大蠍
寝具をはじめ、様々なものを売っている店を出てすぐ空達を探し始める。
「何処だ?あっちの方か?…やけに音が小さいな」
戦闘音らしきものが微かに聞こえる方へ、足を向ける。
しかし、そこには誰も居らず、代わりに大きな穴が開いていた。
「なんだ?この穴」
穴は、いくつか先の階層まで達しているようで、先が見えない。
夜だから、明かりがないのもあるんだろうけど。
だが、剣戟の音はその穴の先から聞こえてくる。
「もしかして、下の階にいるのか!?」
そう気付くが早いか、下へ降りる階段を探して走り出した。
「はぁ、はぁ、何だこれ…?」
下へ降りると、その階層は今まで以上に様変わりしていた。
鉄部分は錆び付き、床や壁の一部は無くなり、先が見えている。
「どうなってんだ、これ…?」
ガガキンッ
「っ!?」
向こうから、金属と金属がぶつかる音がする。
そんな音を出せるのはこの辺じゃ、空と敵のどちらかだろう。
「待ってろ、空!今行くぞ!」
一先ず疑問は置いておいて、音のする方へ向かう。
音の出所へは、すぐにたどり着くことが出来た。
空が対峙していたのは、大きな蠍としか形容のできないものだった。
両手にある大きな鋏をクロスさせ、空の槍と競り合っている。
力は互角であるように見えた。
「空…。あっ!危ない!」
空の死角から、蠍の尻尾が迫る。
尻尾の先に有る、液体の滴った棘のようなものが向けられていた。
「空!」
思わず、駆け出す。
「え?宗二!?…きゃあ!」
空がこちらへ気を取られ、力のバランスが崩れたのか、大蠍に押し倒される形で倒れる。
不幸中の幸いか、お陰で棘が刺さることは無かった。
「空!大丈夫か!?」
「くぅ…。宗二!?どうして!?」
「お前の力になりたくて!」
「私の…?」
「おお、おぉぉぉ」
「な、何だ!?」
唸り声が聞こえたかと思うと、大蠍が立ち上がる。
その目は、空ではなく、俺を見ているような気がした。
「っ!宗二!逃げて!」
「えっ?」
大蠍が鋏を振り上げる。
空は、複数の足で抑えられていて、起き上がれないようだ。
明確な殺意を向けられ、足が竦んでしまう。
声を出すことすらできない。
空を助けたい、だなんて言って。
結局、足手まといになっただけか。
振り上げられた鋏から目を逸らせないまま、頭の何処かで冷静な部分が、軽率な行動を咎める。
ああ、俺はここで死ぬんだ。
恐怖心は無かった。
振り下ろされる鋏を見つめ続ける。
周りの音も聞こえないほど、ゆっくり、はっきりと鋏の細部に至るまで見えるようだ。
「ぅくあぁぁ!」
「ッ!?」
間もなく、鋏が俺の額に触れようとした所で、大蠍の上体が逸れる。
ブオンッ
鋏は、寸でのところで俺の頭の上を掠めた。
お、俺の頭、どうなった?
剥げてない、よな?
思わず頭頂部を触り、髪の毛の感触を確かめる。
…大丈夫。ちゃんと有る。
って、あの蠍は!?どうなった!?
慌てて前を向くと、大蠍は仰向けになってジタバタしていた。
その前には、俺を蠍から隠すように、空が立っている。
「大丈夫?」
「あ、ああ」
「はぁ、よかった…。もう!なんで来たの!?」
「いや、だから…それは…」
「私を助けるため!?それで、宗二が死んじゃったらどうすんの!?」
「それ、は…」
確かに、この世界が滅んでも戻れるとは、ジャミが言ってはいたが…。
死んでも戻れるとは、言ってなかった。
そもそも、ジャミの言葉がどこまで信用できるのかも、俺にはまだ分からない。
「…すまん」
「…もう。でも、助けたいと思ってくれて、ありがとう」
「いや、別に…」
「おう、お前ら。いちゃついてる場合じゃないぞ?」
「い、いちゃついてなんか……」
「ぐぅぅぅぅ」
「げぇっ起きてるっ」
「宗二は逃げて!」
「あっおい!」
槍を手に大蠍へ向かいかけた空の右手を、確かに握る。
「宗二?」
「言っただろ?お前の力になりたいって」
俺の体が、光を放つ。
光は、繋いだ右手を通して、空も包んでいく。
光が収まった時、そこに俺の体は無かった。
代わりに、空の黒いドレスに銀の胸当てとアームガード、金のレッグアーマーが装着されていた。
「これ……また、宗二が鎧に……?」
「ああ、そうだ。俺がお前にしてやれるのは、これくらいしかないからな」
「そんな。宗二が別に何かしなくてもいいのに……」
「そういうなよ。守られてばかりじゃ、男が廃るだろ。だから、な?」
「……うん、わかった。ありがとう」
「おう」
「よし、お前ら。敵さんも律義に待っててくれたようだが、さっさと終わらせろ」
「「うん(よし)」」
空が、槍を構える。
「おぉぉああぁぁぁぁ!」
大蠍は一吠えすると、両の鋏を開いて突進してくる。
「ふっ」
両側から、空を両断せんと鋏を合わせるが、その瞬間に空が飛び上がる。
そのまま大蠍の頭を槍で切り裂き、傷跡から青い液体が飛び散る。
「ぎぃああぁぁぁ!」
大蠍が仰け反ったところに、槍の柄の方で打撃を入れる。
そのまま間髪入れず、がら空きになった胴体に蹴りを入れ、吹っ飛ばすことに成功した。
「……すごいな、空」
「うん。なんだか、いつもより動きやすくて」
「そりゃそうだろう。これが本来のポテンシャルだからな」
「え?そうなの?」
「まぁな。ほれ、早くとどめを刺しに行け」
「あ、うん」
「?」
なんとなく、はぐらかしたようにも感じたが、敵の処理が優先だと思ったのか、空は大蠍に近づいていく。
「ぎぃいいいい」
大蠍は、片目のあたりから液体をまき散らしながら、立ち上がる。
よりも早く、槍がその身を切り裂こうと迫る。
間一髪、刃と体の間に鋏を滑り込ませることに成功するが、さっきまでその刃を防いでいたはずの鋏は、あっけなく両断されてしまった。
「よし!空、いけるぞ!」
「うん!これで決める!」
自分の鋏が両断された事に戸惑っているのか、大蠍は動かない。
「三重連撃!」
槍を、三方向から大蠍に叩き込む。
ドガッ
あまりの速さに、打撃音は重そうな一撃分だけが聞こえた。
「ぎぃゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
大蠍の全身に罅が入っていき、光が溢れ始める。
少しずつその体が崩れていき、やがて砂のようになって何処かへと消えてしまった。
「……やったか?」
「うん。あの蠍は、これで倒したはず」
「おう、二人ともお疲れさん。今日はこれで終わりだな」
ジェミのその言葉を受け、俺たちは変身を解いた。
「ふぅ。これで、俺も一緒に戦えるな」
「もう、だからってあまり無茶な事しないでよ?」
「したつもりは無いんだけどな」
「折角、また会えたんだから。もうなくしたくないの」
「空?」
「おーい、オイラはもう疲れたぞ。早めに休もうぜ。どうせ明日も戦闘だからな」
「あっ待ってよ」
先に歩いていくジェミを、空が追いかけていく。
『また会えたから、なくしたくない』か……。
空は、俺が並行世界の人間で、いつかいなくなるって事には気づいていないのかも知れない。
だったら、話しておいた方がいいのか……?
「宗二ー?何してるの?」
「悪い!今行く!」
空に呼ばれ、色々と駆け巡ったことを一度、片隅に追いやる。
二人と談笑しながら、今日目覚めたあの寝具エリアに帰った。




