解決篇
「更科さん」
姥捨山さんが指をパチンと弾くと、横の茂みから、誰かが頭を出してきた。
「はい」
三日過ぎても飽きない美人だった。少年? 少女? 純文学にたびたび登場する書生さんの格好をしている。
「勝手に私の弟子を名乗っている者ですよ。君、例の物を」
「かしこまりました」
結局、どっちなのか分からなかった。更科さんは、持ち上げた物を私達の間に置いて、去った。
「カセットコンロです。お若いあなたにとっては、見慣れない物かもしれませんね」
姥捨山さんは、まるでワルツに誘うかのように手を差し出した。
「ご友人からの年賀状を、いただけませんか」
「燃やすつもりですか!?」
姥捨山さんが、人差し指を立てる。
「ご心配なく。大事なメッセージを灰には致しません。どうか、ご協力ください」
恐る恐る私は、年賀状を渡した。
「ご友人は、今もみかん畑に住んでいらっしゃるのですよね。そして、あなたが仰るには、少々うっかりしま所がある、と。はがきの読み方について、ひと言添えることを忘れられたとしたら……」
カセットコンロの青い火が点く。不思議と、サファイアの粒でつないだブレスレットみたいに、幻想的だった。
「どうか、目を逸らさずにご覧ください」
姥捨山さんが、器用に年賀状の裏側を炙ってゆく。白紙だった面に、薄いオレンジ色の模様らしきものが浮かび上がり、だんだん茶色っぽくなっていった。
【うちの子が、みかんのあぶりだしにハマりました。
今年こそ、会っていろんな所へ遊びたいな。】
鼻の奥が、きゅうと引き締まった。私はひどい人間だ。みかんちゃんは、根に持つ性格じゃなかった。機会を伺いながら恋心を残すいやしい私に、魅力なんてあるはずない。
「今からでも遅くありません。お返事を書いてみてはいかがでしょう?」
姥捨山さんは、片目をつぶって年賀状を私の手元へ戻した。
「ご友人をもっと信じてください」
頬を濡らした私の肩に軽く触れて、公園の出入り口へと向けた。
「あなたを最も心配している方が、迎えに来られたようです。事情は更科に伝えさせます。素敵な年の幕開けですよ」
私は姥捨山さんに貸してもらったハンカチで涙を拭き、ずっと大好きでいる元コーチに、笑いかけた。
あとがき(めいたもの)
改めまして、八十島そらです。
懲りずに推理物をまた書いてみました。春の、なのに、冬の話です。初春ともいいますし、旧暦で考えるならアリ、でしょうかね。みかんの皮をちぎれさせないでむくのが得意でした。どなたか、八十島のためにみかんを食べさせてくださいませんか。
しばらく会っていない人(同じ部活・年齢)に手紙を出したいですが、住所を忘れてしまいました。かわいい小鳥のようなあだ名で呼ばれていた、フルートの方です。本の貸し借りをしていました。元気にしているでしょうか。




