幽霊屋敷?
ある夏の日。
大学生の俺は、長い夏休みを利用して一人旅をしていた。
快速電車を使っても3時間かかっただろうか…終点から終点に乗るとそんなものかな?
特に何の計画も立てずに始めた旅だったこともあり、駅を出ても、特にどこに行こうという予定はなかった。
「来たはいいけど、これからどうしようか…ん?」
ふと空を見上げると、濃い色の雲が上空を覆っていた。
「これはもうじき、雨が降るかもな・・・」
なんて独り言を言いながら、あてもなく歩き出そうとしたが、寝泊りできるところを確保しようと思った。
少し離れたところに旅館があることを聞いて、そこに行こうと思った。
だが、その時に不吉な話を聞いた。
その旅館の近くに大きな屋敷があるが、そこには幽霊が住み着いてるとか・・・。
今では「幽霊屋敷」と言われて誰も近づかないらしい。
その幽霊屋敷の影響で、旅館の客足は少ないとか・・・。
「とんだとばっちりだな…」
なんてことを呟き、その旅館に向かうことにした。
だが、もう少しで旅館に着くというところで雨が降り出した。
傘を持ってなかったこともあり、俺は慌てて雨宿りできるところを探す。
すぐそばに雨除けができるところを見つけ、その下に駆け込んだ。
「ふぅ…一時しのぎにしかならないだろうけど…ん?」
ふと後ろを見ると、武家屋敷にありそうな大きな門があった。
「…まさか…ここが例の…?」
なんてことを呟くと、門が重い音を立てて自動で開いた。
幽霊屋敷と聞いて廃屋を想像していたが、開いた門の奥に見えたのは立派な屋敷だった。
周りの庭も綺麗に手入れされており、今も誰かが住んでいるような感じがした。
俺はその門をくぐり、雨だったこともあって玄関までのわずかな距離を走った。
玄関の前まで行くと、門は誰もいないのに重い音を立てて閉まった。
自動開閉装置でもつけてるのか?と思いながら、玄関の扉を見る。
屋敷や庭は丁寧に手入れされてるみたいだが、人がいる感じがなかった。
(どういうことだ?)
と思っていたところに、玄関の扉が引きずるような音を立てて開いたが、扉の向こうには誰もいなかった。
(本当に何なんだ?)
なんて思いながらも、中に入った。
すると、玄関の扉は誰もいないのに引きずるような音を立てて閉まった。
まさかと思って手で空けようとしたが、びくともしなかった。
「閉じ込められたか…」
と呟くと、玄関の奥に続く廊下から誰かがゆっくり歩くような、ぎし…ぎし…という音が聞こえる。
ゆっくり振り向くと、白い装束を着て、長い前髪で顔を隠した、まさに貞子を思わせるような男か女かもわからない人の姿をした者がそこにいた。
「う~ら~め~し~や~」
と女性の声で言いながら両腕を幽霊みたいに伸ばしてくる。しかし、
「おぉもぉてぇめぇしぃやぁ~」
と言いながら同じことをすると、相手はずっこけるような仕草をした。
(どうやら人間みたいだな)
とつい楽観視してしまった。
貞子(?)は気を取り直し、俺の腕に冷たい手で触れると、部屋を案内するように歩き出した。
案内された部屋は綺麗に手入れされた和室で、真ん中のちゃぶ台には呪いのお札のような紙があった。
なぜ呪いのお札と思ったのか、その紙には血文字で「この屋敷に1週間泊まれたものは無料とする。ただし、生きていられたらの話だ」と書かれていたからだ。
大抵の人はこれを見て震え上がるのかもしれないが、俺はインクの匂いに気づいて呆れた。
そして呪いのお札(?)の二枚目には、1枚目と同じような血文字で「食事は各自で用意すること」と書いてあった。
「…くつろげるものなら、くつろいでみるがいい…」
それだけ言って、貞子(?)は部屋を出て行った。
廊下からは貞子(?)がゆっくり歩く、ぎし…ぎし…という音が徐々に遠くなっていった。
俺は相手はもちろんだが、自分にも呆れてしまった。
その後、駅の売店で買ったおにぎりを3個ほど食べて昼の食事を済ませた。
「さて、今から何しようか…」
と独り言を言うと、隣の部屋から金属を何かでこするような、じゃーっ…じゃーっという音が聞こえてきた。
「この音はまさか…何やってるんだあの人は!」
俺は苛立って部屋を出ると、音が出てる場所と思われる部屋に行った。
隣の部屋に入ると、音の正体は案の定だった。
貞子(?)が砥石を使って刃がぼろぼろの出刃包丁を研いでいたのだ。
「見~た~な~?」
と言いながら包丁を向けてくる。だが…
「見られたな~?」
と言い返すと、貞子(?)が持っていた包丁はポロっと手から落ち、床に刺さった。
俺はそれを拾って聞いた。
「さっきみたいな下手な研ぎ片したら、いつまでもこんなぼろぼろのままだぞ。よく見ておけ」
俺はそう言って砥石の前に座り、包丁の研ぎ方を教えた。
乾いたままの砥石を水が入った洗面器に浸し、気泡が出なくなるまでそのままにした。
しばらくして砥石から気泡が出なくなったところで取り出して固定した。
「包丁の研ぎ方は、寝かせたときに刃を自分のほうに向けて、奥から手前に引くようにして研ぐんだ」
言いながら、説明したとおりに研ぐ。
貞子(?)がやった時とは違い、しゃっしゃっという音がする。
「…どこで、それを…」
「バイト先のレストランで教わった」
この後もいろいろ説明しながら包丁を研ぎ終えると、それを返した。
「大事にしろよ?」
これだけ言って、自分の部屋に戻り、昼寝をした。
目が覚めると雨は止んでおり、時計を見ると午後6時だった。
体を起こすと、腹が空腹を訴えた。
その時、廊下から貞子(?)がゆっくり歩く、ぎし…ぎし…という音が近づいてきた。
そして部屋の襖がゆっくりと開き、貞子(?)が顔を出したと思ったら、
「ばんめしや~」
と恨めしそうな声で言う。が、
「ばんめしまえや~」
と普通(?)に返事したらずっこけた。
「幽霊の振りはやめてもいいんじゃないのか?」
「う、うぅ…どう、して…」
体を起こしながら言う。
「どうして、まったく怖がらないの…?」
俺は自分で言うのもなんだが、自他ともに認める怖いもの知らずで、ホラー系の映画を見たり小説を読んでも怖いと思ったことがないのだ。
「それで、私を見ても平気だったのね…」
「まぁそうだけど、そもそもこんなことする必要あったのか?」
聞けばこの屋敷は、二階がないのに時々部屋の上からトトトトトトという音がするらしい。
しかも自分以外誰もいないことで恐怖の度合いは増し、お化けかもしれないと思って知人に相談したら、自分がお化けになればそのお化けも出ていくんじゃない?と言われたそうだ。
それを真に受け、何がいいか探したら自分には貞子がぴったりだと思い、かつらを後ろ向きにかぶって貞子になった。
インクで血文字っぽく書いたお札は、自分で思いついた内容だった。
ここまで聞いたとき、部屋の上からトトトトトトという音がした。
「こ、この音なの…自分とあなた以外、誰もいないはずなのに、どうして…」
貞子(?)は怯えながら言った。
「これ、天井裏をねずみが走る音だぞ?」
過去に何度か聞いて知っていた。
「ね、ねずみ…」
貞子(?)は目を点にした。
その後、貞子(?)はかつらを取り、別の部屋に行って着替えてきた。
「何なのよもう…友達に言われたとおりにした自分が馬鹿じゃない」
「そういえばどうして、ここにはあんたしかいないんだ?」
「2か月ほど前に親戚から頼まれたの。海外に赴任することになったから、戻ってくるまでの間、この屋敷を頼むって」
貞子(?)は大学に行くために地方から来てるそうだ。
飯とかどうしてたんだろうと思ったが、その辺は勝手に納得して割合しよう。
「そういえば、名前言ってなかったわね。私は由梨。大学1年よ」
「俺は祐也。大学2年だ」
これからどうするかを聞かれたが、今週いっぱいはここにいようかと思うことを話した。
「そうしてくれると助かるわ。この屋敷、不気味なぐらい広くて、しかも私しかいないから余計に怖くて…」
この後はいろいろ雑談を交わし、一緒に夕飯を食べて、大浴場に入って少しして寝た。
翌朝。
起きて寝間着から普段着に着替え、昨日買いだめしたおにぎりを3個ほど食べてお茶を飲んだ。
しばらくして・・・。
「あさめしや~」
と言いながら貞子(?)が襖を開けて顔を出した。が、
「あさめしすんだ~」
と返事をするとずっこけた。
由梨は苦笑いしながら体を起こしてかつらを取った。
気を取り直して今日は何をしようかと話したときに、由梨が貞子になるきっかけを作った友人を屋敷に呼ぶことにした。
その友人は最初は笑っていたが、実際に屋敷に来た時に、自動で開閉した門を見た時から青い顔をするようになり、門の奥の自動で開いた玄関に入って靴を脱ごうとしたときに玄関が自動で閉まって動かせなくなったことで恐怖の度合いは増したみたいだった。
友人は震えながら上がり、由梨を呼んだものの、誰も来なかった。
襖が開いていた一室に入り、荷物を置こうとしたときに、ちゃぶ台にある呪いのお札を見てひぃいいいいいいという声を出した。
そして、由梨が貞子になって襖を開け、うらめしや~と言うと、気絶してしまった。
由梨はしまったと思いながら着替え、俺は気付けをして事情を説明したことで、和解(?)した。
1週間ほど過ぎて俺は由梨と連絡先を交換して帰ったが、その数日後に映画に関するニュースで、ホラー映画のお化け役に由梨が決まったのを見て驚いた。
由梨はインタビューで苦笑いしながら、きっかけを話した。
俺が帰った後、親戚が帰ってきて、屋敷に仕掛けられた監視カメラを見たそうだ。
そこには、由梨が貞子になって映っていたのを見て一瞬ぞっとしたが、俺が全く怖がらないどころか返り討ちにしたのを見て笑ったそうだ。
その映像を映画監督の知人に見せたら、由梨をホラー映画のお化け役に是非!となって今に至るらしい。
携帯を見たら、由梨から「助けて~!!」とメールがあって苦笑いするしかなかった。
夏休みが明けて・・・。
「由梨も大変だなぁ…」
と、大学のベンチに座って空を見上げながら言うと、
「おかげさまでねぇ~」
と言いながら、俺の首に後ろから冷たい手で触れてきた。
一緒の大学だったとは知らず、キャンバスで会ったときはお互いに苦笑した。