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1.空島の少年キラの朝


今日も空島に変わらぬ朝が訪れる。朝日にきらめく無数の浮遊島にはいくつもの煌めく虹がかかっている。

その中の一つ、紫重領内の端、田舎とされる中規模の空島で虹光師の工房を営む少年が暮らしていた。


 少年の名前はキラ。キラは虹光師として、数年前に亡くなった父親から受け継いだ工房を、一人で切り盛りしている。

工房街の一角にあるキラの工房は、柔らかな朝の光に包まれていた。遠くから聞こえる早朝の商業カイトの駆動音、隣のパン屋から漂う焼きたてのパンの香りが、一日の始まりを告げている。人々はそれぞれの職場で働き始める。


 キラもまた、朝早くから工房で準備をしていた。空島の上空には絶えず、どこかに虹が出ている。その虹から、力の媒体となる光石を生成することが虹光師の仕事だ。虹の光を扱う仕事は、石の力を直接使うことができる虹術師や、光石を使った道具を作る細工師などがいる。虹光師と虹術師は、虹の光と親和性が高いくないとなることができないので、キラは父が亡くなった後も、生活に困ることはなかった。


「よし、今日も良い虹だ」


 キラは工房の横の車庫から、愛用の小型カイトを引き出した。翼を広げた白い鳥のような形をした小型のカイトは、キラの手によって調整され、いつでも飛び立てる状態になっていた。彼はカイトに跨り、埋め込まれた光石に力を注ぐ。カイトが重力に反するようにふわりと浮き上がり、工房の屋根から空へと舞い上がった。


 風を切り裂き、キラのカイトは上昇していく。眼下のキラの住む浮遊島がどんどん小さくなって、遠くには巨大な都市が光を放っていた。そして、キラが目指すのは、朝の清々しい光から生まれた、一際大きな七色の虹だ。


 カイトが虹に近づくにつれ、空気は光の粒子で満たされ、キラの肌を優しく撫でる。虹の鮮やかな色彩が、キラの全身を包み込み、まるで別世界に迷い込んだかのような感覚に陥る。彼はカイトの操縦桿を握りしめ、虹の中心へと向かっていった。

光の帯の中に入ると、キラは特殊な採取装置を起動させた。装置の先端から伸びる透明なパイプが、虹の光を吸い込んでいく。七色の光は、パイプの中を螺旋状に駆け上がり、カイト後部の貯蔵タンクへと吸い込まれていった。


 数十分後、貯蔵タンクが満たされると、キラはカイトの針路を変え、工房へと戻っていった。彼の顔には、質の良い光を収集できた満足感が浮かんでいた。持ち帰った虹の光は、工房で加工され、様々な光石へと姿を変え、空島の人々の生活を支える大切なエネルギーとなるのだ。


 彼の工房は、他の虹光師の工房とはちょっと違っていた。通常の虹光師が特定の色の光石の生成に特化するのに対し、キラは全ての色の光石を扱い、またあらゆる機械の修理を請け負っていた。


 なぜ虹光師であるキラが、細工師のような仕事まで請け負っているかと言うと。「虹光師」という枠だけに縛られたくなかったからだ。それに、父が遺したある研究を完成させるために、必要なことだった。

この島では「常識外れ」とされる彼の働き方は、周囲からは奇異の目で見られた。陰口や嫌がらせを受けることもあったが、キラの生成する光石は質が高く、仕事も丁寧なため、困ったことにはならなかった。


「ガジェットさん、きましたよー」


 昼下がり、キラは虹光師・ガジェットの工房から依頼され手伝いに訪れた。

工房の扉を開けると、目に飛び込んできたのは、まるで魔法が満ちたような光景だ。紫色の光石を動力にした浮遊する工具が宙を静かに漂い、作業台の上では赤い光石が組み込まれた溶鉱炉が微かに熱を放っていた。天井から吊り下げられた、まるで星空を閉じ込めたような星の地図が、淡い光を灯している。


 ガジェットは、キラの亡き父の古くからの友人で、キラを一人前の虹光師にしてくれた師匠だった。彼に師事できたことは、あらゆる光の技術を学びたいキラにとって、この上ない幸運だ。

工房には、紫重領の住民だけでなく、遠い島の虹光師や細工師も彼の技術を求めて集まっていた。だからこそ、重力を操る紫の光石だけでなく、あらゆる色の光石や細工師の仕事を学ぶことができた。


「あぁ、キラ。よく来てくれた。早速で悪いが青の光石を5つほど頼む。」


作業台の向こうからガジェットが顔を出した。


「わかりました。依頼主は誰なんですか?」


キラは慣れた手つきでキラは作業の準備をしながら、訪ねる。


ガジェットは少し気まずそうに、答えた。


「依頼主は老師だ。青色の光石を生成できる虹光師が、別の仕事で手が回らなくてな…お前には悪いが。」


「いいですよ、何か言われたら、お願いします。」


「すまんな。」


 キラは工房の奥にある、巨大なガラス管へと目を向けた。管は7つありその中には、虹の光が色別に保管されている。この光こそが、空島の人々が生活に必要とする様々な光石の源だった。


 キラが青色のガラス管に手をかざすと、青色の光が彼の掌へと流れ込み、わずかに熱を帯びる。彼は、その熱を虹光師の力で凝縮させ、青の力を一つに集約していく。すると、手のひらの上で光が次第に固まり、やがて透き通った青い光石へと変化した。


 キラにとってはいつもの単純な作業だが、力の純度が高く、同じ質同じサイズで光石を生成するのは、熟練の技が必要だ。

この青い光石は、水を供給する装置を動かすための重要な動力源になる。キラは、その光石を丁寧に箱に入れて梱包した。


「ガジェットさん。終わりましたよ。」


 ガジェットに作業の完了を報告したところで、工房の扉が開いた。

開いた扉から入ってきたのは虹術師の老師だった。そう、今キラが作った光石の依頼主だ。彼は古風な装束に身を包み、鋭い目つきでキラに目をやる。


「以来の品はできているかね?」


「こんにちは、ご依頼の品はこちらに用意してあります。中身を確認しますか?」


キラが先ほど梱包した箱を老師に差し出した。

老師は箱を受け取り、厳しい目つきで、生成した青い光石を検品する。

彼は5つの光石を全て見終わって、納得したように箱を閉じて、口を開いた。


「キラ君、君の技術は素晴らしい。」


老師の言葉に、キラは控えめに頭を下げた。しかし、老師の言葉はそこで終わらなかった。


「だがな、全ての色の光石を扱うなど、無駄な労力だ。あれもこれもと手を広げて、結局何も成し遂げられない愚か者になってはならん。」


老師の厳しい言葉に、キラは苦笑いを浮かべて答えた。


「いえ、これも勉強ですから。」


隣で作業していたガジェットが、やおら顔を上げる。彼の背後には、彼が作ったらしい、虹光録画機が光を放っていた。


「老師、若者の探究心を無駄な労力などと仰るのはいけませんな。キラはキラのやり方で、光の可能性を広げようとしているのですよ。」


ガジェットが庇うように口を挟んだが、老師はフンと鼻を鳴らすだけだった。ガジェットはキラにだけ聞こえるような声で囁いた。


「いつもすまないな。だが、気にするな。老師は昔気質のお方だからな。」


ガジェットの言葉に頷きながらも、キラの心の中では、

(空島の人のほとんどは、老師と同じ考えだ。もっとたくさんの可能性があること、を考えもしない。何か新しいことをやろうとすると、すぐに白い目で見られる。)


老師の検品を終えた青い光石を包みながら、キラは小さくため息をついた。


(みんなどうして、もっと自由に考えないんだろう。空島では色の特性の仕事に縛られたり、それによって色の決まった島に縛られたり…。それに人がどんどん増えているのに、ここ以外に世界がないなんて、おかしいよ。それを誰もが普通のことと疑わず、新しいことを試さない。)


空島という限られた世界で満足し、それ以外の可能性を否定する。そんな人々に、キラは『息苦しさ』を感じ、誰にも相談できないその感情を、胸の奥に閉じ込めていた。

老師が去った後、ガジェットは修理中の古い通信機を撫でながら、静かにキラに問いかけた。


「キラ。お前はまだ、父親の夢を追いかけているのか?そろそろ地に足をつけて落ち着いてもいいんじゃないか?」


ガジェットの言葉に、キラは一瞬、目を伏せた。だが、すぐに顔を上げ、彼の瞳には確固たる光が宿っていた。


「僕は夢を。諦めるつもりはありません。」


キラはそれ以上のことは語らなかった。

キラの言葉に、ガジェットは何も言わず、ただ静かに頷いた。彼の顔には、複雑な感情が入り混じっていた。心配、理解、そして微かな希望。


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