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2-4.とんでもない提案②

そんな疑問を考えていると、突然泰然が動いた。それは一瞬のこと。

気づいた時には泰然は抜刀しており、由羅の首に狙いを定めて剣を突きつけようとした。

由羅は避けることもできず、息を呑んでしまう。


「っ!」


刃は真っ直ぐに進み、由羅の首に突き刺さる。そして吹き出した血が壁に飛び散る……はずだった。

だが閃光が発せられたと同時に、泰然の手から剣が弾き飛ばされていた。

カランという剣が落ちる音が室内に響いた。


「な……?!」


泰然は目を見開き驚きの声を上げたが、紫釉は薄く笑いながらその光景を見ていた。


「泰然、これで納得できたかな?」

「霊獣の加護、か。初めて見たぜ。それで、刺客に襲われても平気ってことか。確かにこいつの守りの力は使えるな」


泰然が頷くと、再び紫釉は説明を続けた。


「そして3つ目の理由。由羅を妃に立てて紅蘆派をあぶり出す」

「?」


凌空と泰然はその言葉の意味を理解しているようだが、由羅は分からず首を傾げた。


「俺が突然妃を迎え入れれば、おのずと紅蘆派が動くだろう。不審な動きを見せる者や、異を唱える者。裏で紅蘆派として動いている者を一網打尽にして紅蘆派の力を削ぐ。上手くいけば紅蘆を潰せるかもしれない」


なかなか壮大な話になってしまい由羅の理解を超えている。

なんとなくは理解できるものの、いまいちピンと来てはいない。

だが、凌空も泰然もその言葉に思う所があるようで、難しい顔のまま考え込んでいる。


「さて、これで納得してくれたかな?」


紫釉は由羅たち一人一人の顔を見ながら尋ねた。それに対し、最初に口を開いたのは凌空だった。

諦めの境地なのか、ため息と共に頷きながら言った。


「分かりました。確かに現状を打破するためには、こちらも一手を打つ必要がありますし」


(えっ!? そこ、納得しちゃうの!?」


「まぁ、俺もやってみるのは悪くねぇと思うぜ」


(ええっ!? 泰然様もいいの!?)


絶対反対してくれると思っていた2人が賛成してしまったことに衝撃を受け、由羅は思わず固まってしまった。

普通どこの馬の骨かも分からない女が妃になることに反対するのが家臣というものなのではないか?


「で、由羅は引き受けてくれる?」

「む、無理ですよ! 私に妃なんて務まりません!」


そう言ったあと、ふと由羅の目に、自分の右手にある赤い紋様が入った。


「それに、私は呪いでヴァルティアの元に強制送還されて、隷属させられてしまうので……」


そうなのだ。

いくら由羅が妃を引き受けると言っても、紫釉を殺せなかった由羅はヴァルティアに隷属することになる。


「ああ、それなら……」


紫釉はそう言って由羅に一歩近づき、腰をかがめた。

そして由羅の頤を持げると、顔を近づけたので、由羅の視界は紫釉の顔でいっぱいになった。

不意に紫釉が目を閉じる。


(わぁ、睫毛長い……というか近い!)


そう思った次の瞬間には由羅の唇に柔らかいものが押し当てられていた。


「!?」


それが紫釉の唇だと気づいたのは、触れ合った唇の柔らかさとその熱を感じてすぐの事だった。

それは一瞬だったのか。

はたまた数分にも及ぶ長いものだったのか。

由羅には判別がつかなかった。

ただ、息を呑み、心臓がドクンと鳴った時には、すでに紫釉の唇は離れていた。


「な、なに? え?」


突然の口づけに動揺する由羅を、紫釉は口もとを綻ばせながら笑った後で、由羅の右手の甲を指さした。

その指の先を見た由羅は目を瞠った。


「……紋様が消えてる」

「うん、呪いを解除したから」

「えっ? そんなこと……あり得るの!?」

「僕は皇帝だからね。霊獣――応龍の加護を受けているんだよ」


応龍とは、この世界を支配する霊獣の一つで、特別な加護を授ける存在だ。

霊獣には霊亀(れいき)麒麟(きりん)鳳凰(ほうおう)、そして応龍(おうりゅう)がいて、彼らの力によってこの世界が生まれ、そして存在しているとされている。

由羅も霊獣の加護は持っているが、皇帝が有する加護は由羅のそれとは比較にならないほど強い。まさに人知を超えた力と言えよう。


「だから私の防御の力が効かなかったんですね」


由羅の言葉に紫釉は笑顔を向けて肯定の意を示した。

先ほど紫釉と対峙した時、本来ならば発動する霊獣の守りの力が働かず、由羅は喉元に剣を突き付けられた。

何故なのかと疑問に思っていたが、由羅の聖獣の力より遙かに強い応龍の力が由羅の霊獣の力を無効化したと考えるのならば納得がいく。


「さて、これで呪いは解けた。由羅はもう自由だよ」

「あ、ありがとうございます」


方法はアレだがともかく由羅の呪いは解け、自由の身となったので、戸惑いながらも由羅は礼を言った。


「それで、妃になってくれる?」

「いや……、それは別問題というか。私に妃なんて絶対に務まりませんよ?」

「じゃあさ、『お飾り』ならいい?」


紫釉の提案の意味が理解できず、思わず首を傾げてしまう。


「由羅は何もしなくていいよ。ただ妃として過ごしてくれるだけでいい」

「えっと……」

「まさか情に厚い黒の狼が礼もしないなんてないよね」

「うっ……」


言い淀む由羅に、紫釉が更に畳みかけた。


「由羅の呪いを解いてあげたのになぁ……」


満面の笑みを浮かべる紫釉だったが有無を言わさぬような圧を感じる。

それに屈するわけではないが、確かに礼儀を重んじる黒の狼として礼はせねばならない。由羅はとうとう折れた。


「お飾りでいいんですよね?」

「あぁ。もちろん本当の妃でもいいけど、それだと引き受けてくれないでしょ?」

「まぁ、そうですね。あともうひとついいでしょうか?」

「なんだい?」

「期限はいつまでですか?」


たとえお飾り妃をすることになっても一生は無理だ。

そんなのはヴァルティアに隷属するのとなんら変わらない。


「そうだね……じゃあ怪死事件が解決するまでっていうのでどうだろう? 事件が解決すれば、俺は正式な妃を娶ることができるし、怪死事件の犯人を逮捕できれば裏にいる紅蘆の罪も明らかにできるからね」


ここまできたら紫釉を信じてもう腹を決めよう。

そう思った由羅は半分捨て鉢になりながら答えた。


「分かりました!お飾り妃、精いっぱい務めさせていただきます!」

「じゃあ、よろしくね」


こうして由羅は突然紫釉の《《お飾りの》》妃となることになった。


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