第1巻 第7章: 別れはつらい、たとえ相手がクマでも...[Goodbyes are hard, even to bears...]
朝日がゆっくりと森に差し込み、木々の間から暖かな光が降り注いでいた。昨日の夜の混乱もようやく落ち着き、俺たちはこの奇妙なキャンプ旅行を締めくくるために、みんなそれぞれの準備に忙しくしていた。まあ、ボブを除いてだが。ボブは相変わらず仰向けになって、森の野生動物を追い払うかのように大きないびきをかいていた。まさにボブらしい。
クルミとソラは帰る準備をしていて、俺とヒヨリは彼らと一緒に京都に戻ることにした。もちろん、ソセキは森に残ることに決まっていた。森は彼の家であり、彼はこの静かな楽園を離れるくらいなら、また一匹の悪魔と戦う方を選ぶだろう。フクハラは山にある自分の家に戻り、滝の下で座禅でも組んで、山男らしい何かをするつもりだろう。コヤス、あの幽霊酒飲みは、俺たちと一緒に京都に戻ることにした。彼はホームレスになる気はないようだが、彼の飲酒癖は住む場所を選ばせてくれなかった。まあ、一人で暮らすにはあまりにもだらしない。
クルミは巨大すぎるテントを、半分の大きさの袋に詰めようと苦戦していた。解いたら膨らむのが常なのだ、と彼女はぶつぶつ言っていた。ソラは少し離れたところに立って、俺たちを好奇心と不安が入り混じったような目で見つめていた。
「準備できた?」とヒヨリが尋ね、彼女の尾が背中で揺れながら、バッグを調整していた。
クルミは笑顔で「うん!この『村』を見るのが楽しみだわ。京都って言ったかしら?」と答えた。
俺は咳払いをし、笑いを抑えた。「そう、京都だ。まあ、村っていうより、少し大きいけど、気に入るはずだよ。」
「大きくても小さくても、きっと素敵なところね!」と、クルミはまったく気にしていない様子だった。
ソラは彼女を見てから俺に視線を戻し、少し目を細めた。「お前、彼女をからかってるだろ?」
「俺が?」と俺は無邪気な顔を作った。「そんなこと、するわけないだろ。」
一方、フクハラはさっさと別れの挨拶を済ませていた。「気をつけてな」と彼は言いながら、肩に剣を担いでいた。「次は、俺抜きで悪魔を召喚しないようにしろよ。」
「約束はできないな」と俺はにやりと笑いながら答えた。
ソセキは木のそばに立ち、いつもの無表情で小さく頷いた。「無事に帰れよ。次は俺をイタズラに巻き込むなよ。」
「そんなこと考えるわけないだろ」と俺は冗談めかして敬礼をした。
だが、俺がまだ心の整理がついていない最後の別れが残っていた。俺はボブ、俺たちの頼れる太っちょクマが、相変わらず地面に転がり、すべてに無関心な様子を見ていた。俺は深く息を吸い、胸が締め付けられるような感覚を覚えながら彼の元へと歩み寄った。
「おい、ボブ」と俺は静かに声をかけ、彼のそばに膝をついた。彼は片目をゆっくりと開け、その巨大な体を少し動かした。「あのさ…これでしばらくお別れだな。」
みんなが沈黙し、俺がボブのそばに座るのを見守っていた。思った以上にこれはつらかった。俺は手を伸ばして、彼の頭を撫でた。粗い毛の感触が手のひらに伝わってくる。
「いろんなことがあったよな、ボブ」と俺は、声が少し震えながら話し始めた。「影のモンスターと戦ったり、お前が俺の食料を半分以上食っちまったり…お前はいつも、そこにいてくれたな。お前がやるべきことを、ただやってるだけだったけどさ。」
ボブは小さく唸り、半分開いた茶色の目で俺を見つめていた。喉の奥に塊ができるのを感じ、飲み込もうとしたがうまくいかなかった。
「お前はただのクマじゃないんだ、ボブ」と俺は続けた。声が少し震えた。「お前は…お前は家族だ。この狂気の中で、ただ一つの確かな存在だった。何が起ころうと、どんなに状況が悪くなっても、お前はいつもそこにいた。お前にはいつも頼れたんだ。」
涙があふれてきて、視界がぼやけた。「お前がいなくなるのは、すごく寂しいよ、お前のことが大好きだ、ボブ。キャンプファイヤーを倒しても、いつもまるで俺のせいだって顔をするお前がいなくなったら、どうすればいいんだ?」
涙が頬を伝って流れ、拭う気にもならなかった。「この森でなら、お前はきっと大丈夫だよな。ここがお前の家だし。だけど、ボブ…お前がいないと、ここは本当に空っぽになるんだ。」
ボブは少し頭を上げ、鼻をひくつかせて空気を嗅いだかと思うと、めったに見せない仕草を見せた。彼は頭を俺の肩に軽く押し付け、低い、まるでゴロゴロと喉を鳴らすような音を立てた。その瞬間、俺は完全に泣き崩れ、彼の巨大な首に腕を回して抱きしめ、顔を毛皮に埋めた。
「勘違いするなよ…でも、お前が大好きだ、ボブ」と俺は涙混じりにささやいた。「お前がいなくなるなんて、信じられないよ。」
森は一瞬息を潜めたようだった。聞こえるのは、風に揺れる葉の音と、遠くで鳴く鳥たちの声だけだった。そしてゆっくりと、ボブは頭を下げて目を閉じ、また眠りについた。まったく、ボブらしいやつだ。
俺は立ち上がり、目をこすって涙を拭った。「さあ、さっさと出発しよう。ここにずっといたら、俺も森の隠遁者になりそうだ。」
ヒヨリは小さな笑みを浮かべた。「よくやったよ、Y/N。」
コヤスがふわりと浮かびながら近づいてきた。いつもの皮肉な笑みは薄れ、柔らかな表情になっていた。「クマ相手に感情的になるお前なんて、想像できなかったな。」
俺は弱々しく笑い、まだ涙を拭いながら答えた。「ボブは特別なんだよ。みんなだってわかってるだろ?」
クルミは手を叩きながら、「本当に感動的だったわ!クマにそんなに泣く人なんて見たことなかった!」と感嘆の声を上げた。
「まあ、これ以上恥をかく前に行こうぜ」と俺は深呼吸して気持ちを整えた。
俺たちは小道を進み、森を後にした。ソセキはいつものように木のそばに立ち、軽く頷いて見送っていた。フクハラは既に山の陰に消えていた。まるで幽霊のように俺たちは小道を進み、森を後にした。ソセキはいつものように木のそばに立ち、軽く頷いて見送っていた。フクハラは既に山の陰に消えていた。まるで幽霊のように、彼の存在感は薄れていく。そして、ボブは…森の静かな守護者として、そこに残った。
京都へ戻る道中は思ったより静かだった。朝日が完全に昇り、世界を黄金色に染めていた。クルミは、まるで子供のように、京都で見たいものややりたいことを次々と話し、彼女の無邪気な興奮が伝染しそうだった。それに対して、ソラはどんどん疲れた表情を浮かべていた。
「それで、Y/N、京都では何をしているの?」クルミが俺に向かって尋ねた。「君みたいな人なら、きっと何か面白いことをしてるに違いないわ。」
「まぁ、流れに身を任せてるだけさ」と俺は軽く肩をすくめて答えた。
クルミは笑いながら、「あなたって面白いわね。そういうとこ、好きよ」と言った。
ソラがため息をつきながら、「お母さん、出会う男全員にそんなふうにするの、やめてくれない?」とぼやいた。
「おい、ソラ」と俺は彼の髪をくしゃっと撫でた。「クレイジーでいる方が、つまらない奴になるよりマシだろ?」
彼は手で俺を払いのけたが、その口元には微かな笑みが見えた。「まぁ、そうかもね。」
その後の道中は、笑い声と、クルミが次々と口にする好奇心いっぱいの質問で賑やかに過ぎていった。ソラも徐々にリラックスしてきたようで、冗談を言ったり、少しずつ打ち解けていった。
京都の手前に着いた頃、日はすっかり傾き、空が美しいピンク色とオレンジ色に染まっていた。
「わぁ…」とクルミが息を呑んだ。広がる京都の景色を前に、彼女の目は輝いていた。屋根が並び、寺院や賑やかな通りが見渡せるこの街は、夕日を浴びて黄金色に輝いていた。「これが…京都なの?」彼女は驚きの声を上げた。
俺は笑いながら頷いた。「そうさ、これが『村』の京都だ。」
クルミは驚いたように俺を見つめ、「想像してたよりずっと大きいわ!田んぼと神社がいくつかあるだけの、静かなところだと思ってたのに。」と言った。
「まあ、それも間違ってないけどね」と俺はにやりと笑い、「米もたくさんあるし、数え切れないほどの神社もある。けど、それだけじゃないんだ」と続けた。
コヤスは、わざとらしく一つ目を開けて、「京都は街だよ、クルミ。人が多くて、音も多い。あと飲み屋もいっぱいな」と、いつもの調子で答えた。
クルミは明るく笑い、「それは楽しみだわ!早く探検したい!」と言った。
しかし、ソラは全然喜んでいないようで、「静かなところに行くはずだったのに…これ、まるで悪夢だ」とボソッと言った。
俺は彼の背中を軽く叩いた。「心配するなって、坊主。俺たちと一緒なら、面白い場所を全部見せてやるよ。ついでに、怖い場所もな、楽しみだろ?」
「ありがたくねぇよ」と彼はバッグをしっかり握り締めながら答えたが、どこか楽しそうだった。
馬車が石畳の通りをゴトゴトと進む中、ヒヨリの耳がピクリと動き、彼女の尾が興奮して揺れた。「久しぶりにこの街に戻ってきたね。」
「そうだな、5日ぶりか…」と俺は、賑やかな京都の街を見回した。商人たちが値段を叫び、子供たちは駆け回り、路上パフォーマーたちが火のついた松明を見事に操っていた。新しい冒険が始まったとはいえ、家に帰ってきたような気がした。
馬車は、静かな街角にある小さな宿屋の前で止まった。俺たちは馬車から降りて、足を伸ばした。クルミはまだ興奮した様子で周りを見回していた。
「さて、どこから回ろうか?」とクルミは問いかけた。
「まずは、君たちの宿を決めよう」とヒヨリが提案し、宿屋の方を指し示した。「ここに落ち着いてから、街を案内するよ。」
クルミは大きく頷き、「それがいいわね。ありがとう、ヒヨリ!」と感謝した。
俺たちは宿屋に入り、少し陰気な顔をした年配の宿主に挨拶された。「部屋か?」
「2部屋だ」と俺はクルミとソラを指しながら言った。「彼らのためのだ。俺たちはただの通りすがりさ。」
宿主は俺たちをじろじろと見たが、黙って2つの鍵を渡してくれた。クルミはにっこりと笑顔でそれを受け取り、「ありがとうございます!」とお礼を言った。
ソラは彼女の方に顔を寄せ、「お母さん、こういう場所ではもっと用心した方がいいよ」と、小声で警告した。
クルミは笑いながら、「あら、ソラ。みんな親切そうじゃない」と彼を軽くたしなめた。
俺はクスクス笑いながら、「彼女が本当にわかっていたらな」とヒヨリにささやき、彼女は肘で俺を軽く突いた。
クルミとソラが部屋に落ち着いたところで、俺たちは少し町を案内することにした。ヒヨリと俺が先導し、メインストリートや賑やかな市場、そして観光客が見逃しがちな隠れたスポットを案内した。
街を歩いていると、ソラが少し後ろに下がり、混雑した人混みと騒音に圧倒されたように見えた。「おい、ソラ」と俺は彼の横に寄り添いながら声をかけた。「大丈夫か?」
彼は肩をすくめ、顔には不安と好奇心が混ざったような表情を浮かべていた。「わかんない。ちょっと…多すぎて。」
「わかるよ」と俺はうなずきながら答えた。「慣れるまで時間がかかるかもな。でも、ここには面白いものがたくさんあるんだぜ。ちょっとしたコツがいるけどな。」
彼は疑いの目で俺を見上げた。「どんなの?」
俺はにやりと笑った。「例えば、この先にある古い本屋だ。オーナーはちょっと気難しいけど、超自然的なものに関する本が山ほどある。陰謀論、幽霊話、古代の呪い、なんでもだ。お前が好きそうだろ?」
彼の目が輝き、ほんの一瞬、興味が湧いたように見えた。「本当?行ける?」
「もちろんだ」と俺は彼を先導し、横道に入った。「さあ、行こう。」
クルミとヒヨリは先を歩きながら楽しそうに話し続け、クルミは新しい光景に驚きを隠せない様子だった。コヤスは、案の定、酒屋の屋台を通り過ぎた瞬間に姿を消していた。彼はもう二杯目に手を付けているに違いない。
古びた本屋に到着すると、俺は重い木のドアを押し開け、入ると小ささなベルがちりんと音を立てた。店内は薄暗く、床から天井まで古い埃っぽい本がぎっしりと並んでいた。紙とインクの匂いが漂い、どこかかび臭い感じもする。
カウンターの奥に、厚い眼鏡をかけた気難しそうな老人が座っていた。彼は俺たちを見ると眉をひそめて、「またお前か」と不機嫌そうに言った。「前にも言っただろ、知らない奴を連れてくるなって。」
「おいおい、田中のじいさん」と俺は笑いながら答えた。「俺がいないと退屈だろ?」
彼は鼻を鳴らして、「退屈は歓迎するよ」と答えた。
俺はソラを指さして、「この坊主、あんたの変な本に興味があるんだってさ。彼に何か面白いものを見せてやってくれ」と言った。
田中はソラをじろじろと見てから、ため息をついて「まあ、壊さないなら見せてやる」と渋々承諾した。
俺はソラにウィンクして、「ほら、言っただろ?面白い場所だって」と笑った。
ソラは頷き、すでに本棚に近づいて超自然や古代の神話についての本を手に取っていた。彼はここでは少し安心しているように見えた。静かな書棚に囲まれていると、彼の真面目な表情が少し柔らいだように感じた。俺は彼を残して店の外へ出て、外で待っていたヒヨリとクルミの元に戻った。
「ソラ、気に入った?」とヒヨリが、耳をピクリと動かしながら聞いた。
「うん、あの子、こういうのが好きなんだ」と俺は壁に寄りかかりながら答えた。「あの子には自分の居場所が必要なんだよ。」
クルミは温かい笑みを浮かべ、「ありがとう、Y/N。彼にこういう側面を見せてくれて。ソラはいつも真面目で…それが彼の個性なんだけど、時々肩の力を抜いてほしいと思うのよ」と感謝の言葉を述べた。
俺は肩をすくめ、笑顔を返した。「あいつ、いい奴だよ。ただちょっと自分のやり方を見つければいいだけさ。」
俺たちはその後も京都の街を巡りながら、クルミとソラに観光名所や隠れた名店、美味しい屋台の数々を案内した。クルミはまるで飴屋に入った子供のように、見るものすべてに驚きと感動を示し、その無邪気な興奮が伝わってくる。ソラも次第にリラックスし、少しずつ真剣な表情が柔らかくなっていった。
日が沈み、街が提灯の明かりで輝き始める頃、俺たちは宿屋に戻った。夕食を囲みながら、みんなで笑い合い、これまでの冒険や新しい仲間たちの話に花を咲かせた。
コヤスは酔っ払いながら椅子に座り込み、酒杯を持ち上げた。「新しい仲間に、古い習慣に、そしてこれから待ち受けるなんだかわからん何かに乾杯だ。」
クルミは笑いながら茶の杯を持ち上げ、「それに乾杯!」と同調した。
ソラもついに微笑みながら水の杯を持ち上げ、「…乾杯」と静かに言った。
ヒヨリと俺は互いに目を合わせ、何とも言えない温かさが胸に広がった。ボブとの感情的な別れの余韻もあったかもしれないが、それ以上に、この瞬間、俺たちは新しい冒険を見つけ、新しい仲間と出会い、そしてもしかしたら、新しい「家」すら見つけたんだと感じた。
俺は杯を持ち上げ、広い笑顔で言った。「さあ、みんな、明日何が起こるかわからないけど、とにかく楽しもうぜ!」