家族の犠牲はもうたくさん!~搾取されし男爵令嬢は夜に駆ける~
ドアマットヒロインを書いてみたかったので、書いてみました。
男爵家の次女、アシュリー・ランドは、幼い頃から長女アマンダ・ランドの影に隠れて生きてきた。
アマンダは黄金の巻き髪に、宝石のように輝く青い瞳。
社交界では「黄金の妖精」ともてはやされ、両親も彼女を溺愛していた。
しかし一方で、ランド家は非常に貧乏だった。
貴族の体面を保つために借金を重ね、裕福なふりを装っていただけだった。
そしてそのしわ寄せは、すべてアシュリーに押し付けられていた。
「アシュリー、早く朝食を用意しなさい。アマンダが待っているでしょう?」
「はい、お母様」
アシュリーの容姿は、灰色の髪に、透き通るような青い瞳。
本来ならば美しいはずの顔は、長年の搾取によってやつれ、骨ばった頬と痩せた体がその生活を物語っていた。
汚れた衣服をまとい、手には洗濯や裁縫の針でできた無数の傷が刻まれていた。
両親はアシュリーをメイドのように扱い、彼女の労働を当然のものとしていた。
男爵家には、メイドや執事を雇うお金すら残っていなかったからだ。
そんな両親は、当然のように言う。
「おまえは家族の一員なのだから、ランド家のために働くのは当然だと思わないか?」
「そうよ。家族を支えるのがあなたの役目でしょう?」
そう言われると、断ることは出来なかった。
いや、許されなかった。
アマンダの学園の勉強は、すべてアシュリーがこなしていた。
課題も、論文も、試験対策すらも、その他、アマンダの面倒事は、すべてアシュリーの問題事として押し付けられていた。
「アシュリー、今度の課題も頼むわね」
「はい、お姉様」
アシュリーは学園に通うことすら許されなかった。
貧乏なランド家である。
当然、アシュリーにかかる学費など払えるわけもない。
しかし、アシュリーは学ぶことを諦めたわけではなかった。
アマンダの課題をこなしながら、アシュリーは独学で膨大な知識を身につけていた。
けれども、かなしいかな。
どれだけ家族のために尽くしても、家族の愛情がアシュリーに向けられることはなかった。
***
ある日、アシュリーは買い物のために街へ出た。
男爵家の台所にはろくな食材がなく、両親から、
「買い物すらろくに出来ないのか!」
と、責められた。
わずかなお金を握りしめ、市場で値切りながら必要なものを買い揃える。
その帰り道、ならず者の男たちに絡まれた。
「お嬢ちゃん、ちょっとその財布を見せてくれよ」
「お断りします」
強引に手を伸ばされそうになったその時、一人の男性が間に割って入った。
「悪いことは言わない。彼女に手を出すな」
男性は素早く動き、ならず者を追い払った。
「大丈夫か?」
「……ありがとうございます」
男性は町人のような簡素な服を着ていたが、その仕草にはどこか洗練された気品があった。
「家はどこだ?送るよ」
「いいえ、大丈夫ですから」
押し問答の末、アシュリーは根負けし、男爵家まで送ってもらうことになった。
男性は、アシュリーのことを男爵家のメイドだと思っていた。
しかし、男爵家に到着すると、ちょうど学園から帰宅したばかりのアマンダと鉢合わせた。
アマンダは男性をじろじろと見て、どこかで見たことがあるような気がしつつも、男性の小汚い身なりに不潔だと露骨に嫌な顔をする。
「アシュリー!何を考えているの!?こんな薄汚い男を連れ込もうだなんて、みっともない!」
「お姉様!」
(お姉様だって?)
男はひどく驚いた。
「気安くお姉様だなんて呼ぶんじゃないわよ!」
アマンダはアシュリーの頬をひっぱたき、彼女の腕を強く引き、男を睨みつけた。
その様子に男は目を細める。
アマンダは苛立ったように舌打ちし、アシュリーを強引に家の中へと引き入れた。
男はその様子をしばらく黙って見つめていたが、やがて小さくため息をつき、その場から去っていった。
それからしばらくして事件が起きた。
アマンダが、婚約者のいる侯爵家の令息、ウィリアム・ノッドに色仕掛けで近づいたのだ。
ウィリアムの容姿端麗さも好みだったが、貧乏を抜け出すためにも、侯爵家という箔が欲しかったからだ。
アマンダは、柔らかな声で囁きながら、彼の手にそっと触れる。
「いつも一人で寂しかったからでしょうか。ウィリアム様にお会いできて、私、どうすればよろしいのでしょう?」
甘い香りを漂わせながら、アマンダはしなやかに彼へと身を寄せる。
その美貌と巧みな話術に、ウィリアムは次第に理性を失っていった。
ウィリアムの婚約者、伯爵令嬢キャサリン・ウィローをはじめ、学園の同級生たちは、ウィリアムとアマンダに再三再四忠告したが、二人は聞き入れなかった。
「ウィル、ご自覚がおありですか?」
キャサリンは、冷静ながらも毅然とした口調で婚約者を見据えた。
「私と婚約している身でありながら、他の令嬢と過度に親しくするのは如何なものかと存じますわ」
「そうですわ、ウィリアム様!」
周囲の貴族学生たちも口を揃える。
しかし、ウィリアムは肩をすくめ、どこか気楽な様子で笑ってみせた。
「そんなに目くじらを立てないでくれよ、キャシー」
ひらひらと手を振りながら、軽い調子で言う。
「アマンダ嬢とは、ただ話をしていただけさ。いつも一人で困っているご様子だったからね、放っておくのもどうかと思ったんだ」
「まあ、なんとお優しいこと!」
アマンダは頬に手を添え、伏し目がちにため息を漏らす。
「ですが……私は辛うございますの」
「キャシー」
キャサリンの切実な表情に、ウィリアムの表情が少しだけ曇る。
その時、
「ウィリアム様!」
アマンダは一歩前へと進み、彼を真っ直ぐに見つめた。
「私もこのように皆さまから責め立てられて、とても辛うございますわ!」
そうしてウィリアムの腕に絡みつき、豊満な胸を押し付けると、ウィリアムの理性は飛んだ。
こうして、どれほど忠告しようとも、結局ウィリアムとアマンダは耳を貸そうとはしなかった。
そして、卒業パーティーの夜、ついに最悪の事態が訪れた。
アシュリーが徹夜で縫い上げた豪華なドレスに身を包んだアマンダは、堂々とウィリアムの腕を取った。
そしてウィリアムは、キャサリンに宣言した。
「キャサリン・ウィロー。君との婚約を破棄する。僕は真実の愛を見つけた!」
しかし──
「承知いたしましたわ。しかし、婚約破棄の慰謝料として、相応の金額を支払っていただきます」
ウィロー伯爵家が男爵家に突きつけたのは、途方もない額の賠償金だった。
貧乏な男爵家に、そんな金を払えるはずがない。
「当然、お支払いいただけますな?」
アマンダは動揺し、両親も顔を真っ青にしていた。
しかし、どれだけ抗議しようとも、ウィロー伯爵家は容赦しなかった。
ウィリアムに払わせようとしたが、当然ながらウィリアムの実家である侯爵家にも、伯爵家から多額の賠償金が請求されていた。
最終的に侯爵家は、ウィリアムを廃嫡することで、その支払いを免除されるという形で決着がついた。
男爵家は絶体絶命だった。
「アシュリー、どうにかならないか? お前なら何とかなるだろう?」
「そうよ、家族を支えるのがあなたの役目でしょう?」
両親の言葉に、アシュリーは限界を迎えた。
「……もう無理です」
「そこを、家族のためになんとかするのが、おまえのつとめだろうが!!」
父親に頬を打たれたアシュリーは、ついに家を出る決意を固めた。
その夜、家族が寝静まった後、彼女は数少ない荷物をまとめ、玄関へと向かった。
扉に手をかけ、歩きだしたその瞬間、
「やっと決心したか」
静かな声が背後から響いた。
振り返ると、そこには以前アシュリーを助けてくれた男性が立っていた。
月明かりに照らされた彼は、豪華な貴族の服をまとい、静かに佇んでいた。
「あなたは……」
「さあ、行こう」
男はアシュリーの手を取り、待たせていた豪奢な馬車へと導いた。
「どうして?」
「君には、君の人生がある。もう無駄にする必要はないだろう?」
その言葉に、アシュリーの目から熱い涙がこぼれ落ちた。
馬車は静かに夜の街を駆け抜け、彼女を新たな未来へと運んでいった。
——今度こそ、私は自由になる。