歪な日常
気付けば又、廃ビルの中に居た。
見回すと、隣のベッドで空が寝ている。
黒のワンピースドレスは相変わらずだが、その髪は本来の黒髪だ。
夜空のような黒髪は、隙間から差す陽光によって、キラキラと輝いている。
こっちにいる間は、白い髪しか見たことがなかった。
「寝ているときは、元に戻るのか?」
まるで白雪姫のように静かに眠る空に近づいていく。
その髪に手が触れるまさにその時、夜這いか? と声が聞こえた。
慌てて手を引っ込め、声のした方を見る。
別のベッドに、ジェミがぬいぐるみの如く座っていた。
奇しくも昨日、あっちの世界で空に買ったぬいぐるみと似た格好だった。
「誰が夜這いなんかするか!」
「男なら、そのくらいでもいいかも知れんぞ?」
「何をバカなことを……」
ごそごそと音がする。
どうやら空が身じろぎをしたようだ。
俺とジェミは、起こさなかったことに安堵し、胸をなでおろした。
そして、無言のままベッドエリアを後にする。
大きな声は出せないが、多少は騒いでも大丈夫だろう。
「ふぅ、何とか起こさずにこれたな」
「全く。お前が騒ぐから……」
「お前が変なこと言うからだろ!?」
暫くにらみ合い、どちらともなく噴き出した。
「な~にやってるんだろうな、俺達」
「ああ、全くだ。野郎二人でよぉ。……それで? 何してたんだ?」
「……別に」
ただ、空の寝顔を眺めていた。
――なんて言ったら、馬鹿にされるような気がして言えなかった。
「髪が、気になっただけだよ」
「髪?」
「ああ。……寝てるときは黒なんだな、と思ってさ」
ベッドの方を見やる。
まだ空は寝息を立てていた。
「そりゃ、今は戦う時じゃねぇからな。元に戻してあんだよ。ずっと維持するのは疲れるんだぜ?」
「元に……? 戦うときは変身でもしてるのか?」
まぁ、そりゃそうか。生身であんな怪物と正面から戦えるわけないもんな。
「まぁ、そんなもんだな」
「あ? 何か引っかかる様な言い方するな?」
「そうか? あんま細かいこと気にすんなよ。モテねぇぞ?」
別にモテるモテないは今関係ないだろ……。
はぁ、と一つ溜息をついて、壁の崩れた場所へ向かう。
その先には、このビルと同じように廃墟同然になっている、見慣れた街並みが顔を覗かせる。
「……なんだって、こんな事になったんだろうなぁ」
「何かあったの?」
後ろから、声を掛けられる。
振り向けば予想通り、そこには空が立っていた。
しかし、その髪は黒いままだ。
「空、その髪……」
「え? ああ、これ?」
空が髪を一房、掬って見せる。
何処からどう見ても元の黒髪だ。
「今はまだ、変わってないからね。元に戻ってるんだ」
「……そう、か」
「……?」
ジャミの奴も言っていたな。今は戦う必要が無いから戻してるって。
でも、なんだろう。変な違和感が頭の片隅に残って消えない。
「ふにっ!? ちょ、ちょっほ、ひゅうになに?」
「んー? まぁ、ちょっとなー」
小首を傾げていた空の頬を捕まえ、ぐにぐにと揉む。
……柔らかい。
「~~ッ! ちょっと! いい加減にして!」
「おっと、わりぃわりぃ」
空に振り払われ、やっと解放する。
そのまま、自分の頬をつねってみる。
「……痛い」
「そりゃそうでしょ。何やってんの? ホント」
「ちょっとした確認、かな?」
「ふ~ん?」
空のよりは柔らかくないけど、同じヒトの感触。
空と自分が、何も変わらない事に安堵する。
……ちょっと強引だっただろうか。
空からの猜疑の視線が消えない。
だから俺は、一先ず空の視線をそらすことにした。
「それよりよ、ジャミの奴はどこ行ったんだ?」
「え? 一緒じゃ無いの?」
言いながら、空が後ろを向く。
「――ッ!」
その時、見えてしまった。
空の後頭部。つむじの辺り。
その辺の髪は初めて会った時のような、天使の羽の様な白に染まっていた。
いつの間にか消えていたジャミとも合流して、俺達はデパートの地下。元々はスーパーだったところに来ていた。
「……ここは比較的そのままだな」
「まあね。地下だけはあるって感じかな」
「ふーん。天然のシェルターにでもなったか?」
「かもね」
そんな会話をしながら、生鮮コーナーを抜ける。
此処に食材が無いのは、既に空が腐ったものを纏めたかららしい。
……そのごみ袋はスタッフルームに押し込んであるらしいが。
賞味期限の長い缶詰やお菓子をいくつか選んでいく。
お菓子を飯代わりにするなんて、普段じゃ考えられないよなぁ。
それらを手に、フードコートへと向かう。
あそこなら、テーブルはごまんとあるしな。
「なんか、普段と変わらないみたいだな」
パリパリ、とスナックを齧りながら思った事を口に出す。
「あはは、そう思うよね。実際、あれらが来なければ普段と変わらないよ」
そこまで言って、笑顔が無くなっていく。
「そう。変わらない、筈だったんだよ……」
「空……」
重たい空気が流れる。
なんて声を掛ければ良いのか。慰める、のも違う気がする。
何も言えずにいると――。
「グウゥォォオオオオ!」
「!?」
――獣の雄叫びの様な物が、響き渡った。




