⑤ BRICSがドルへの挑戦状
質問者:インドの動向が対ロシア制裁、対中国にとって一番重要だと言うことを以前のエッセイではおっしゃっていましたよね?
最近ではインドもロシアに対して冷ややかになってきたという報道があったのですが……。
筆者:そうですね。
9月の最初に行われたロシアのウラジオストクで開催された東方経済フォーラムでインドのモディ首相とプーチン大統領が会談し、「今は戦争や紛争の時代ではない」と初めてウクライナ侵攻を批判したようですね。
また、同月、国連総会の場でインドのジャイシャンカル外相はウクライナ侵攻によって物価高やインフレが生じたと不快感を示したともあります。
質問者:これは良い事なのではありませんか?
筆者:これだけを見るとインドの姿勢が変化してきているように感じますが、実際はまだ違うことが明らかです。
22年5月24日のクアッド(日米豪印戦略対話)の会合では
クアッドとして、ウクライナ情勢について、ロシアを名指しで非難するような、4ヵ国の共同声明はありませんでした。主権や領土一体性の尊重、平和的解決の重要性を訴えただけにとどまっています。
これはインドの全方位外交を配慮しての共同声明であると考えられますので、この時点でインドの姿勢がうかがい知れます。
また、毎日新聞の10月1日の記事で
『国連安保理 「住民投票」非難する決議案を否決 ロシアが拒否権』
ロシアによるウクライナ東・南部4州の一方的な併合をめぐり、国連安全保障理事会(15カ国)は9月30日、親露派勢力による「住民投票」を非難し、ウクライナ領土の「いかなる地位変更も認めない」よう加盟国に求める決議案を採決にかけた。採択に必要な9カ国を上回る10カ国が賛成したが、常任理事国のロシアが拒否権を行使し、否決された。中国、インド、ブラジル、ガボンの4カ国は緊張の緩和が必要だなどとして、棄権に回った。』
とありますので、“いつも通りの棄権“で終わっています。
ちなみに、3月のロシアの侵攻に対する非難決議の際に反対国と棄権国の内訳はほとんど変化が無いようです。(反対国5と棄権国35という数に少なくとも変化なし)
つまり、これまで通りこれらの国々は直接的であれ間接的であれロシアを支援していくと言うことを意味します。
更にロイターの22年10月5日の記事では
『インド首相、停戦に貢献の用意表明 ウクライナ大統領に』というのがありまして、
『[ニューデリー 4日 ロイター] - インドのモディ首相は4日、ウクライナのゼレンスキー大統領と電話会談し、ロシア軍との戦闘について「軍事的解決はあり得ない」との見方を示し、停戦に向けた取り組みに貢献する用意があると表明した。首相府が発表した。
ロシアに寛容との批判がある中、ウクライナ戦争に反対する立場を明確にした。ただ、インド政府はウクライナ侵攻についてロシアの責任を追及しておらず、ロシア産原油および石炭を輸入する方針も変更していない。
声明によると、モディ氏は「ウクライナ国内を含む原子力施設の安全と保安の重要性」も強調した。』
正直なところ、ロシアが4州を併合した後の和平などと言うのはウクライナへ譲歩を求めることと同義ですので、問題外な姿勢だと思います。
質問者:インドは事実上のロシアへの支援と言うのは続けるということなんですね……。
筆者:残念ながらそうなります。注目するポイントは会議での発言や外交の礼儀も確かに大事だと思いますが、『実際にその国の政策がどう動いているのか』の方がポイントとして大事だと思っています。
さて、こうした中国、ロシア、インド、ブラジル、南アフリカの5か国で構成されているBRICSでは新しい通貨を発行するという動きがあります。
日本経済新聞の22年8月17日では『「脱ドル」決済網、中ロ拡大 BRICS、通貨バスケット創設も 経済制裁の抜け穴に』
『中国とロシアが独自の決済網づくりを進めている。ロシアのプーチン大統領は中国、インドなどと構成する新興5カ国(BRICS)の通貨バスケットを創設する考えを示唆した。ウクライナ危機や米中の緊張が高まるなか、「脱ドル」の取り組みは経済制裁の抜け穴になりかねず、通貨秩序を揺らす可能性もある。』
とあります。
質問者:この記事の中にある「通貨バスケット」と言うのは一体何のことですか?
筆者:通常はドルを基軸とした変動為替相場とSWIFTという決済システムを採用していると思うのですが、
この5か国の通貨をバスケットのように一つにまとめ、固定為替相場制度に近い形を取るようです。
彼らの予定では西側の金融システムを段階的に廃止するための新しい共同支払いネットワークの構築をしていると言うことです。
これを「ドルから基軸通貨を奪う」ところまで行かなくとも「匹敵する」ところまで行くところを狙いにしていると思います。
質問者:BRICSというのは伸びている国たちの総称だと思っていたのですが、具体的に統一通貨に向けての動きがあるのですね……。
筆者:比較的政治経済に興味がある僕ですらロシア・ウクライナ問題まではそんな風に考えていたので普通の方がそう思われていても無理はありません。
また、BRICSの加盟国は今のところは5か国ですが、その枠が拡充されるという話もあります。
2022年6月23日に中国を議長国として、第14回BRICS首脳会議がオンライン形式で行われた際に、オブザーバーで参加したイランとアルゼンチンが正式に加盟することを申請したというのがあります。
イランはご存知の通り原油大国ですが、アルゼンチンは2020年の統計によりますと穀物が世界6位、トウモロコシが世界4位、大麦が世界10位の生産能力を持っており世界有数の農業生産国といえます。
中国が両国の参加を支持しているという話もありますのでこの2ヶ国の加入の可能性はかなり高いと言えます。
また、BRICSが運営する新開発銀行(NDB、本部:中国上海市)は2021年9月2日、アラブ首長国連邦(UAE)、ウルグアイ、バングラデシュの3カ国を加盟国に迎えると発表しています。
これらの国々もBRICSに加わっていく可能性はあります。
質問者:5か国の話だとドルに匹敵するほどの通貨になり得るのかな? と思っていましたが、次々と加わっていく可能性があるんですね。
筆者:そうなんです。
また、上海協力機構と呼ばれる中国とロシア、インドを中心とした多国間協力組織も存在しています。カザフスタン・キルギス・タジキスタン・ウズベキスタン・パキスタンが上記以外の国では参加しています。
※逆にブラジルと南アフリカは参加していない
これらの国々に関しても連携していく可能性があります。
このように中国・ロシアを発端とした反米・親中の勢力と言うのが中央アジアや中東に向けて日に日に拡大していっているのです。
しかも、ここで新しい基軸通貨が出来ることでアフリカなどの貧困な国は追随する可能性はあります。
世界的なドル高により債務の返済が困難になっている国々はまだマシであろう新通貨に乗っかっていくことで事実上の債務減免を狙ってくる可能性があるからですね。
次に、中国ロシア側に明確につかなくとも、ロシアを支援する国々の理由についても見ていこうと思います。