⑮ 台湾有事と日本の農業弱体化政策
筆者:まず、日本が今の時点で輸入が出来なくなる可能性については“値段は上がるかもしれないが大丈夫”という結論で良いと思います。
キャノングローバル研究所 の22年10月6日の記事で
『日本で起きる食料危機とその備え─今世界で起きている食料危機─』
というものから引用させていただきますと、
『小麦の生産量世界第2位のインドが輸出制限をしたことが大きく報じられた。インドのような途上国が輸出制限するのは、放っておくと穀物が国内から高価格の国際市場に輸出され、国内の供給が減少、価格も国際価格まで上昇し、貧しい国民が穀物を買えなくなるからだ。インドの小麦生産は1億トンを超えるが、輸出量は93万トンに過ぎない。日本の輸入量でさえ500万トンを超える。インドの輸出制限は世界の小麦市場に影響しない。
中東やアフリカ諸国のように所得における支出の大半が食料にあてられる途上国にとっては、今回の危機は深刻だ。ただ、日本と途上国とでは状況が異なる。
われわれ日本の消費者が輸入農水産物に支払う金額は、飲食料品支出額の2%だ。小麦に限っていえば、わずか0.2%である。支出の大半は加工・流通・外食である。今すぐ日本で穀物が買えなくなるなどと考えることはナンセンスだ。大騒ぎになった08年でも、消費者物価指数は2.6%上昇しただけだった。』
簡単にまとめさせてもらいますと、現時点で生産量・輸出量を制限している国から依存をしていないので比較的安全な状況だと言うことです。
アメリカやオーストラリアが食糧の制限をすると大分厳しい状況になるでしょうが、少しアメリカの輸出量が減っているぐらいで基本的には大丈夫だと思います。
また、日本の資金力からすると輸入額全体に占める農産物の割合が少ない事から基本的には問題ないという状況だと言えると思います。
質問者:世界的には日本の食料調達能力はどのような評価なのでしょうか?
筆者:英誌エコノミストの調査部門であるエコノミスト・インパクト(Economist Impact)が9月20日に公表した食糧安全保障指標(Global Food Security Index)の最新版(2022年)によると、日本は調査対象の113カ国の中で6位となり、前年の8位から順位を上げたようです、
エコノミスト・インパクトの評価基準としては、食料安保を国内生産だけではなく「システム」として位置付け、各国の状況を「価格の手ごろさ」、「物理的な入手のしやすさ」、「品質・安全性」、「持続可能性・適応性」(前年の「天然資源・回復力」を改編)の4項目で数値化しているようです。
日本は特にデフレ経済が続いているので「価格の手ごろさ」が特に評価されているのだと思います。
世界的なインフレと比べると日本はかなりマシな部類ですからね。
なんとアメリカは13位ですから、いかに現時点での価格が影響しているか分かる評価基準となっています。
というのも、貿易で確保できれば食料安保上の問題はないとして、自給率に関連した項目は含まれていないようです。
質問者:現時点では6位と言うのはかなり意外ですね……。
それでは、どういう状況が日本の食糧事情に大きな影響が出るのでしょうか?
筆者:具体的には、最大の脅威は台湾有事による海上輸送路の遮断です。これが最も影響するのではないかと思います。
先程の食料安全保障のランキングが日本が6位であることについても“現時点の状況”と言うことで評価しているに過ぎないので、自給率が低い日本は将来の状況次第では大きく変わって来るように思えます。
台湾有事の可能性につきましては本稿の③をご覧になっていただくと分かると思うのですが、2024年までにかなりの確率で起きる可能性があります。
質問者:ですが、台湾海峡のみが封鎖された程度では大丈夫なのではありませんか?
筆者:確かに、太平洋側から船が回ってくれば問題無いように思えるかもしれません。
現にウクライナからの輸出ということも現時点においてですが、出来ていますからね。
しかしながら、中国がそれに応じてくれるかどうかは別問題です。
戦闘地域や中国の動き次第では全く船を近づけさせてもらえない可能性があるのです。
質問者:うーん、そうですか……。しかしながら、日本はお米の自給率が100%近いですよね? 取りあえずの所はお米を食べておけば大丈夫なのではありませんか?
筆者:現時点の状況下ではそうかも分かりません。しかし、問題なのは自給率の計算方法からすると有事の際には足りるとはとても思えないのです。
農林水産省の品目別自給率計算方法をご覧になってもらうと分かると思うのですが、
品目別自給率=国内生産量/国内消費仕向量
(国内消費仕向量=国内生産量+輸入量-輸出量-在庫の増加量(又は+在庫の減少量))
というように、“国内消費仕向量”というのに依存しているのです。
言い換えれば、どれぐらい消費をするかという予測です。
現在の日本人の食生活は主食はご飯だけではありません。
日本はパンや麺類などの小麦製品は消費量の98%を海外から依存しています。
そうなると、台湾有事が発生した際に米の必要量というのが今よりも大きく増え、コメの食料自給率というのが計算式の上で分母が増えることにより減少することが予想されます。
質問者:なるほど、消費必要量の予測が変化することで食料自給率が変わってしまうのですね……。具体的にはどれぐらい足りないのでしょうか?
筆者:農林水産省が発表した2022年産米の生産見通しはわずか675トンのようです。
それに対して、1400万トン必要だという推計もあります。
勿論、米以外で日本で生産することができる芋などで主食の代用も可能にはなるでしょうが、半分しか国民を現在のコメの生産量では賄うことができないのです。
質問者:それはかなり危機的な状況ですね……。
コメの代わりの作物を植えることは出来ないのですか?
筆者:農林水産省は、今の耕作放棄地や空き地にイモを植えれば必要なカロリーは賄えると言いますが、そもそも種芋がそんなに確保できているとは思えません。
また、耕作放棄地となった土地を農作物を植えられるようにするためにはかなり手間暇がかかります。
しかも、『コメが現在のように生産できれば』という前提条件に立っていますので、農業用機械を動かすためのガソリンや天然ガス、肥料などは輸入に頼っていますので、輸入が完全にストップしてしまうと現在よりも更にコメの生産能力が低下する可能性もあります。
60年代後半には年間でコメの生産能力は1400万トンを越えていたようなので、その頃から急速に低下して言っているようです。
農林水産省のこの“芋プロジェクト”は非常に楽観的な発想であり、国の危機感管理能力が欠如していると言わざるを得ません。
質問者:しかし、どうしてここまで生産能力が低下してしまったのでしょうか?
筆者:まぁ、日本政府の危機管理能力が足りないというのが全てですね。
GDPを追求し過ぎた結果、工業やサービス業などに全部振り切って、減反政策をやり続けたのが一番問題だと思います。
いざという時の有事について考えていなかったのでツケとして巡ってきたという感じでしょうか?
しかし、実際問題としては海外からの輸入品に関しては日本とは桁違いの農地から生産されるための“安さ”という武器がありますから、まったく事情が違い日本の国土では大量生産が出来ないという実情があります。
そうなると、競争社会に晒される場合において自ずと日本の農家として見ると削るところは“自分の利益”になってしまいます。
結果として、農業従事者は減っていき、慈善精神がある人や都会に住むのが嫌になってしまった以外の人ではほとんど高齢者だけになってしまっているというのが現状です。
これを防ぐために国は補助金をしてでも買い上げるなどと言った政策を展開していく必要があると思いますね。
質問者:しかし、一般的な話では「日本の農業は保護されている」と言うことのようですがそれについてはどうなのですか?
筆者:これについては、ホントにメディアが責任を持つべきだと感じます。
環太平洋連携協定(TPP) など諸外国との自由貿易協定(FTA) をめぐる協議の際、あたかも決まり文句のようにてくるのが今、質問者さんがおっしゃったような「日本の国内市場の閉鎖性」という表現です。
しかし、実情を見て見ますと日本の農業は“他国よりも保護されていない”というのが見て分かります。
「日本の関税率は高い」と言うのはコンニャクに1700%の関税、コメも300%を超える関税が設定されています。
このコンニャクとコメばかりが “やり玉” にあげられるのですが、キャベツなど他のさまざまな野菜の関税率は大半が3%ほどと農林水産省のデータを見ると分かります。
実際のところ、日本の農産物の9割は低関税率の品目なのです。そんな国は世界でも非常に珍しいということを覚えておいてください。
質問者:えっ……そうだったんですか……。と言うよりどうしてコンニャクがそんなに税金が高いんですか? そんなに守らなくてはいけない品目なのでしょうか……。
筆者:コンニャクの原料である蒟蒻芋の日本のシェアを見て見ますと9割以上が群馬県に集中しているようです。
これは昔からのことのようで、群馬県出身の議員に“首相経験者が多い”と言うことで非常に政治力が強く働いているものだと思われます。
まぁ、僕の過去のエッセイでも書いていますが例によって“利権”が働いていると言うことです
質問者:な、なるほどそういう特殊な事情なんですね……。
筆者:ええ、ですから、ほんのごくわずかに高関税の品目があり、そこだけを強調すれば「日本の関税率は高い」と思う心理が巧妙に利用されているというしかないのです。
日本の関税率は、多国間協定などの自由貿易協定を除くと平均11.7%。
対して韓国の平均関税率は62%、スイスは51%となっているようです。
スイスは改正前の憲法にも「食の安全保障」を国家目標として盛り込んでいましたが、先の憲法改正で、それを明記したほどです。
質問者:しかし、どうして関税率が高いと国民は思いこまされているのでしょうか?
筆者:これについては長くなりそうなので次の項目で見ていこうと思います。




