平行世界
「ん、んん」
次第に意識が浮上する。
少しづつ瞼に力が入り、持ち上がっていく。
「あ、起きた?おはよう」
「んん?」
寝ぼけまなこをこすりつつ、声のした方を見る。
そこには何故か、空が座っていた。
あれ?なんで俺の部屋に空が?
むくりと体を起こし、周囲を確認する。
あたりには、数多くのベットが散乱していた。
「ごめんね、お家まで帰せなくて」
「は?いや、待て待て」
「?如何したの?」
「いや、どうしたのじゃねぇ。ここは、あのデパートか?なんで俺は此処に居る?あれは夢じゃなかったのか?」
「ちょ、ちょっと待って、いきなりそんなに言われても」
そこで空は少し考えこむ素振りをしてから、話し出す。
「えっとね、此処はデパートの寝具コーナーだよ。あの後宗二が急に眠っちゃって、此処に運んだの」
「急に眠った?」
「ああ、糸が切れた人形のようにな。まぁ大方、初めて力を使った反動だろうな。そのうち慣れるさ」
「うぉぉ!お前も居たのか!?」
「そりゃな。オイラはこいつのサポート役だしな」
そう言ってジェミは胸を張る。
うーん、こいつが胸を張るとひどく滑稽に見えるな。
「っていうか、そんなことは今はどうだっていいんだよ!どうして俺はまた此処に居るんだ!?夢じゃなかったのか!?」
「夢って、さっきから宗二は何を言ってるの?」
「いや、だから、俺はいつも通りに学校に行って、いつも通りに自分の部屋で寝たはずなんだよ!」
「?学校も何にも、宗二はずっとここで寝てたよ?」
「は?いや、そんなはずは…」
「うーん、力を使った反動かなんかで、記憶が混濁してるのかもしれんな」
「記憶が混濁?」
「ああ、夢と現実の区別がつかなくなったりとかな」
「…そんな風に見えるのか?」
「少なくとも、オイラからは見えるな」
すがるような目で、空を見る。
「う~ん。ごめんね。私からも、宗二の話はちょっとよく分からないかな?」
「…まじかよ」
一体どういうことだ?
確か、昨日の記憶の中でも高橋にそんな感じに言われてたな。
…どっちが本当だ?
昨日の、いつもの記憶と一昨日の、異世界みたいな記憶と。
少なくとも今は、異世界みたいな所にいるわけだが。
思わず、頭を抱える。
「大丈夫?どこか痛むの?」
空が心配して、俺の顔を覗き込んでくる。
彼女の整った顔が視界に映り込み、思わず顔を上げる。
その時、空の頬に傷跡がついているのに気づいた。
「…空、それ…」
「え?ああ、うん、ちょっとね」
空は傷を隠すように、顔を背ける。
女の子としては、顔に傷なんて嫌だよな。
でも、それでも、あの怪物と戦うのをやめないんだな。
「頑張ってんだな」
「…え?」
ふと、言葉が漏れる。
それが聞こえたのか、空が硬直する。
と思ったら顔を逸らしてしまった。
…あれ?俺、今何言った?
特に意識もしてなかったせいか、自分の言葉が思い出せない。
「おい、いつまでそうしてるんだ?」
「んお?」
下からの声に視線を落とすと、ジェミが呆れたように肩をすくめていた。
「そういうのは、全てが終わってからにしてくれよな」
「え、ああ、いや、そういうつもりは…」
「はいはい、言い訳はいいから。…それより、そろそろ来るぞ」
「え?」
「ッ!?来た!」
空がいつの間にかアーマーを纏って、武器を手にしている。
「宗二はここで隠れてて!」
「え?あっちょ、おい!待てって!」
空はこちらの静止を聞かずに、飛び出していく。
その後を追おうとして、ふと思い出す。
昨日-自分的には一昨日だが-襲われた、ミノタウロスの様なあの化物の事を。
もし、また似たような化け物が出たのだとしたら…。
いや、あの雰囲気からして、恐らく出たのだろう。
・・・怖い。
恐怖に身体がすくむ。
足が動かない。
というか、俺が行く必要あるのか?
いや、無いよな。
空も隠れてろって言ってたし、此処はおとなしく・・・。
ドゴン!
ものすごい音と衝撃が伝わってくる。
戦いが始まったんだ。
「何時までこんな所にいるつもりだ?」
「んな!?」
振り返ると、さっき空と一緒に出ていった筈のジェミが立っている。
「なんでお前が此処に居るんだよ!?」
「ああ?お前に思念を飛ばしてるからだよ。とはいえそう長く持つもんじゃねぇがな」
「思念を飛ばすって、そんなことできたのかよ…」
「お前にだけだ。それより、良いのか?アイツにだけ戦わせて。ま、オイラは構わないけどな」
「いや、そりゃ良くは無ぇけど…。俺にはあんなのと戦える力なんて…」
言いながら、ベットに座り込む。
「おいおい!忘れたのか?お前は一度、力を使ってるだろ?」
「え?…あ!あれか!?」
頭の中に蘇るのは、俺の体が光って鎧のようになったあの時の光景だ。
「そういえば、アレってどういうことなんだよ!どうして、俺はあんな事が出来るんだ!?」
「・・・まぁ、時間もないし簡潔に言うが、お前はこの世界にとって特別なんだよ」
「と、特別?どういう…」
「ここは、お前がいた世界とは違う。平行世界って言った方が分かりやすいかもな」
「平行、世界」
そこまで聞かされた時、ジェミの体が少しづつ薄くなっている事に気が付いた。
「お前、体が…」
「だから言ったろ、時間が無いって。アイツとあんまり離れてられねぇんだ」
ジェミがビシッと腕先をこちらに向けてくる。
「で?お前は、如何したい?ここは、お前のいた世界とは違う世界だ。お前が危険な目に合う必要はない。逃げたければ逃げてもいい。この世界が滅びようと、お前は元の世界に戻るだけだからな」
「そ、それは…あっ、おいっ!」
そう言い残すが早いか、ジェミは光に包まれて消えた。
遠くでは、空が戦っているんだろう音が聞こえてくる。
「…如何したいって、俺にも分かんねぇよ。いきなり平行世界だなんだって言われたってよぉ」
近くにあったベットに座り込む。
まだ整理がつかない。
「っていうかあいつ、最後に世界が滅ぶ、とかなんとか言ってたよな。あの怪物みたいなのが、世界を滅ぼすって事なんか?」
思わず頭を抱える。
その時だった。
「くぅああああ」
「ッ!?空!?」
部屋の外から声がした。
空の苦しそうな声が耳朶を打つ。
すぐさま剣戟の音が聞こえ始める。
正直、世界がどうのこうのなんて言われたって、俺にはさっぱり分からない。
だけど今、確かなのは、空が戦っているという事だ。
顔に傷を付けて迄。
それなのに、俺は此処で震えるばかり?
そんなの、そんなもん!カッコ悪すぎるだろ!
世界なんてどうでもいい!
兎に角!空を助けたい!
そう思うが否や身体は自然と走り出していた。
このエリアの向こう、剣戟の音のする空がいるだろう場所へ向かって。




