20325 ロック・ユー!!
敵対する【狩人】たちを探す宛は無いけれど、見つければ勝てるつもりの出羽。パレードの時も、正面から一人で突撃して痛い目を見ていた。
同様に、居場所さえ見つければ勝手に自滅してくれるはず。美咲はそう考えていた。
「ところで」
「なぁに?」
「あの男からキミの匂いがした」
「…………は?」
巌野のアトリエ『屠殺場』から出て少し歩いた所で、出羽はそんな事を言いだした。美咲は意味がわからない。
「……何を言ってやす……言ってるの?」
「僕が傷ついて苦しんでいたとき、キミはどこに居た?」
目深に被ったフードの下、濁った双眸が熱を持つ。出羽は本気で言っている。
「……お城の中を散歩して、何人かに会ったけど……巌野さんとはそこの水場で立ち話をしたくらいで」
「なんであの男の名前を知ってるんだ」
「は?」
いや、人の名前なんて知っていて当然……違う。出羽の論理では違うのか!
これは危険だ。美咲は突然、自分が崖っぷちに立たされたことに気が付いた。
「僕以外の名前なんて、知る必要はない。親しげに呼んだな? 僕以外の名前を」
「…………」
ヤンデレってこういうのを言うでやすか? 最近流行りだと聞くけれど……美咲は益体もないことを考えながらこの場をどう切り抜けるかに脳をフル回転させた。
ちなみに、『ヤンデレ』という言葉は2000年代の流行である。初期は十八禁ゲームから、だんだんと各メディアに広がり、2000年代の後期には『ひぐらし◯なく頃に』や『scho◯l days』で一般化した。
後にブームを確固たるものにする『未来◯記』もこの頃の作品である。
「あいつと、親しいのか?」
美咲は考えた。
「全然親しくないよ」→「嘘だ、死ね!」
「親しいよ」→「裏切り者、死ね!」
「はぐらかす」→「僕を騙したな、死ね!」
これは何を言っても聞く耳持つまい。
「ようやくお気づきになりやしたか?」
「…………は?」
美咲は別の選択肢、つまり仲間割れをさせる道を選んだ。
「あっしは、お前みたいなガキにゃまるで興味がねーんですよ」
「クソが!!!」
横向きに振るわれた【武器】出刃包丁。首を狙った攻撃を、美咲は一歩下がってかわした。
背中が冷や汗でびっしょりだ。ヤバいヤバいヤバいヤバい。ノーウェイトで殺意を向けてきた。
「僕を見ろ、僕を見ろよ! アイツじゃなくて僕を見ろ!! 『あの子』の代わりにしてやるんだから、キチンと役割を演じきれ!!!」
「はぁ?」
腰だめに構える出羽。美咲は挑発的に肩をすくめた。戦闘能力ではまるで勝ち目がない。ではどうする?
「いろんな男と『お仕事』するのは『あの子』らしいでやしょ?」
「ち! が! ううううううう!!!!!」
獣のように吠えながらの突撃。美咲は横っ飛びに避けながら唾を吐き捨てた。
やっぱりな、そうだよな。出羽は図星を突かれて怒り狂っていた。
「本当の『あの子』はどうなったんでやすか? あっしは何人目の『あの子』なんで?」
「『あの子』は一人に決まってんだろ!! お前も!! ニセモノだな!!!!」
『あの子』が売れない地下アイドルなのは、出羽の話から分かっていた。出羽は彼女を崇拝していた。
しかし、意味のわからない部分があった。
信仰対象に似た女を作る理由がない。本人がいるはずだからだ。
だから美咲は推測した。『あの子』はもうこの世に居ない。十中八九、出羽によって命を奪われて。だから出羽は『代わり』を欲しがっている。
自分に都合の良い、完璧な『あの子』を。
…………だって、ホンモノの『あの子』は、出羽の理想とは違ったんだもの。
「お前の言う『ホンモノ』は、お前の心ん中にしかいねーんでやすよ」
「消えろ!!!」
美咲は息を吸い、息を吐いた。美咲の中の人格で、七つの魂の中で、戦うことができるのは死地妊だけ。
しかしあのロックな殺し屋は、2008年に『くねくね』を見たことで消えてしまっている。
「そんなチンケな【武器】で」
美咲の手に輝く粒子が集まる。【武器】だ! 死地妊を思い出せ! 『前回』の彼はどんな【武器】を使っていた?
美咲は彼と同じく、多重人格者の影の一つに過ぎない。一つ一つに魂が存在するのか分からないけれど……もしかしたら、美咲にも同じ【武器】が使えるかもしれない。
「お前ぇぇ!! 僕に歯向かうっていうのかよ!」
「素直に殺されるのなんてまっぴらごめんなんで」
生き延びるんだ! この修羅場をなんとか乗り切って、【ドラゴン】を殺す側の協力をして!
生き残って、死地妊を。あの弟を助けるんだ!
五秒以上の時間をかけて、ようやく実体化したのは……禍々しくも無力な【武器】であった。
一尺三寸の白木の柄。そこから伸びる刀身は三日月のように湾曲している。刃渡り六寸。刃は内側に立っている。
「はぁ? おいおいおい! なんだよそりゃぁ、草刈り鎌か? 人のこと言える【武器】かよ!!」
家庭用に園芸店で売られているような、ごく普通の草刈り鎌。武器の長さと取り回しは出刃包丁以下である。
当たり前だ。切るにも刺すにも向いた肉厚の包丁と違い、鎌の刃は内側にしかついておらず、攻撃手段は先端による刺突しかない。
その曲がった刃は取り回しが悪く、刃の向きの問題で引いたときしか切れない。
「ふぅー……ふぅぅ……」
「僕に【武器】を向けて、ただで済むと思ってんのか?」
「あのさぁ」
美咲はセットしてもらっていた髪をグチャグチャにして撫でつけた。顎を突き出して歯を剥き出しに。左手の中指を立てて、チンピラみたいに。
死地妊! あっしらの死地妊! 消えずに、かすかでも存在することの証明!
「誰に対しても会話の途中で包丁向けるキチ◯イに言われたかぁねーんだよ」
死地妊はいないけれど、真似はできるはずだ。だって美咲は空っぽの、外面。
見た目と動きだけなら、きっとやれる。
「オラ! マジモンのロックを教えてやんよ!!」




