7.赤炎侯爵
冷たい朝の空気の中、二人は、軍の訓練施設の近くにある牢屋に連れて行かれた。道中、遠くから聞こえる号令や、金属がぶつかり合う音が、キラの神経を逆撫でする。
その時、広い通路の角を曲がったところで、一人の男が向こうから歩いてきた。背筋がぴんと伸び、整った軍服に身を包んでいる。見るからに位の高い人物だ。
男は、連行されてくるキラとティアに何気なく視線を向けた。だが、ティアの顔を見た瞬間、その足がぴたりと止まる。彼の目は、ティアの頭からずり落ちかけた帽子から覗く、プラチナブロンドの髪と、メガネの奥の黄金の瞳に釘付けになった。
男は兵士たちを呼び止める。
「待て。その少女をどこへ連れて行く?」
兵士たちは敬礼し、答えた。
「はっ!参謀長!不法侵入の疑いにて、拘留所へ連行するところであります。」
参謀長と呼ばれた男はティアの前に進み出ると、険しい表情でティアをじっと見つめた。そして、意外な言葉を口にした。
「彼女は、私が侯爵様のもとへ連れて行く。そこの少年は彼女の連れか?牢にでも入れておけ。」
兵士たちは一瞬戸惑ったが、彼らはティアを解放し、代わりにキラをさらに強く拘束した。
「キラ!!」
ティアは涙を溜めてキラを振り返る。
「ティア!おい!ティアをどこに連れて行く!彼女に何かしたらただじゃおかない!」
「黙れ!お前はこっちだ!」
キラは再びティアの名を叫んだ。ティアも不安げにキラを見つめ返す。二人の瞳が、この予期せぬ状況に戸惑いながらも、互いの無事を願うように交錯した。ティアは補佐官と共に侯爵の執務室へと連行され、キラは冷たい牢屋へと放り込まれた。
冷たい鉄格子の向こうに、キラは放り込まれた。地面は硬く、ひんやりとしている。窓もない小さな空間に、外からの光はほとんど届かず、彼の心を容赦なく蝕んでいく。
「待ってくれ!俺たちは何も悪いことしてない!島の上陸に許可がいるなんて知らなかったんだ!」
彼は格子を掴み、必死に訴えかけた。だが、番をしている兵士は、ちらりと視線を向けただけで、無言で鉄格子を叩いた。
ガンッ!
「うるさい!黙っていろ!」
冷たい声に、キラの言葉は遮られた。兵士はそれ以上、彼に目を向けることなく、再びその場を立ち去っていく。
どうしようもない状況だった。彼の言葉は届かない。誰も耳を傾けてくれない。胸を締め付けるような焦りと、ティアへの不安が波のように押し寄せる。ティアは今、どこで何をしているのだろう。見知らぬ場所で、一人で何を話しているのか。彼女は無事なのか。
「ティア……」
小さく呟いた声は、暗い牢屋に虚しく響くだけだった。
理不尽な状況と、話を聞こうとしない軍人の態度が、まさにこの牢屋のように彼の心をどんどん冷たく固くしていくのを感じた。どうしたらいいんだ。ただ時間が過ぎるのを待つしかできないなんて。
無力感。それがキラの心を暗く蝕んでいくようだった。
ティアが連れて行かれた先は、厳重な警備が敷かれた侯爵の執務室だった。侯爵は、その厳めしい顔でティアを見据える。
参謀長が侯爵に敬礼して報告した。
「皇帝が極秘に探している少女と、思しき者を捉えました。」
侯爵の視線がティアを射抜く。
「貴様が、皇帝が血眼になって探しているという少女か。プラチナブロンドに黄金の瞳……間違いないな。」
参謀長が補足する。
「状況から、スパイの可能性は低いと思われます。」
ティアは怯むことなく、まっすぐに侯爵の目を見返した。
「私をどうする気なの!?」
「貴様!侯爵様に向かって!!」
位の高い貴族と話すには手順がある。貴族の作法を無視したティアの発言に、参謀長が怒りをあらわにした。侯爵が手を挙げ、参謀長を制止する。ティアの問いに、侯爵の表情は微動だにしなかった。彼はじっとティアを見つめ、低い声で言った。
「そなた何者だ。なぜ我が領地に来た。返答によっては、協力してやらんこともない。あの愚帝が欲しているのだ。それ相応の理由があるのだろう。」
侯爵の言葉に、ティアは確信を得た。昨夜食堂で耳にした会話からも、赤炎侯爵は私利私欲で力を使うような人ではない。持てる武力を正しく使い、赤炎島ひいては空島の平和を願っている人だと思えた。「神の力」や「大地」のことを除いて、正直に相談しても良いのかもしれない。
「私はティアと言います。皇帝が興味を示す私の力は、私にとっても、まだよくわからない力です。今は、力の引き出し方や制御の方法、そして私の力が何のためにあるのか、それを知るために旅をしています。今、牢屋に捕まっているキラは、そのための制御装置を作ってくれて、一緒に力のコントロールの方法を研究してくれています。キラと出会ったのは偶然ですけど、彼の研究から、私の力が各地の遺跡と深く関係していることがわかりました。」
「ふむ。だから遺跡がある赤炎島に来たというわけか?」
「はい。遺跡に行けば何かわかるんじゃないかって思って。島への上陸に、厳しいルールがあるなんて知りませんでした!キラの島では、みんな自由に空を飛んでいたから……。」
「とんだ田舎者だな。侯爵家直轄の島はどこも決められた港があるものだ。そんなことも知らないとは。」
参謀長が、呆れたように言った。ティアは困ったように俯く。
「話はわかった。今この島は、『火の遺跡』の力が不安定になり、島の守りが揺らいでいる。その隙を狙って皇帝が何人ものスパイを送り込んできているのだ。」
「皇帝は私を脅かす存在です。私たちの旅と旅の目的に協力してくださるなら、私はこの島の力になります。」
侯爵は、皇帝が欲しているティアの力に、ティアの強い眼差しに可能性を見出していた。彼の口元が、わずかに吊り上がる。
「よかろう。お前たちへの疑いは完全には晴れないが、遺跡の力が不安定になった原因が分かっていない以上、お前の力を試させてやろう。お前たちの力で解決してみせよ。」
「はい、ありがとうございます。」
ティアの顔に、ぱっと喜びの光が差した。希望の道が開けたことに、安堵と期待が入り混じった表情を浮かべる。
「ただし、お前たちの行動は、すべて軍の監視下におく。今後の動きについては、そこにいるゼノン(参謀長)と相談するように。彼がお前たちを『火の遺跡』へと案内する手はずを整えよう。」
侯爵はそう言い放つと、ゼノンと呼ばれた参謀長へと視線を向けた。ゼノンは一礼し、ティアにわずかに会釈を促す。
ティアは弾むような気持ちで、侯爵に深々と頭を下げた。厳しい態度の中にも、この島の平和を守ろうとする侯爵の強い意志を感じ取った。そして、自分の力が、ようやく誰かの役に立つかもしれないという期待に胸を膨らませていた。
「では、私はこれで。」
ゼノンはそう言い、ティアと一緒に執務室をあとにした。
廊下に出ると、ゼノンは無言で先を歩き出す。ティアは遅れないよう、早足でついて行った。




