16-2.裁定の場②
だが、紫釉が楽雲に問うと、彼は取り繕ったような笑顔を貼りつけ、大仰に頷いた。
「あ、ああ思い出しました! 確かに外国の珍しい果物だとか。私一人で食べるのも勿体ないと思い、梓琳の友人に持って行くよう言いましたね」
楽雲がいけしゃあしゃあと言うのを由羅は腹立たしく思いながらその様子を見ていた。
(どの口が言うわけ?)
怒りでむかむかしている由羅に対し、紫釉は冷静に楽雲を尋問した。
「梓琳、お前が紅玉薬と葡萄柚を土産に持って行くように言われた時、誰に会いに行くか楽雲は知っていたか?」
「はい。紅玉薬を持って行く際には、誰に会うかを報告してから持って行くように命じられていましたから」
「楽雲、そうなのか?」
紫釉が問うと、楽雲は視線を逸らしたまま、苦々しい表情で答えた。
「はい。そうでございます……」
「つまり、そなたは特定の人物に紅玉薬と葡萄柚を持って行かせることができることになるな」
「そう……なりますね」
「この“特定の人物”は4人。楊 翠蓮、黎 霜月、姜 瑤琴、蘇 紫霞。いずれも妃候補だ。これは偶然とは思えない。なぜこの4人に紅玉薬と葡萄柚を持って行くように指示したのだ?」
事件の核心に迫る紫釉の追及に、楽雲はたどたどしく答えた。
眼球がせわしなく動いている様子から、楽雲が内心焦っている様子が伝わってくる。
「それは……主上にはより美しくなった女性を妃として迎えてほしいと思いまして、美肌に良いと聞いたこの2つを贈ったまでです」
「なるほど。だがその妃候補は全員死亡した」
「それは……病気だったと伺いましたが」
「そうだな。表向きは」
紫釉は薄く笑うと凌空に視線をやり、再び指示をした。
「凌空、例のものを」
「はい、かしこまりました」
「楽雲、喉が渇かないか?」
「え?」
突然話題が変わり、楽雲は話についていけないようで、気の抜けた声を漏らした。
そうして差し出されたのは果汁を絞った黄色の液体と、赤い硝子の小瓶に入った薬だった。
それを見た瞬間、楽雲の表情は戸惑いから、強張ったものへと変わった。
「一つは葡萄柚の絞り汁、もう一つは紅玉薬だ。両方ともそなたが梓琳に、妃候補の4名に持って行くよう指示したものだ。さぁ、この二つを飲んでみるといい」
「そ……それは」
「どうした、飲めぬか?」
紫釉は畳みかけるようにそう言って飲むように促すが、楽雲は口を引き結んだまま、微動だにしない。いや、動けなかったのだ。
「この二つを一緒に口にすると死ぬと知っているから飲めぬか?」
「!」
楽雲の顔は蒼白になり、息を呑んだ後、絶句した。
紫釉は背筋が凍るような冷徹な瞳で、口元に薄く笑いを浮かべながら楽雲を見下ろしていた。
「彼女たちは、死亡前にこの2つを摂取していた。一つは紅玉薬。もう一つはこの葡萄柚だ。先ほどの証言から、お前は葡萄柚と紅玉薬を渡せる人間を特定できた。つまり妃候補4人を狙って殺すことが可能だった。……お前が梓琳に指示してこの2つを渡し、妃候補たちを殺したのではないか?」
「そんな滅相もない! 偶然です。現に私も葡萄柚を食べたことがあります。梓琳は紅玉薬を飲んでいる。それぞれを口にしても問題がない代物ですよ。2つを口にして死ぬなど誰が思いましょうか?」
「では何故この2つを飲まないのだ?」
「それは……」
「お前はこの2つを一緒に口にすると死ぬと知っている。だからお前は今この二つを飲めないのではないか」
核心を突いた紫釉の鋭い言葉に、楽雲に逃げ道がないことが誰の目にも明らかだった。
追い詰められた楽雲は突然地面を叩きながら、大声をあげて叫んだ。
「ああああああ!」
「魯楽雲。翡翠妃暗殺未遂および妃候補怪死事件の犯人として、むち打ち刑に加え、四肢切断の後、極刑に処す。また、魯家の財産は没収とする」
全てが終わった。
真実が明らかになり、犯人である楽雲は報いを受けることになった。
(これで、樹璃様も……そして遺族の方々の気持ちも楽になるといいけど……)
由羅はそう願わずにいられなかった。
だが、量刑を聞いた楽雲の顔は見る見るうちに青ざめ、ぶるぶると震え出した。
「くそおおおお! あのじじい、絶対バレないなんて言いやがって! ……そうだよ、私は悪くない……全てあいつが悪いんだ。私は騙されただけだ……ははは、そうだよ悪いのは全部あいつだ」
「どういうことだ?」
突然叫び出した楽雲の発した言葉に、紫釉も、そしてその後ろで話を聞いていた由羅も怪訝な表情となった。
「私は……騙されただけです! 妃候補の元に葡萄柚と紅玉薬を持って行けと言われたんですよ!」
「言われた? 誰に言われたのだ?」
「名前は知りません。ただ、この二つを食べさせれば殺せると……! 葡萄柚と紅玉薬を扱う商人を紹介するから、そいつから買えと。話は付けておくと言って、ジャタイという商人を紹介してくれました」
それは楽雲に合食禁を使った殺人を指示した人物がいることを示唆する。
「でもそいつに会ったのだな。どのような人物だ? なにか特徴があったか?」
「顔は見ていません。会う時には紗の窓幕越しに話すだけでしたから」
「男か? 女か? 年齢は?」
「かなり年を取った男でした。一度だけ後ろ姿を見たことがありますが、白髪で、歩き方が少しぎこちなかったのを覚えています」
その言葉を聞いた由羅の頭の中に、一人の人物が思い浮かんだ。
(まさか……)
動揺する由羅の思考を楽雲の叫びが断ち切った。
「陛下、お願いです! 極刑だけはお許しください!」
「泰然、連れていけ」
「御意」
泰然は礼をした後、楽雲を乱暴に立たせて裁定場の出口へと向かった。
「死にたくない……死にたくない!」
楽雲はそう叫びながら、引きずられて裁定場から姿を消したが、彼の命乞いの声だけがいつまでも遠くから響いていた。
それを打ち消すように、紫釉は威厳のある声で宣言する。
「今日の裁定はこれまでとする」
こうして裁定は終わりを迎えた。真犯人の存在を示唆して……。




