表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

児童販売機

作者: gjmptw

「家まで直線距離で3キロ、歩いて2時間弱ってところか…」

スマホで現在地を確認しながら、僕はげんなりしていた。


先日行った健康診断。健康のために何か運動をしていますか?という問いに、近々始めようと思っている、と見栄を張った事に罪の意識が芽生え、とりあえず休日に散歩をすることにしたのだが。

雲一つない澄み切った空、久方ぶりに感じる心地良い疲労感、そしてなにより今自分は確実にプラスな行為をしているという感覚にテンションが上がってしまい、時間にして3時間以上も当て所なく歩き続けてしまったのだ。


「歩いているだけで休みが終わる…くそっ足が痛い」

我ながら独り言の多いことだと思いつつ、家にたどり着けるであろう道を、棒になりかけている足で歩いた。


家の方向に歩き始めてから20分ほど経っただろうか。道路は一応コンクリートで舗装されているものの、右も左も背の高い木に囲まれた林の中を歩いていた。

すると左手に少し開けた空間と小さな小屋が見える。小さな小屋というのは正しい日本語なのだろうかと頭を掠めたが、そんなことはどうでもよくなる光景が目に飛び込んできた。


「児童販売機」


小屋の上部に取り付けられた看板にでかでかとそう書かれていたのだ。小屋に扉はなく、入口らしきところには黒い厚手のカーテンが施されているだけだった。


「なんてインモラルな字面なんだ」

ぼそりとつぶやきながらこの建物は今では絶滅危惧種の、いわゆる大人の自動販売機店舗なのだと理解した。中学生の頃、友人と一緒にコソコソとそういった雑誌やDVDを買いに利用したことを思い出す。それを同級生にチクられ、学校で結構な問題になったことがあった。今思えば色々と緩い時代だったものだ。今とどちらが良いかなどは言うつもりはないが。


それにしても児童ポルノの取締りが前以上に厳しくなった昨今、こんな建物の存在が許されるのだろうか?

たしかにこの道は人通りはない。実際、ここに至るまでに人も車の1台も現れなかった。とはいえこいつの存在をそれなりのところに通報すれば、早晩取り壊されるであろう事は想像に難くない。そんな事をするつもりはないが。


「そもそも営業してるのかこれ?」

周辺をキョロキョロと伺った後に入口のカーテンに手をかける。別にこういった施設を利用する事を咎められる年齢ではないのだが、まあ様式美というやつだ。


中は想像していた通り、薄暗い。想像と違っていたのは、自動販売機らしきものが1台しかなかった事。そしてその外見もまた想像とは大きく異なっていた。

大人の自動販売機もそうでないものと同様、大抵の場合は中の商品を窓枠から見れるようになっている。

しかし目の前にあるものは、例えるならでかい冷蔵庫の様な見た目をしており、紙幣の投入口と扉の把手があるのみであった。そして投入口の上に小さく書かれた文言に僕は眼を奪われた。


「児童1人…10万円?」

高い。いや、本当に子供が出てくるのであれば安いというか、そんなことを考えさせる時点で倫理観がぶっ壊れている。人ひとりに値段を付けて売買をしていた時代も、人間の長い歴史の中にはたしかに存在する。しかしここは現代日本。そんな行為は認められるはずも、許されるはずもない。

この自分よりも少し背の高い箱の中に、いったい何が入っているというのだろうか。


まさか本当に子供が?


一瞬そんなあり得ない考えがよぎったが、やはりそれはあり得ない事だと思い直した。仮にこの中に生きた人間が入っているとして、どうやって生活をしているというのだろうか?この販売機を運営している業者が、定期的に食料やその他諸々を供給している?あまりにも非現実的だ。なにより、この普通の自動販売機より多少大きい程度の箱の中に押し込められて、黙って入っていられるわけがない。子供ならなおさらだ。


そんな事を考えていると、販売機の下部に何かが書かれたステッカーが貼ってある事に気づく。そこに書かれていたのは、この販売機を運営していると思われる会社の情報だった。


「有限会社リアルドリーム?」

なんとも胡散臭い社名だと思いつつ、会社をスマホで検索してみる。すると会社の公式ホームページが存在し、そこに掲載されていたのは。


「ラブドールの製作、販売会社…」

ホームページ上には様々なドール達が紹介されており、いかにも人形という見た目のもの、アニメキャラを模したもの、見分けがつかないとまではいかないが、実際の女性を精巧に再現したものなど様々であった。そう、つまりこの販売機で10万円という高値で販売されているのは、大人向けのお人形だったのだ。


「…アホくさ」

本当に子供が入っているなどと思っていたわけではないが、いざ正解を突きつけられると言い知れぬ虚脱感に襲われた。溜まっていた疲労がどっと押し寄せてきているのを感じつつ、小屋を出ようとする。

その時だった。


行かないで…ここから出して…


たしかに、そう聞こえた。販売機の方を振り返る。見える景色に特に変化はない。

「な、中に誰かいるのか!?」

自分でも驚くほどの大声でそう呼びかける。返事はない。販売機を軽く叩きもう一度。

「おい!誰かいるなら返事をしろ!」

やはり返事はない。返事などあるはずがないのだ。だってここに入っているのは物言わぬ人形。ましてやこちらに助けを求めてくるなんて…


しかし、それにしては先ほど聞こえた声は真に迫るものだった。本当に長い間幽閉された少女が助けを求めているかのような、そんな声。

警察を呼ぶべきか?いやしかし、呼びかけても返事がない以上、ただの聞き間違いの可能性もある。だいたいこの状況をどう説明するのだ?大人の自動販売機の中から子供の声がしたとでも言うつもりか?いたずらの類と思われるのが関の山だろう。


…10万。払えない額ではない。いや、財布の中にそんな大金は入っていないが、それくらいは問題なく払える程度の貯蓄はある。スマホで最寄りのATMを探すと、1キロ程度のところにコンビニがある。そこで金を下ろしてくれば。


「いやいや、何を考えている。冷静になれ」

本当に人間が入っているはずなんてない。何度も頭の中で出した結論だ。疲れと非常識的な状況に感化され、幻聴を聴いたに違いない。そう思い直し、小屋を出ようとする。


行かないで…ここから出して…


!?

やはり聞き間違いではない!


「待ってろ!すぐにそこから出してやる!」

そう小屋に向かって叫び、俺は駆け出していた。

自分が冷静ではないことは自覚している。だが苦しむ子供が助けを求めているという事実が、俺を強く突き動かした。頭と身体が馬鹿になっているのか、先程までの疲れは全く感じず、コンビニまでの道を一度も立ち止まることなく走り続けた。


コンビニに到着し、ATMで10万円を下ろす。ペットボトルの水を一本買い、それを一気に飲み干すと俺は再び駆け出した。店内でずっとハアハア言っていたせいか、店員からは奇異の目を向けられたが、そんな事は気にならなかった。あの子が待っている。


小屋に辿り着き、俺は急いで投入口に1万円札を入れていく。一枚ずつしか入らない仕様にヤキモキしながらも、9枚目を入れ終えた時。自分がとんでもないミスを犯してしまっていた事に気づいた。


「1万円札しか入らない…!?」

そう、さっきコンビニで水を買ったときに1万円札をくずしてしまっていた。財布には5千円札が2枚と千円札が6枚。財布には万札以外も入っていたのに、なぜそんなことをしてしまったのか。今となっては分からない。


どうしようもない状況に、へたりこむ。もう身体は限界だった。とてもではないがもう一度コンビニまで行く気力も体力も残されてはいない。すまない、と販売機の中にいるであろう少女に対し、謝罪の言葉が自然ともれた。やはり、返事はない。


不甲斐ない自分に落胆しているのだろうか。もしくは、元々期待なんてされていなかったのかもしれない。商品として扱われている以上、少なくとも飢えて死ぬような状況に置かれてはいないのだろう。自分がここで助けなくたって、いつか誰かがこの扉を開けてくれるに違いない。最低だ、という自覚はあったがヒロイックな感情はとっくに失せていた。無理矢理に自分を納得させて小屋を後にしようとする。


ーーまたあの声だ。行かないで、ここから出してと僕を引き留める声。再び罪悪感が頭をもたげるが、今の自分を包んでいる無力感を上回るものではなかった。だいたいなんなのだ。こちらが問いかけても何一つ返事を寄越さないくせに、こちらが去ろうとすると出してくれと宣うばかり。他の言葉を喋れないのかコイツは。


…ん?他の言葉を喋れない?小屋を出ようとすると?一言一句同じ声音で?


小屋の入口付近を見やる。一見すると厚手の黒いカーテンがあるだけだ。しかしよく見ると、カーテンレールの端の方で緑色にランプが光っているのに気づく。近づいて確かめると、それは赤外線のセンサーのようなものだった。


センサーに手をかざす。緑のランプが赤に変わる。かざした手を離すとランプも緑に戻る。特に何も起こらない。もう一度手をかざし、離す。


行かないで…ここから出して…


「…」

スマホのライトでセンサーを照らしてよく見ると、センサーからは配線が伸びており、それは小型のスピーカーらしきものに繋がっていた。これはオンオフを2回繰り返す、つまり客が小屋から出ようとするとスピーカーから少女の声が出るという仕組みだったのだ。迫真の少女の声は何かのアニメから引用したものだろうか?プロの声優ってすごいね。


「…タクシー呼ぶか」

ガンっと小屋の壁を蹴り、僕は何もかも悪趣味なこの空間をあとにするのだった。


おわり

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。最初の構想ではくっそ重い話を作る予定だったのですが、いつの間にかコメディチックになってしまいました。何なんですかねこれ。

また作品を投稿する予定ですので、これに懲りずに読んでくれたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ