99話 ランクアップ
本日もよろしくお願いします。
昨日も投稿していますので良ければそちらからお読みください。
「ああ、さっきまでの気分が嘘みたいだ!こんなに清々しいなんてよぉ!」
人生で一番笑っていると思わせるほど笑顔な大官寺亮典は正面でバスターソードを弾かれたシュターレンのグロスヴェート目掛けて大きく一歩を踏み込んだ。
狙われているグロスヴェートは大きく後ろへ跳躍しようとする最中、シュターレンのアウグスティンが速く動いて大官寺亮典に斬りかかった。
しかし、大官寺亮典はアウグスティンを気にすることなく殴る姿勢。
そして、オーラを纏ったアウグスティンのショートソードが二振りとも大官寺亮典の左腕を斬ろうとした。
「何ッ!?」
アウグスティンの想像に反して大官寺亮典の腕は斬れるどころか食い込む気配もなかった。
ショートソードが振れた腕の部分は光沢のあるダークグリーンに変わっていた。
そこだけが金属に変わっている。
更に大官寺亮典の右拳も同じように光沢のあるダークグリーンに変わりグロスヴェートの左胸を殴りつけた。
「グハッ!?」
動揺していたのか判断が遅れて回避が間に合わず直撃したグロスヴェートの鎧が陥没していた、それほど威力が高いということ。
グロスヴェートの踏ん張りが効いていなかったことで彼は盛大に飛ばされた。
驚愕するアウグスティンに大官寺亮典は間髪入れずに左腕で弾きながら左拳で彼の右胸を叩きつけた。
「ガッ!?」
グロスヴェートと同じように鎧は陥没して吹き飛んだ。
今までと違う変化に戦況を見ていた面々もまた驚きを隠せないでいた。
「なんだよあれ!?」
「今まで隠していたのか!?」
「あんなに硬いんじゃ勝てるわけがないだろっ!!」
驚きから恐怖や不安が騎士団や魔法士団へ伝播する。
シュターレン達がやられる姿にざわめく。
帝国が誇る軍団と言えど人間、目の前の光景に感情は素直に働くと言うもの。
大門を守る兵士達がどうすればいいのか分からなくなったとき。
大官寺亮典の真上から何かが降ってきた。
少し離れたところに落ちてきた何かの影が出来ていたため、大官寺亮典もそれに気づいて上を見上げようとした。
大官寺亮典の頭に黒いショートソードが直撃していた。
金属同士のぶつかる音が響いた。
それでも大官寺亮典の頭は割れるどころか傷一つ付いていないのは先程と一緒。
右腕で軽く振るう動作によって黒いショートソードの持ち主は弾かれるように空中で体を捻らせながら着地した。
奇襲を仕掛けたのは頭からローブを被って黒いショートソードを力強く握っていたポーラだった。
彼女を見て大官寺亮典は訝しみつつそのまま応戦した。
「大したことがない奇襲だな!雑魚がぁ!」
鋼色のオーラを纏って距離を詰めた大官寺亮典が左拳で殴りつけた。
それをポーラがショートソードで攻撃をいなしながら左側へスライディング。
同時に相手の左足へ蹴りを入れた。
しかし、鋼色のオーラを纏っていたため直接足へ届かず寧ろ硬いものを蹴ったことに因る反動がポーラを襲った。
「痛い!?」
「バーカ!効くかよ!」
振り向きながら大官寺亮典は左足を持ち上げてポーラを踏み潰そうとした。
「オラッ!」
ギリギリでポーラは身を捩って避けたが、その場所は踏み抜かれたことで大きく陥没した。
体勢を直して再び構えるポーラに大官寺亮典は高笑い。
「お前の攻撃は軽いんだよ!」
「能力に胡坐を掻いているクズが見下すな!」
「はぁ?能力は当人のものだろ!?この力は俺の一部で俺自身だ!嫉妬しているのかぁ!?そうだよなぁ!お前らこの世界の人間は持ってないもんなぁ!?」
大きく一歩を踏んで大官寺亮典は両の拳でラッシュを駆けた。
それに対してポーラはショートソードで捌きながら致命傷を避け続けた。
「どうしてこの街を破壊した!?この街の人間はお前に何もしていないだろ!?」
「はっ!俺の通る道に建物や人があっただけだ!邪魔だから潰した!お前達だって道を作る時に木を切るだろ?それと同じことをしただけだ!」
「ふざけるな!そんな屁理屈で人を殺すのか!?」
「この国が俺達をここへ連れてこなければこんな事にはならなかっただろうなぁ!寧ろ俺は被害者なんだよ!何をしたって許される!いやっ、俺のやることが全て正しい!」
「向こうの世界でも平気で人に暴力を振るう男がこの期に及んで被害者面するなよ!!」
「お前に俺の何が分かるんだ!?あぁ!?」
大官寺亮典の右脚からミドルキックが飛んで来た。
ポーラは潜り抜けながらショートソードで斬ろうとしたが直前で脚の表面が変質して斬ることが出来ず弾かれた。
「わたしがヒラモトシンゴだったとき、この世界へ来てからお前にひどい仕打ちを受けた!」
「平本だぁ!?そんな奴いたかぁ!?」
「忘れたとは言わせないぞ!」
「そもそもお前は勇者じゃないだろ!仮に居たとしても向こうの世界のクソ雑魚だろっ!ストレス発散のために殴った奴なんてもう覚えてねーぞ!!ハーハッハッハッ!!」
「ふざけるなああああああああああ!!」
今の大官寺亮典は鋼色のオーラを覆ったままだが皮膚は常に変質させてはいなかった。
その人間の皮膚の部分を斬ろうとポーラは相手の左手首や左脇腹を狙った。
ポーラの斬撃の軌道に気づいた大官寺亮典は左手をダークグリーンに変質させたが手首まで覆えず腕ごと下げた。
振り下ろした黒いショートソードで直接斬りかかるが変質した皮膚によって防がれてしまった。
「あぶねーあぶねー。」
(この場所で初めて使う力…な気がする、実は使いこなせていない?だから焦った顔をしたのか?)
何かを推測するポーラだが、大官寺亮典の顔は直ぐに余裕の笑みになった。
「そろそろ俺に殴られてくれねーか!?」
「誰が殴れらるか!」
両の握り拳をダークグリーンに変質させた大官寺亮典はポーラへ殴りかかった。
両拳から放たれるラッシュにポーラは黒いショートソードで捌きつつ体をずらして避け続けた。
懐へ潜り込もうとするポーラだったが大官寺亮典の右脚による蹴り上げで後退を余儀なくされたが頭に掛かったローブが風圧で取れてしまい素顔を晒した。
「やっぱりこの世界の人間じゃねーか、適当な事言いやがって!それにしても美人じゃないが悪くないな、手足を折ってから遊ぶのも悪くねーなぁおい!」
下卑た顔の大官寺亮典にポーラは更に怒りで顔を歪めた。
「お前は何処まで行ってもクズで下衆だな!」
ポーラの瞳が赤くなりショートソードを含む身体全体に薄暗いオーラへと変わった。
先程よりも動きが鋭敏になって大官寺亮典の攻撃を余裕をもって避けられるようになった。
「何処かの少年漫画かってーの!」
大官寺亮典が迫りくるポーラに向かって左拳で殴りつけた。
それをポーラは内側へ入りつつ相手の左腕にショートソードを沿わせて懐へ入り込んだ。
「いてえ!?」
大官寺亮典の顔が歪んだ。
鋼色のオーラを通り越して左腕の地肌数ミクロメートルを削っていたからだ。
恐らく反応が遅れて変質させる前に斬られたのだろう。
そしてそのままショートソードが大官寺亮典の左肩から斬り裂かれようとした。
「クソガァァァァァァァァァァァァァァ!!」
上半身の表面が一部を除いて光沢のあるダークグリーンに変わった。
何もなければ斬り裂いたかもしれないところでショートソードは変色した左肩にぶつかり、そのまま表面を滑って振り抜いた。
「はっ!?」
斬れると確信していたのか予想外の展開にポーラは動揺した。
変質させた部分を殆ど元に戻した大官寺亮典は変質させた右拳だけでポーラの胴体を殴り飛ばした。
「!?」
横からくの字になって吹き飛ぶポーラ。
そのまま地面に着地せず建物へ突っ込んで壁をぶち抜いた。
土ぼこりを見た大官寺亮典は嬉しそうな顔をしていた。
「バーカ!俺を斬れる訳ないだろ!それにしても滅茶苦茶吹っ飛んだな!これは死んだな!」
そこへ新たに乱入者が二人、ジョエルとシュゼットだ。
彼らはポーラが飛ばされた場面を見ていただけに直ぐに行動に移った。
「ジョエルはそこのデカ物を!」
「あいつやばいだろ!」
ジョエルは背負っていた斧を両手に持って大官寺亮典と対峙した。
「またおっさんかよ?いい加減飽きてくるなぁ!」
「だったら暴れるのはやめて大人しく投降しないか?」
「はっ!やっと自由になったんだ!さっさと皇帝の椅子を取りに行くしかないだろ!」
「俺はお前みたいに暴力で解決する奴が嫌いなんだ。」
「気が合うじゃねーか!俺もお前みたいな大人がクソだと思っているからな!心置きなく潰してやる!」
ジョエルの斧と大官寺亮典の拳がぶつかり合った。
一方、シュゼットは建物にぶつかったポーラの救出をしていた。
瓦礫を退かしながら奥へ進むと瓦礫のベッドに体を預けるポーラが居た。
この建物は宝石店らしく、幾つもの宝石が床に散らばり棚が壊されていた。
「ポーラ、大丈夫かなニャ!?」
シュゼットは慌てて駆けつけ、瓦礫を掻き分けてからポーラを抱きかかえた。
「だ…大丈夫……です。」
シュゼットは背嚢からポーションを取り出してポーラに飲ませた。
「ありがとう…ござます。」
「初めて話したけど君は無茶をする子なんだニャ。」
「あれは……絶対に殺さないといけないんです。」
「確かに手を付けられない感じニャ。」
シュゼットの手を借りてポーラは立ち上がった。
ポーションを飲んだとはいえ効果は直ぐに出ない。
ボロボロになったローブを剥いで呼吸を整えた。
「可愛い顔が台無しだニャ。」
「冒険者をやっている以上気にしていられませんよ。」
「それでも女なんだから出来るだけ綺麗でいないとニャ。」
「だからシュゼットは毛並みが綺麗なんですね。」
「そうニャ!そこを分かってくれるなんて嬉しいニャ!」
時と場所が違えば微笑ましかったかもしれないが今は緊急事態。
それでもお互いに強張った表情は和らいだ様子だ。
「近くでもう一人の少年がシュターレンと戦っていたみたいニャ。」
「多分共闘されるとは思えませんけど、そちらはシュゼットが向かってください。」
「命の危険が迫ったら逃げるかもしれないニャ。」
「それは冒険者の特権みたいなものなので。ジョエルも危機に瀕したら逃がしますので安心してください。」
「あいつはどうにか生き残れるから使いつぶして良いニャ。」
「ではお借りします。」
二人は建物から出てそれぞれの戦いに向かった。
一方、小田切翼とルートの戦いは拮抗していた。
と言うよりはどちらも攻めあぐねていた。
シュゼットはルートの傍へ駆け寄り声を掛けた。
「加勢に来たニャ、シュターレンのルートちゃん!」
「ん、冒険者か。出来れば一人でどうにかしたかったな。」
「プライドに感けて負けると皇帝の危機になりやすいニャ。」
「最悪他のシュターレンやあの魔法士集団であればどうにかしてくれると思うが、まぁここで止められるなら良いか。」
「よろしくニャ。」
「お互いに連携は期待しないように、な。」
「分かってるニャ。」
シュゼットは腰のナイフを握って動き出した。
彼女達のやり取りを見て小田切翼は苦い顔をした。
「二対一とか卑怯でしょ……。」
それでも小田切翼は緑と鉄色のオーラを両腕に纏って構えた。
ポーラが戦線復帰すると、大官寺亮典と戦うジョエルは防戦一方だった。
本来の彼であれば大きな斧を振り回して強大な一撃を与える戦い方をするのだが、相手の防御に歯が立たず寧ろ重い一撃を貰うのを恐れて避けるか武器を盾に防ぎ続けていた。
「んだよおっさん!さっきから攻撃しないでビビッてんのか!?大した事ないな!」
「そんな挑発に乗れるほど俺も若くはないんでね!」
一見余裕は見せてはいるもののジョエルの体は汗まみれ。
まだ一撃を受けていないとは言えかなり神経を使って防戦しているらしい。
他方でグロスヴェートは陥没した鎧を外してシャツ姿になっていた。
それはアウグスティンも同じだった。
彼らの鎧は殴られた部分が陥没しているがそれは鎧の下にある肉体もまた影響を受けていた。
しかし、グロスヴェートは体全体に力を込めると陥没した胸が浮き上がった。
常人であれば出来ないワザであり、やったとしても体に影響が出そうなものだ。
「おい!アウグスティン!お前は動けるか!?」
「ヴェートみたいに戻すことは出来ないが、引き付けるくらいなら……。」
呼吸をするのも苦しそうなアウグスティンだが自力で立ち上がり、ショートソードをそれぞれ構え直した。
そこへポーラが二人の元へ駆け寄った。
「二人とも、少し宜しいでしょうか?」
「嬢ちゃんは冒険者だよな?」
「はい。」
「あいつに立ち向かえるなんてすげーな!」
「どちらかと言えばこの場所へは立ち入られないようにしていたはずだが……。」
アウグスティンの言葉に気まずいポーラだったがグロスヴェートは気にせず話を続けた。
「あの斧を回している男は味方で良いんだよな?」
「はい、彼は冒険者のジョエルです。」
「そうか、それで用件は?」
「あのクズ野郎に関する確認です。」
シュターレン二人とポーラが見て感じた情報を互いに交換した。
三人が脅威に感じているのは大官寺亮典の肌が変質すると武器が通らなくなること。
「魔法はどうなんだ?」
「多分有効じゃないかと…火や水の痕から魔法士達が攻撃していると思いますがあの様子では。」
「そうか……。」
「現状であの防御を崩せる手はないのか?」
アウグスティンが手段を模索するが浮かばないようだ。
「正面からはそうかもしれません。」
「正面?背後ならいけるとか?」
「いえ、体全体を変質されると思いますが―――」
ポーラの話を聞いたシュターレンの二人は神妙な顔をした。
「俺としては正面から叩き斬りたいがな。」
「最悪の場合はヴェートに任せるが、その前に彼女の案を試しても損はない。」
「仕様がないな、嬢ちゃんが死んだら骨くらいは拾わせるからな。」
「それは光栄な事です。」
ポーラは背嚢から木製の容器を取り出して指先サイズの丸薬を取り出して口に含んだ。
アイコンタクトで二人に促した。
「大胆だな。」
「本当に。」
グロスヴェートとアウグスティンは大官寺亮典へ挑むため走り出した……。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
不定期更新ですが時間のある時に読んでいただけると幸いです。
補足・蛇足
大官寺亮典 【メタルガン】Sランク
スキル:フルメタルノイド/自身の肉体を超硬度金属の状態に出来る(基本的には皮膚の硬化に留めることができ、痛みを殆ど感じなくなる)。見た目は光沢のあるダークグリーンへ変質する。
Aランクから昇格したと同時に得た新たなスキルだが、獲得して十全に使いこなせるわけではない(英雄人も一部のスキルを使いこなすのに数か月はかかっていた)。切断された腕を繋ぎ直したのもこのスキルによる応用だが当人は無意識に使った。
グロスヴェート
フレイメス帝国が誇る最高戦力の一つ『シュターレン』の一人。力押しが得意で最前線で暴れるタイプ。常日頃から全身を鍛えているため肺が陥没しても自力で形を戻せるらしい(折れた骨は意識的に戻せない)。
アウグスティン
フレイメス帝国が誇る最高戦力の一つ『シュターレン』の一人。高速戦闘を得意としており二振りのショートソードで軽やかに戦うスタイルだった。そのため、足の筋肉が異常に鍛えられている。
ジョエル
フレイメス帝国で活動する冒険者。武器は大斧で大柄な方だが似たような体型の人達の中ではフットワークが軽い方。人に優しく出来る人を尊敬している。よく猫人のシュゼットと行動する。




