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武器を取れ、ドラゴンを殺す 第二部 『補欠の僕らも星を見る』  作者: 運果 尽ク乃
第三章 合い食む餓狼

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20323 叶わぬ約束


「…………ダメだ。囲んで倒せる相手じゃない」


 佐香の提案を、笛吹(うすい)はしばし悩んだ後に退けた。しかし、(ばん)が殺人未経験故に弱気であるという論説には納得した様子だった。

 対策を思案する笛吹、蛮の脇腹を佐香が小突いた。


「いいところ見せたいんじゃないの?」

「え? いや、その……」

「アスリートならぁ、本番強いでしょ? どーせ死んでも現実に戻るだけじゃ〜ん」


 佐香の言葉に、逆に強いプレッシャーがのしかかる。

 佐香がどこまで分かっていてけしかけたのかは知らないが、蛮は覚悟を決める必要があった。ここでこのままでは、何も言わないままに終わってしまいそうな気がする。


「笛吹、話がある」

「今、話し合いの途中だが? 何をしているつもりだったんだ?」

「お前、俺をどう思っている?」


 笛吹が剃刀(かみそり)のように鋭い目つきを、呆れたように緩めた。今聞くことかって言われそう。


「さっきも言ったよな? 蛮は強い。やれる。この場で一番信用している。これでいいか? 女の応援が欲しいなら佐香にしてもらえ。それとも、景気づけに娼館でも行きたいか?」

「そうじゃねえ」


 口のうまさでは笛吹に勝てるはずがない。何を言っても丸め込まれるだろう。

 だから蛮は小さく深呼吸した。


「なら割り切れ。残る戦力は宍戸含めて四人。最初から主力はオレと蛮だった。いまさら何を言いたい?」


 何を言いたい? 何を言って欲しい。そんなことは決まっている。ただ、それを口にするのが恐ろしい。

 門浦やマツよりも、ただひたすらに……。


 蛮は佐香を見た。妻の仇を討つために何もかもを投げ捨てた(こおり)を思い出す。なりふり構わないガムシャラさ。それが蛮に足りないものだ。

 笛吹もそうだ。宍戸もそうらしい。


 蛮に足りないのは、『喪失』だ。


「少し聞いてくれ」

「分かった」

「俺は……お前らと違う。俺の【望み】はお前らみたいに強くない。大したものじゃない、心からの祈りじゃない」


 笛吹が瞑目し、静かに息を吸った。そして手で促す。何か言うのを飲み込んだのだ。


「佐香さんの【望み】が、宍戸とその家族が破滅しないことならば、笛吹。笛吹火嵐(フラン)……お前の【望み】はなんだ?」

「…………弟だ。交通事故で死んだ弟が、オレの望みだ」


 知っている。その上で確認したかった。それが蛮の【望み】だ。


「弟の名前、聞いたこと無かったよな?」

「…………」

「フランは、弟の名前なんじゃないのか?」


 全く状況が理解できずに、佐香が首を傾げる。


「最後まで誤魔化したかったんだが?」

「なんでだよ」

「だって蛮お前、オレが好きだろ?」

「そりゃお前……ッ」


 はっとひらめいた顔の佐香が手を叩く。


「え? BL!? ボーイズラブ? あ、どうぞ続けてください! さぁさぁクフきゅんはあっち行こうね〜、二人はそのままベッドインまでどうぞどうぞ〜」

「違う」


 笛吹がずっと着ていたブレザーを脱いだ。シャツは現地のものと着てきたワイシャツを交互に扱っていた。

 今は学校指定のワイシャツ、憎たらしいほど動揺しないで、ボタンを外す。


「佐香、オレは女だ」

「はぁ? はぁぁぁぁぁーーーー!?」


 肌着をたくし上げると、引き締まった腹筋の上に、ぎゅうぎゅうとサラシが巻かれていた。

 無駄に大きいバストを押しつぶして、平らにするためである。


「え? 蛮クン? 知ってた? 知ってたって顔してる、しかもガン見してる。チラッ。興奮してるし!」

「『前回』俺は、シャワー中だった笛吹に遭遇し、夢だと思って襲いかかって返り討ちにあった」


 佐香が一歩距離を取った。レイプ? そんな事する子だとは思っていなかったという顔。


「スタイル、筋肉の付き方、脚やおっぱい! 何もかもが理想の裸の女とエロいことする夢は、男なら誰でも見るんだよ!! 笛吹は顔も好みだしよぉ!!」

「少し黙れ」


「俺だって女好きを自称してたのに、突然同室のイケメン男が好きで好きで仕方なくなっちまって焦ったんだよ! 女ならともかく男だぞ! 俺は子供が欲しい! 子供をたくさん育てたい! でも男だったら子供に自分の血が流れてないんだぞ!!」

「黙れ」


 熱弁する蛮に、氷のような声をかける笛吹。


「結婚できて養子を育てるの確定なん……?」

「結婚しないから」

「結婚してくれ笛吹」

「黙れ」


 一度タガが外れてしまえば、蛮に怖いものはなかった。


「お前だ。お前だけなんだ。笛吹。俺が欲しいのは世界でお前だけなんだ。お前の中で俺がどれだけ小さくても、俺の中ではお前だけが一番大きい。

 俺の【望み】も、お前のことだ。笛吹の【望み】を叶えて、心置きなく俺の彼女になってもらうことだ」


「え、キモ……」

「オレもそう思う」


 熱烈な告白も、二人がかりで真っ二つ。蛮はもう成すすべがない。


「……いいか、蛮。オレはあいつの、火嵐の代わりだ。真に価値があるのは弟のほうさ。剣の腕も弟には勝てないし、このまま行ってもおそらくどこかの時点で暴露され、選手生命が絶たれる。

 悲願だったオリンピックは、絶対に届かない。オレには火嵐が絶対に必要なんだ」


 佐香だけが、この場で冷静に二人を見ていた。熱の入った蛮と、逆に冷気を纏う笛吹。

 二人とも、ずっとお互いの言いたいことを言い合っているだけなので、会話が噛み合っているようで噛み合っていない。


「えっちしちゃえよ!」

「しない。好きでもない男に抱かれるとか寒気が……あ!」


 真っ向から否定して笛吹は失言に気が付いた。そして佐香は、笛吹が思いの外冷静さを欠いていることを知った。


「落ち着け笛吹。俺は冷静だ……正直、ここまでドン引きされてるんだ。お前の気持ちはわかっている。だが三つ聞きたい」

「多いな」


 蛮は真面目くさった顔で居住まいを正した。


「と、友達としても、嫌いか……?」

「ぷっ」「ぎゃっははははは!!」


 笛吹は失笑し、佐香は腹を抱えて笑った。


「いや、悪い……くくっ、男としてみていないが、蛮はいい友人だ……くふっ」

「よし! 次に本当の名前を教えてくれ」


 佐香は転げ回りながら発言を控えた。笛吹は、蛮を異性として意識している。好意を持たれていると知った上で男のふりを貫いてきたんだから、絶対に意識している。

 だって、女の子として好意を持たれてたら、冷たい仮面をかぶり続けるの大変そうだし。


冷火(レイカ)だ」

「かわいい名前だな」

「冷たい火。親父のセンスはイカれている」


 しかし、音だけ聞けば普通に女の子の名前だ。


「最後に、俺が門浦を殺したら、【望み】はうす……レイカにやる。だから」

「どさくさに紛れて名前で呼ぶな」


 笛吹は苦笑した。蛮は何も分かっていない。大きな誤解をしている。


「だが分かった……蛮が勝ったら、お前の女になってやるよ」


 笛吹が【望み】を叶えたら、弟が生きていることになったら、蛮との接点はなくなる。盤の同室は弟になり、笛吹は別の場所で生活をすることになるだろう。

 そうなったら恋人どころか、会うこともできなくなると言うのに。


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