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3.穏やかではない朝

 翌朝、ティアは慣れないベッドの上で飛び起きた。


「ここは?」


 少し硬めのベッドは粗末ながら清潔な寝具で整えられ、そこに寝かされていた。拘束はされていない。追っ手に捕まったわけではないようだ。頭を抱え、昨日のことを思い出す。


「カイトごとどこかに落ちて…。男の子がいた??」


 誰かの寝室であろう部屋の扉を恐る恐るあけ、廊下を通り、人の気配がする方へ向かう。昔の記憶にある朝食の匂いがして、家庭的な雰囲気のダイニングキッチンを見つけた。

 キッチンでは昨日見た少年が朝食を用意しているようだった。ダイニングの入り口に佇むティアに気づいた少年が、声をかけてきた。


「おはよう。体は大丈夫?ちょうど朝食ができたから、起こしに行こうと思ってたんだ。」


「お、おはようございます。」


「ベーコンエッグとパンだけど、食べれる?」


 ティアは少年に促されておずおずと、ダイニングテーブルに着いた。キラはティアをテーブルの椅子に座らせ、自分は小さな調理台に向かった。慣れた手つきで茶葉を取り出し、温かいお茶を淹れ、湯気が立ち上るカップをティアの前に置いた。


「さあ、冷めないうちに食べよう。食事をしながらでいいから、君のこと聞かせてもらえる?」


 ティアは緊張からか、何も言葉が出てこない。ただ「ティア」と自分の名前を伝えるのが精一杯だった。気まずい空気が二人の間を流れる。その時、静寂を破るように、ティアのお腹がグゥゥ、と音を立てた。


「ははっ!」


 キラは思わず吹き出し、ティアは顔を赤くして俯く。


「笑ってごめん、お腹空いてるみたいだし、食べよう!」


 張り詰めていた空気がふっと緩んだ。キラは笑いながらパンを一切れちぎり、ティアに差し出した。ティアは小さく頷き、パンを受け取ると、少しずつ食べ始めた。


 キラは朝食を食べながら、目の前の少女をそっと観察する。彼女が着ている服は、質素ではあるが、生地がよく、丁寧に手入れされていることがわかる。

 プラチナブロンドの髪も滑らかで、乱れている様子はない。世間慣れしていない、どこかおどおどした態度。そして何よりも、空島の神話に登場する光の神を思わせるような容姿。そして、昨晩、彼女が放ったあの信じられないほど眩い光。キラは今まで見たことない力に、今の行き詰まった現状を変えることができるのではないかと、少なからず期待していた。


(あの虹色の光は、一体何だったんだ?)


 大破したカイトには、高度な操縦機能などほとんど付いていなかった。


(どうやって、飛んできたんだ?)


 わからないことだらけだった。キラの視線に気づいたティアは、恥ずかしそうに目を伏せる。彼女は、元々小さくちぎっていたパンを、さらに細かくちぎって食べ始めた。その様子が、まるで警戒している小さな小動物のようで、キラは思わず笑みをこぼす。


(ともかく、悪い子じゃなさそうだ。)


 キラは、彼女への警戒心を少しずつ緩めていった。


 

 食事を終えると、二人は工房の瓦礫を片付け始めた。


「私のせいで…ごめんなさい。」


 工房の様子を改めて見たティアは、少し泣きそうだ。キラはただ慰めても気を使うだろうと思い、片付けの作業を手伝ってもらうことにした。


「そうだね。じゃぁ頑張って片付けよう!僕一人じゃ大変だしね!」


 ティアは顔を上げて、一生懸命作業に取り掛かった。

 キラは手際よく部品を仕分け、ティアは小さな瓦礫を運んだ。その時、ティアの視線が工房の壁に貼られた一枚の古びた絵に釘付けになる。キラはティアの視線に気づき、少しキラは口を開いた。


「父が描いた、空島の外の世界だよ。」


「空島の外の世界?」


 ティアは驚いて聞き返す。


「うん。僕の父さんは、ここ以外にも世界があるって。空島の遥か下に、無限に広がる『大地』という世界があるって信じてた。ここに描かれているような、空とくっつくほど広がる土地に、人が登るごとができそうもない巨大な山が連なる峰、消えることのない果てしない湖!想像するだけで、ワクワクしないか!?」


 目を輝かせて語るキラは、とても生き生きとした表情をしている。ティアはキラにつられて、自分もなんだか胸がドキドキしてくるように感じた。


「そんな世界が本当にあるの?私、行きたい!」


 期待に胸を膨らませて詰め寄るティアに、面食らったキラ。ティアの反応が嬉しくて、思わず声に力が入った。

「絶対ある!」


「空島は年々人が増え続けているのに、空島以外に行く場所がないなんて、おかしいんだ。本当に空島しか世界がないなら、人と人が争うようになってしまう。だから、僕は見つけたいんだ。」


 話が進むにつれて、キラの表情に一瞬、影が差した。それは、幼い頃、夢を語るたびに周囲から嘲笑された記憶だった。


「でも、誰も信じない。僕も最近、このまま何も見つけることができないんじゃないかって…」


 キラは、独り言のように呟いた。ティアは、その言葉に胸が締め付けられるような共感を覚えた。誰にも理解されない孤独。それは、自分もずっと抱えてきた感情だった。

 ティアは何か言いかけようとしたが、その言葉は、突然響いた激しい音によって遮られた。


 ドンドン!


 工房の扉が叩かれる。


「開けろ!帝国の騎士だ!不審者が逃げ込んだという情報がある!」


 キラとティアは顔を見合わせた。ティアの顔は恐怖に引き攣った。


「君は、隠し通路へ!」


 キラは素早く指示を出し、ティアを奥の隠し通路へと押し込んだ。ティアは震えながらも、キラの言葉に従い、身を隠した。

 キラは大きく息を吸い込むと、平静を装って工房の扉を開ける。

 目の前には、全身を鎧で固めた騎士が二人、厳しい表情で立っていた。


「ここは貴様の工房か?」


「はい、そうですが……。」


「我々は皇帝陛下直属の近衛騎士だ。この近辺に、重罪を犯した者が逃げ込んでおり、捜索している。」


「そうなんですね、昨夜大きな音がして、みたらこの有様で。探しておられる逃亡者の仕業でしたら、早く捕まえて弁償して欲しいんですけど。」


 キラは努めて冷静に答える。心臓が早鐘を打っていた。騎士は崩れた天井を見上げ、キラを睨みつけた。


「ふむ……。匿っているかもしれない。隅々まで確認させてもらう。」


 騎士がどかどかと工房の中へ踏み込んできた。騎士たちは散乱した瓦礫の中を物色したり、他の部屋も創作したが、隠し通路の存在に気づくことはなかった。


  「ちっ、逃げたか。撤収だ。他の場所も探す。」


出て行こうとした騎士にキラが問いかけた。


「修理代ってもらえます?」


「我々が探している人物を見つけた、褒美をやる。」


「へぇ!どんな人を探しているんですか?」


「女だ。これ以上は教えられん。」


 キラの質問に吐くように答えて、騎士たちは荒々しい足音を立てて工房を後にした。扉が閉まる音を聞き、キラは大きく息を吐き出した。

 足音が完全に遠ざかるのを待って、キラは隠し通路の扉を開けた。


「もう大丈夫だ。」


「…。」


 震えるティアが青い顔をしながら、通路から出てきた。


「彼らが探しているのはティアなの?」


 キラの質問にティアは身をビクつかせる。


「そうだったら、私をあの人たちに差し出す?」


「いいや。そんなことしないよ。ティアはあの人たちに捕まりたくないんでしょ?」


 勢いよくティアは顔を上げて、キラを見つめる。


「どうして!!?なんで助けてくれるの!?」


キラはやれやれ、というように少し息を吐いた。


「だって君は、僕の夢を笑わなかったから。」


 キラの言葉を聞いて、ティアは肩の力が抜けた。


「それだけで?」


「君にとってはなんでもないことでも、僕にとってはすごく重要なんだ。それに信じて、行きたいって言ってくれて嬉しかった。」


 笑いながら答えたキラの顔見て、ティアはほっとした。そして、人にとっては当たり前のことを奪われてきたティアにとっては、キラの言葉が、とてもよく理解できた。


「ありがとう。」


 ティアは震えながら、絞り出すように言った。

 キラは安心させるようにティアの頭にポンと手をおいた。


「さぁ!片付けの続きだ!今日中にこの瓦礫の山をどうにかしないとな!」


「うん!」


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