おねえちゃんとこまでも
読んで頂けましたら幸いです。
年に4つの季節のある森に囲まれた小さな町に、小さなお家がありました。
その小さなお家の中では、女の子が円テーブルを囲んで置かれてる椅子に座って、一人でお昼の食事をして居ました。
女の子の名前は『ハル』
歳は4歳ですが、もう少しで5歳になります。
ハルの住む家は、お母さんと、お婆ちゃんと、ハルの三人暮らしでした。
椅子は、キッチンにあるテーブルで食事をするための物です。
椅子の数は全部で4つ。
ハルが座る椅子の隣には『茶色い大きな熊のヌイグルミ』が座って居ました。
それは本当は座って居るのではなく、置かれてるだけだったのかも知れません。
でもハルは、その熊のヌイグルミは、椅子に座って居ると思っていました。
ヌイグルミの前にも、ハルが食べてるのと同じものが、少しだけ置かれてました。
ハルや家族には、それは毎日のことでした。
今日の朝の食事は、皿に載せられたパンとイチゴジャム。
温められた牛乳も、焦げ茶色のカップに入ってました。
「こぼさないで、キレイに食べるのですよ。」と、ハルは、熊のヌイグルミに向かって、すまし顔で言いました。
それからハルは、続けて言います。
「私は好き嫌いは無いのです。いつもキレイに食べてます。」
それからハルは、皿に載せられたイチゴジャムを銀色のスプーンを使って器用にパンに載せ、一口食べました。
そうしてお口の中のジャムパンを温かな牛乳と一緒に飲み込むと「ニンジンとピーマンとトマトは食べ物じゃなくて野菜です。」と言って、一口、また一口とジャムを載せたパンを噛りました。
それからは、ジャムパンを噛って口に入れては飲み込み、口が空いたら熊のヌイグルミに話しかけるのを、ハルは時々牛乳を交えながら繰り返しました。
「お魚も、卵も生き物です。食べ物ではないので残してもいいのです。」
モグモグ・・・。
「私は、そのような物を食べなくても平気で大丈夫だから、ちゃんとお姉ちゃんになれたのです。」
モグモグ・・・ごっくん・・・。
「でも、お姉ちゃんは、いつも好き嫌いばかりして、食べ物を残してばかりしてるから、大きくなれないのです。」
ムシャムシャ・・・。
「だからお姉ちゃんは、もう少しで私の妹になっちゃうのですよ!」
ごっくんっと、パンの最後の一口を食べ終えたハルが、熊のヌイグルミにそう言った時でした。
「お姉ちゃんはね、これから先、ハルがどんなに大きくなっても。何歳になっても。ずぅーっと、ハルのお姉ちゃんなんだよ。」と、ストーブとテレビのある隣の部屋から、片手に飲み掛けのコーヒーの入ったマグカップを持ったお婆ちゃんが、キッチンへと入って来てハルに言いました。
「えー!・・・そうなの・・・!?」
お婆ちゃんの言葉にビックリした後、不満そうに言ったハルは、不満そうな顔で熊のヌイグルミをじっと見ました・・・。
テーブルに向かって座るヌイグルミの黒く輝く目は、目の前の朝食を見つめてるようにも見えましたが、ハルには、横目でハルの方を見ているようにも見えました・・・。
そんなハルの様子を暖かな目で見ていたお婆ちゃんは、テーブルにマグカップを置き、ハルの隣の椅子に腰掛けながら「そうだよ。姉妹というのはね。ずっと、お姉ちゃんはお姉ちゃん。妹は妹なんだよ」と言いって、正面に座る茶色い大きな熊のヌイグルミを見ました。
それまでヌイグルミを見ていたハルは、お婆ちゃんの方を見ると「じゃあ!お兄ちゃんだったら追い越せた!?」と、すがり付くような気持ちで言いました。
ハルのそんな質問に少し笑ってしまったお婆ちゃんは「お兄ちゃんだったとしても追い越せないの。お姉ちゃんと妹でも、お兄ちゃんと妹でも、きょうだいは、一生・・・ううん・・・どっちかが先に死んでしまったりしても、きょうだいは、ずっと入れ替わったりしないんだよ・・・。」と、ハルに言って・・・そして、少し寂しそうに熊のヌイグルミを見ました・・・。
そんなお婆ちゃんを少し不思議な気持ちで見てたハルですが「えー。なんだ・・・そんなのつまんないな・・・。」と、ジャムパンを食べ終えてるので、もう口の中に何も入れるものが無いのに、思いっきり頬っぺを膨らませました。
お婆ちゃんは、そんなハルに向き直り「そんなこと無いよ。きょうだいが居てくれるのは、とっても有り難いことなんだよ。」と、言いました。
その後、お婆ちゃんは、また寂しそうにヌイグルミを見て居ました。
床に着いたつま先で床を蹴るようにしながら、太股の後ろで椅子を後ろに押して飛び上がるように立ち上がったハルは「ふーん。そうなんだって!だったら、お姉ちゃんも妹のハルに感謝してるってことだね!」と、元気に言うと、椅子に座ってた大きな熊のヌイグルミをギュッと抱えて「ごちそうさまでした!」と、お婆ちゃんに頭を下げ、そして2階にある自分の部屋へと向かって、階段を駆け上がって行きました。
「おやおや。ハルは自分の都合ばかり言うのね・・・。」
元気に走り去るハルの後ろ姿を笑顔で見送ったお婆ちゃんは、少し呆れたようにそう言いました。
そして、さっきまでヌイグルミが座ってたテーブルの前に置かれてた朝食がのせられた皿とカップを、手を伸ばして自分の前に引き寄せて、ゆっくりと食べ始めたのでした・・・。
キッチンの窓から見える外は、爽やかな秋晴れでしたが、お婆ちゃんは、どこまでも高い青空を、寂しそうに眺めて居ました・・・。
今は熊のヌイグルミになったお姉ちゃんが、まだ人だった時は、ハルが3歳の時に終わってしまいました。
「ハルのお姉ちゃんは、とてもハルを可愛がってくれたのよ。」と、お母さんとお婆ちゃんは、ハルに教えてくれます。
幼いハルにも、人だった時のお姉ちゃんとの記憶があります。
だから、お母さんとお婆ちゃんが、熊のヌイグルミを『お姉ちゃん』と呼んでることは、ハルには本当は不思議なのでした。
「お姉ちゃんはお姉ちゃんでしょ!?熊のヌイグルミじゃないでしょ!?」
お母さんとお婆ちゃんに、そう言って泣いたこともありました。
お姉ちゃんが居なくなってからのある日、お母さんはハルに言いました。
「このヌイグルミはね。母さんも、お婆ちゃんも、ハルも、お姉ちゃんに会えない時も、ずっと病院に居たお姉ちゃんの、大切なお友達で居てくれたの。お姉ちゃんはこのヌイグルミが大好きだったの。だからね。この熊のヌイグルミは、お姉ちゃんの形見なの。お姉ちゃんは今は熊のヌイグルミになって皆と一緒に居るんだよ・・・。」
『形見』の意味が、あまり分からないハルでしたが、お母さんの言ってることは、なんとなく分かった気がしました。
だからこの時のハルは「うん・・・。」と、言って、うなずいたのでした・・・。
でももう、今のハルはお姉ちゃんが居たのはずっと前のことのように感じてました。
お姉ちゃんとの思い出は、だんだんと少なくなっていたのです。
この頃は、まだ赤ちゃんだった頃のハルが、お姉ちゃんと手を繋いで一緒に写ってる写真や、お姉ちゃんが元気だった頃にお母さんが写した動画の中のお姉ちゃんの記憶が殆どになってました・・・。
ですから今のハルにとっては、熊のヌイグルミになったお姉ちゃんと過ごす家族との思い出が、お姉ちゃんとの思い出になっていたのでした。
ハルの『熊のヌイグルミのお姉ちゃん』は、食事の時は、いつもハルの隣の席に座って居ました。
暖炉のある居間で、お婆ちゃんや、お母さんと一緒にテレビを観たり、絵本を読んでもらったりする時も。
ハルが自分の部屋で友達と一緒に遊んだり、一人で居る時や、ベッドで眠る時も。
『ハルのお姉ちゃんの熊のヌイグルミ』は、いつもハルの側に居ました。
居なかったのは、ハルが家の外に出掛ける時ぐらいでした。
ハルは、家でいつも熊のヌイグルミに話しかけてました。
家に遊びに来てくれてる友達と一緒の時でも、ハルは熊のヌイグルミにも話しかけてました。
ハルがそうなので、友達も一緒にヌイグルミに話しかけてくれていました。
それから1年も過ぎた頃でした。
友達はだんだんとヌイグルミに話しかけてくれなくなりました・・・。
ハルがヌイグルミに話しかけながら友達に話をしても、友達はなんだが不機嫌になるのです。
時々、笑われたりもします。
ハルはそんな友達に「どうしたの?」と、訊いても「え・・・だって・・・。」と言うだけで、友達はクスクス笑って答えてくれませんでした。
それから友達がハルと遊ぶ時は、ハルの家の外に行きたがるようになりました。
そんな時、ハルはヌイグルミを家に置いて行くしかありませんでした。
それは、熊のヌイグルミは、まだ体の小さなハルが外に連れて行くには大きすぎたからでした。
だからハルは『早く体が大きくならないかなぁ・・・』と、思ってました。
でも、それから少しづつ体が大きくなって、学校に通うようになった時。ハルは自分が『そんなふうに考えてたこと』が『どうして』だったのか分からなくなって居ました。
それはヌイグルミを学校に連れて行っては駄目だと、お母さんやお婆ちゃんに言われたからではありませんでした。
ハルは、だんだんとヌイグルミと一緒に居るのが好きでは無くなってたからでした。
誰もヌイグルミを学校に連れて来たいと思ってる子は居ないとハルが思うよりずっと前に、いつもヌイグルミと居る自分が恥ずかしく思えるようになって居たのです・・・。
だから、この頃のハルは、もう1年ぐらいヌイグルミに話し掛けたり、ベッドで一緒に寝たりもしなくなっていました・・・。
それから時間がたち、ハルが8歳の時でした。
お母さんとお婆ちゃんとハルと大きな熊のヌイグルミとが、夕食を食べるのに一緒の食卓テーブルに座ってる時でした。
「熊のヌイグルミは何も食べないよ・・・。」
うつ向き加減にお母さんとお婆ちゃんを見ながら、ハルは小さな声で言いました。
ハルの斜め向かいに座ってたお婆ちゃんは、少しキョトンとしてハルを見ました。
お母さんは、食事の手を止めて「ふぅ・・・」っと、小さなため息をつきました。
そして、スプーンを握りしめて、何かに怯えてる様子のハルと。熊のヌイグルミと。その熊のヌイグルミの前に並べられた皿や、箸やスプーンと、皿に少しだけ盛られた料理を見ました。
「そうね。ハルが言ってる事も・・・そして、ハルが思ってる事も、何も間違ってないのよ・・・。」
お母さんの言葉を聞いたハルは、そっと顔を上げました。
お婆ちゃんを見ると、少し寂しそうな顔をしてました。
それからお母さんを見ると、お母さんもハルを見て居ました。
「ハルの隣に座るお姉ちゃんの熊さんのヌイグルミはね・・・人とも、熊とも違って・・・何も食べないよね。」
ハルは黙って聞いて居ました。
「でもね、お母さんは、お姉ちゃんにも、食べさせてあげたいの。」
お姉ちゃんは、昔に死んでるとハルは思いました。
お母さんは話します。
「だから、熊さんの前にいつも食べ物を置くんだよ・・・。今のハルには分からないかも知れないけれども、お母さんはそう思って続けてるの。」
お母さんの言葉を聞いたハルには、それがどういう意味なのか分かりませんでした。
動物の熊なら何か食べると思いますが、ヌイグルミが何かを食べるとか聞いたことがありませんでした。
それに、そんな事が本当にあったら怖いと思いました・・・。
でもハルは応えました。
「うん・・・。わかった・・・。」
この時のハルは、お母さんとお婆ちゃんを、ただ安心させたかったのです・・・。
それからハルは、熊のヌイグルミのことを、あまり気にしなくなりました。
お母さんや、お婆ちゃんの好きなようにさせてあげようと思ったのです。
だって、ハルはもう、お姉ちゃんは居ないと知ってましたし、友達と遊んだりした最近の思い出が増えれば増えるほど、お姉ちゃんとの思い出は少なくなってしまったからでした・・・。
ハルが16歳になった時。好きな男の子ができました。
ハルは、家に居る時間が少なくなって、好きな男の子と一緒に居たり、友達と遊んだりする時間が多くなってしまいました・・・。
それからハルは、二十歳になりました。
冬のある日。
前の日の夜に、友達と、たくさんのお酒を飲んだハルが、まだお酒が残ったままの脚で、久しぶりに家に戻ったお昼過ぎのことでした。
家の暖かなリビングに入ると、お婆ちゃんがソファーの上に横になって寝て居ました。
お婆ちゃんは、あのお姉ちゃん熊のヌイグルミをだいじそうに抱きしめてました。
ハルはお婆ちゃんが眠ってる間に風を引かないようにと思って、自分が着てるコートを脱いで、そっとお婆ちゃんに掛けようとしました。
ハルは、お酒が体から一瞬で抜けていくのを感じました。
お婆ちゃんの顔色がとても白いのです。
「お婆ちゃん・・・?」
コートから手を離したハルは、お婆ちゃんの頬を手で触りました。
お婆ちゃんは冷たくなっていました・・・。
病院に運ばれる救急車の中で、ハルは涙も流さずに、心の中でお婆ちゃんに謝って居ました。
「おばあちゃん・・・ごめんね・・・本当は、そばに居られたのに、いつも居なくて・・・ごめんね・・・!」
それから、お葬式の時には『お婆ちゃんは、お姉ちゃんに会えのかな』と、ハルは寂しく思いました。
そして、お婆ちゃんを亡くしたお母さんを見たハルは、自分もいつかは、お母さんを見送る日が来るのかなと思いました・・・。
それから5年後。
ハルは結婚しました。
相手は二十歳の時に付き合ってた人から数えて3人目の男の人でした。
結婚式は、隣にある少しだけ大きな町にある、友達が店主のレストランでした。
結婚式には、お母さん、数人の親戚、たくさんの友達・・・そして、大きな茶色い熊のヌイグルミが出席しました。
熊のヌイグルミは、お母さんの隣に座って、たくさんのご馳走と幸せそうなハルの姿を黒い目に映して居ました・・・。
結婚してから、ハルのお母さんの近くで暮してたハル達でしたが。それから2年が過ぎ、ハルが27歳の時でした。
ハルは男の子を産みました。
子供を産んで入院してる時に、ハルのお母さんは、あのお姉ちゃんの熊のヌイグルミを連れて来てくれました。
そしてヌイグルミを抱えながらハルの赤ちゃんを見たお母さんは、目に涙を浮かべ「お姉ちゃん。ハルがね。お母さんになったんだよ・・・!」と、ヌイグルミに話しかけました。
それからお母さんは「ハルがね・・・。ハルがね・・・。」って、何度も言いました・・・。
何度も何度も言いました。
ハルはベッドに寝たまま、そんなお母さんの姿を見て居ました。
お母さんはハルが思ってたよりも、すこし小さくなってたのでした・・・。
ハルの目には知らない内に涙が溢れてました。
「お母さん・・・。お姉ちゃんのヌイグルミをもらっても良い?お母さんと、お姉ちゃんに、この子を見守って欲しいの。」
ハルがそう言うと、お母さんは「良いよ。」と、言って、抱えてるヌイグルミの手を持って、ハルに差し出しました。
ハルは「お姉ちゃん・・・長い間いっしょに居なくてごめんね。また、よろしくね。」と言って、ヌイグルミの手を握りました。
大きな熊のヌイグルミの手は、少し擦り切れてました・・・。
ハルが熊のヌイグルミの顔を見ると、その頬も少し擦り切れてました。
ハルの目には、また涙があふれてました・・・。
それからハルは、夫と一緒に働きながら、女の子と男の子を産みました。
ハルが結婚してから10年が過ぎてました。
お母さんが家に来て子供たちの面倒を見てくれてるお蔭で、ハル達はここまで来れたと思ってました。
お姉ちゃんの大きな熊のヌイグルミも、もう、何度直したか分かりません。
それだけたくさん、子供達と遊んだのです・・・。
それから16年がすぎた冬の日。
ハルのお母さんが亡くなりました・・・。
ハルも。ハルの夫も。そしてハルの子供達も。
みんな泣きました。
お母さんは、たくさんの思い出を家族に残してくれました・・・。
ハルは、お姉ちゃんの熊のヌイグルミを抱きかかえて、お母さんを見送りました・・・。
その時、晴れた空なのにチラチラと雪が降ってきました。
そして一片の雪が、ハルが抱える熊のヌイグルミの黒い目に当たり、静かに融けたのでした・・・。
それからたくさんの時間が過ぎました。
ハルは、お婆ちゃんになって居ました。
長男は結婚して子供も居ました。
娘は2度の結婚をして、今は一人で男の子を育ててます。
次男は女性にも男性にもモテるらしく、そうした日々を楽しんでるようです。
お婆さんになったハルは、今となっては、子供達の人生は子供達のものだと思ってるので、ただそれぞれが幸せになって欲しいと思ってました。
ハルの夫は、もう3年も前に亡くなり、ハルはそれも、お姉ちゃんのヌイグルミを抱えて見送っていたのです・・・。
そんなある日。
結婚して2人の子供も居た長男夫婦は、ハルが子供の時に、お母さんとお婆ちゃんと、お姉ちゃんのヌイグルミとで暮らして居た家に住んでたのですが。長男がハルに「母さん一人ぐらいなら一緒に住んでもだいじょうぶな部屋もあるから、一緒にすまないか?」と言ってくれたのでした。
少しおどろいたハルでしたが。
「私一人じゃなくて、お姉ちゃんの大きな熊のヌイグルミも一緒になるけど、それでも家の中が狭くならないのなら、お願いするよ・・・。」と、嬉しそうに答えたのでした。
もちろんハルのその答えに長男夫婦とその家族は、大喜びしてくれたのでした。
それから5年。
ハルは孫に追われ、そして囲まれて、忙しくも幸せな日々をすごしました。
でも、それにも終わりが来ました。
冬の昼過ぎ。
ハルは、家の暖かなリビングのソファーの上で、お姉ちゃんの大きな茶色い熊のヌイグルミを抱いて、横になって居ました。
リビングでは、ストーブが静かに燃えてます。
ずっと前から、不思議とハルには、自分の人生の終わりが分かる気がしてました・・・。
ううん・・・。
気がしたのではなく。
本当は、分かってました。
それは、今のハルと、お姉ちゃんの熊のヌイグルミにとっては、何も不思議では無かったのです。
遠い昔の・・・あの日。
ハルが二十歳の時に。
今ハルが横になってるソファーの上で、ハルのお婆さんが亡くなった時。
そして、ハルのお母さんが亡くなった日。
お姉ちゃんの熊のヌイグルミは、二人の死を見守って居ました・・・。
そして今。
ハルは、大きな熊のヌイグルミを抱きかかえ横になって、リビングのソファーから見えるストーブの暖かな赤い炎を、薄れていく意識の中で眺めてました。
すると聞こえて来たのです。
自分が3歳になる頃に、一緒に遊んでた時の、お姉ちゃんの声が・・・。
それは、子供のままのお姉ちゃんの声・・・。
ハルが幼い時の記憶の中の、お姉ちゃんの声と思い出でした。
ハルは今。
人生で一番幸せな眠りに就こうとして居ました。
ハルはヌイグルミの顔に頬を寄せて、その頭をそっと撫で言いました。
「お姉ちゃん。今まで見守ってくれて、ありがとう・・・。」
するとハルは、思い出でのなかと同じ、子供のままのお姉ちゃんの優しい声を聞きました。
「ハル・・・今まで頑張ったよ。もう行こうか・・・?」
「うん・・・そうだね・・・。ハルも行くよ・・・お姉ちゃん・・・。」
そう応えたハルの最後の言葉は、声にはなりませんでした・・・。
お わ り
読んで頂きまして幸いです。