、骨の髄までストーくんのものです。ストーくんのため生きたいです……つまり」
「ん?」
「お前のもんじゃないんでは?」
大事なのはここからだ。美咲は唇を濡らした。案外、出羽は話を聞いている。
「『あの子』が愛してくれるのが『ストーくん』なら、そのニセモノであるお前には……愛してもらう資格はあるでやすか?」
「な、何だお前……言うに事欠いて、僕が、この僕が空っぽで無意味な、ニセモノ!? ニセモノだってのか!!」
お、逆鱗! 美咲はよろよろと、這いつくばってお願いの姿勢。
さあ、アイデンティティにダメージを負ってくれ。思い悩んでくれ。美咲はその隙を狙うつもりだ。
「え? あっしらは、『本体』の見た目を再現しただけのニセモノでござんしょ?」
肉体能力が違いすぎる。殺せないにしても、逃げる。誰かの所まで誘導して……。
「面白い話をしているな、『空っぽの女』」
ぬぅっと、背が低く筋肉質の、だるまみたいな男が現れた。血と砂利で汚れたエプロン。ギラギラと光る双眸。
その横には、白スーツの壮年男性が穏やかな笑みを浮かべて立っている。
巌野と宍戸。
どうにかして一人……可能なら全員。
出羽を誘導して殺し合わせれば美咲の勝ち。
失敗したら?
現代の美咲と死地妊が死ぬだけだ。
失敗なんて、考えられるか。




