4.隠された真実:父の日記と古の伝承
ティアの頑張りもあって、工房は数日のうちに元の姿に近づいていた。壊れた天井は応急処置として、キラが木の板を簡単に貼り付けた。
ここ数日のティアの様子は、どうも初めての経験の連続のようだった。火の光石を設置したコンロの使い方がわからず、台所を吹き飛ばしかけた時には、流石のキラも焦った。
相変わらず自分のことについては、あまり語ってくれないが、なんでも一生懸命取り組む様子は見ていて好感が持てる。
(それにしてもあの時の光はなんだったんだろう。信じられないくらい強くて、綺麗な光だった。)
キラが考え事をしているのをよそに、ティアは箒で部屋中の砂や埃をはいていた。すると一冊の古いノートが出てきた。手にとって埃を軽くはたき落とす。
「ごほっごほっ。」
埃が目に入り、涙目になりながら、ノートの表紙をめくってみた。
それはキラの父親が残した日記だった。
「これって…。」
ペラペラとノートをめくり、読み進めていく内に、ティアの故郷に伝わる言い伝えと酷似した記述を見つけた。
『キラの父親の日記』_______________________
「私は各地に散らばる伝承から、光の神は『光の核』という力の結晶を使い、空島を創造したのではないかと考えた。『光の核』と、八つの領地にある遺跡の力の仕組みを解析し、『光の核』を作動させることができれば、大地への道が開くことができるだろう。この確信に基づき、私は古い文献を元に、七色の光を集める装置を設計し「虹の核」と名付けた。この装置に光を集めることで、光の神のように七つの光を操ることができれば、と願うばかりだ。だがしかし、『光の神』の力を道具一つで再現可能なのだろうか?さらなる研究が必要である。」
_________________________________________
ティアは興奮を抑えきれず、キラに駆け寄った。
「キラ、見て!お父さんの日記!私の村に伝わるお話ととても似ているの!」
ティアはまくし立てるように話し始めた。
「私の村では光の神を深く信仰していて、こんな言い伝えが残っているの。」
『昔この世は光の力が満ちていた。神は光の力を使い、空の世界と、空に浮かぶ島をお作りになられた。神は自身の光の力を七色に分かち、赤は火、橙は土、黄は雷、黄緑は風、緑は木、青は水、そして紫は重力として人々に分け与えた。それから神は自身を八つに分け眠りについた。そして空は虹の民のものとなった。神の力を受け継ぎし虹の民が、虹を一つの光にするとき、その光は新たな世界への道を示す。』
「私の村では新たな世界っていうのは、悟りを開くことだと考えていたわ。それに死んだ人は一つの光になって、新しい世界に行くと考えていたの。」
キラはハッとしてティアを見つめ、両腕を掴み興奮を抑えられないように、まくし立てる。
「もし、その言い伝えが、現実のことを伝えていたんだとしたら!ティアの村の人々は言い伝えで、空島以外の世界があることを残していたのかもしれない!」
「きっとそう!いつからか空島の生活を守るために、『新たな世界』を『死んだ後の世界』ということにしたんだわ!だって私みたいに神の力を受け継いでたら、他の人にとっては怖いことだもの!!」
「えっ?」
ティアの言葉にキラは耳を疑った。
「神の力?」
ティアは自分が秘密を口にしたことに気がつき青ざめ、いいつくろうとするが、うまく言葉が出てこない。
「ち、違うの。えっと…私、」
「ティア、君が追われている理由って…」
ティアはキラが最後まで言い終わる前に、外へと飛び出した。
ティアは、工房を飛び出し、無我夢中で森の中を駆けていた。後ろからキラが自分を呼ぶ声が聞こえる。しかし、彼女はただひたすらに、遠くへ、もっと遠くへ、と足を動かした。
息が切れ、足がもつれ、ついに彼女は森の奥深くで倒れ込む。顔を上げると、木漏れ日が差し込む木々の隙間からキラが追いかけてきているのが見えた。
「ティア…!」
キラは息を切らせて、ティアに歩み寄ろうとする。しかし、ティアは、まるで傷ついた小動物のように身を硬くし、後ずさりした。
「来ないで…!お願いだから、来ないで…!」
ティアの瞳は恐怖に揺れ、悲鳴のような声が森に響く。キラは、どうしていいかわからず、ただ立ち尽くす。
「どうして…逃げるんだ?」
キラの問いかけに、ティアは震える声で答えた。
「みんな、私を怖がるんだもの!」
「君の力を知ったから、僕が君を追い出すと思ったのか?」
「みんな…そう。私の力を見て、危険だって、閉じ込めるの。私は誰も傷つけないのに、誰も私をみてくれない。」
ティアは自分を抱きしめるように、腕を押さえる。
ここ数日、壊れてしまった工房の片付けを手伝いながら、過ごしたキラとの生活は、ティアにとってはかけがえの無いものになっていた。今までできなかった、人との会話、普通の生活、どれもティアの心に安らぎを与えてくれた。それらを与えてくれ、自分に『普通』に接してくれていたキラから、畏怖の目で見られることが、怖かった。
「私、空の智の塔にいたの。誰かが私の力が悪用しないように、力を使わないように言われたわ。それからずっと、誰にも合わせてもらえず、閉じ込められてた。それなのに、皇帝に私の力を知られて、自分のものにしようとしてるんだって。いきなり外に放り出された。」
ティアは今まで溜め込んでいた感情を吐き出すように叫ぶ。
「私は道具じゃない!物じゃないの!なのに、みんな私を…まるで箱に入れるみたいに閉じ込めたり、手に入れようとしたり…!あなたもそうなんでしょう!」
ティアの言葉は、キラの胸に突き刺さる。キラは、彼女の言葉を否定することはできなかった。確かに、最初にティアの力を見た時、彼の頭には父の夢のことが浮かんだ。神の力だと聞いて、夢への可能性が開かれたように感じたことは事実だった。
けれど、その感情とは別の、もっと純粋な感情があった。それは、誰もが嘲笑い軽蔑したキラの夢を、ティアだけが真剣に聞いてくれたことだった。
それに、誰にも理解してもらえない問いことが自分と重なり、力になりたいと思っていた。
「違う。確かに、君の力は僕の夢を実現させることができるかもしれない。でも…僕は君の力を道具にしたいわけじゃない。君が大地に「行きたい」って言ってくれた時、僕の夢が、僕だけのものじゃなくなったって、そう思えたんだ。」
キラは一歩一歩ゆっくりティアに近づいていく。
「それに君がこのまま一人で、その力に怯えているのを見過ごせない。君が君の力に怯えないですむように、力になりたい。」
キラの言葉は、ティアの凍り付いた心を溶かすようだった。彼は、ティアのそばにそっと膝をついた。
キラは、ティアの瞳をまっすぐに見つめる。
「私…怖いの。自分の力で、あなたを傷つけてしまうんじゃないかって…。いきなり現れた私を、助けてくれたあなたに、嫌われるのが怖い。」
キラは、ティアの言葉を静かに受け止めた。
「大丈夫。僕は、君を嫌いになんてならないよ。君が自分の力を怖がらなくていいように、一緒に考えよう。そして、君が望むなら、この空島の外の世界へ、誰も君を閉じ込めたり、手に入れたりしない世界に、僕と一緒に行こう。」
ティアの瞳に微かな光が宿った。ティアの口から心から思うことがこぼれた。
「自分の力に怯えずに暮らしたい。私、自由になりたい。」
二人の視線が交わり、互いの心の奥深くに秘めていた孤独や希望が、共鳴し、確かな絆が芽生えたのだった。
「それに、ティア。今更だよ。君が僕の工房に動くはずのないカイトと一緒に落ちてきた時、君すごい光ってたんだよ?」
「えっ?そうなの!?キラ怖くなかった?」
「うん、怖くなかったけど…」
「けど?」
ティアが少し不安げにキラの顔を見る。
「なんだかワクワクしたんだ!まだまだ世界には知らないことがたくさんあるんだって!」
「ふふふ。変なの。でもキラっぽい」
二人は笑い合いながら家路へついた。




