92話 暴君が解き放たれる時
本日もよろしくお願いします。
ポーラが武田康太を眠らせてから何時間も経った夜。
どちらかと言えば朝方に近い時間帯。
フレイメス帝国の帝都内の騎士団区画は見張りの兵士以外は寝静まっているため静かである。
暗い区画内で二人の従士が足早に歩いていた。
一人は腰に雑嚢を巻いてもう一人は両肩に駆けた雑嚢を背負って従来の革製の防具を纏った軽装備。
そんな二人が足音を立てずに進む様は他の従士と違う。
従士達の宿舎から大分離れた場所にある建物、それは囚人達を閉じ込めている監獄だった。
二人の行き先は監獄であり、出入り口で見張りをしていた二人の従士達に声を掛けられた。
「お前達、朝からランニングか?そこまで気合を入れなくてもいいだろう?」
「少しでも強くなるためには出来ることをするべきだと思ってな。」
「俺達は見張りで眠いってのによぉ。」
「悪いな。」
「出世したら酒でも奢ってく」
見張りの従士達は口を塞がれてから直ぐにナイフで首を掻っ切られた。
「「!?!?」」
二人とも声を出すことなく少しずつ体から力が抜けて行った。
従士二人は見張りの従士達を出入り口の内側へ引きずって放り出した。
次に向かったのは一階の宿直室。
この部屋は日替わりで監獄の管理をする従士達の部屋である。
四人分の椅子と一つのテーブル、一つの壁側には藁が敷かれており寝るための布も上から被さっていた。
序に言えば木製の容器が幾つも転がっておりアルコールの匂いが充満していた。
そこに寝ているのは勿論従士達で年齢は様々だ。
六人が藁のベッドで寝ているが従士二人が来たことに誰も気づかない。
「酒を振舞った甲斐があったな。」
彼らがぐっすりと寝入っているのは二人の従士が酒を渡して飲んでもらったことに因るものらしい。
無断で足音を立てずに入った二人の従士はやはりナイフを手に持ち一人ずつ襲った。
四人が小さな呻き声をあげたり小さく身じろぎしたことで残りの二人がゆっくりと目を開けて左右を見た。
「なっ!?」
「だ」
寝ぼけていた二人だったがそれでも直ぐに起き上がろうとした。
だが、そんな二人は他の四人と同じ運命を辿ってしまった。
全員が動かなくなって直ぐに彼らの体を探ると一人の従士の腰に繋がっている十本の鍵を発見した。
紐で結ばれていたため、ナイフで切り外して二人は部屋を後にした。
次に向かったのは二階。
ここにも四人ほど従士がいるも全員壁に寄りかかりながら寝入っていた。
彼らも宿直室の六人と同じ運命を迎えてしまった。
二人は全部で四つある部屋を一部屋ずつ鍵を開けて中を確かめていた。
最期の部屋も鍵が掛かっていたが先程手に入れた鍵の一つを使って難なく開けて入室した。
部屋の中は木製の棚が幾つもあり、鍵穴が全部で九つある。
二人の従士は手分けして片っ端から開けて中に仕舞ってある鍵を全て手にした。
沢山の鍵を持った二人は地下へ続く階段を下りた。
地下一階の傍に従士が椅子に座って寝ていた、そんな彼に遠慮なくナイフが襲い掛かった。
慎重に降りていく二人はやはり地下二階でも同様に油断していた見張りを手に掛けた。
そして暗くて空気がより重くなっている地下三階へ辿り着いた。
勿論、ここで見張りの番をしていた従士も来訪者達の手によって命を奪われた。
ただ、彼の場合は上階の異変に気付いて階段を上がろうとしたところに遭遇したのが異なる点であった。
改めて見ると地下室は石で補強されており壁際に等間隔で松明が配置されている。
壁の反対側は鉄格子の牢屋が等間隔で並んでいるが近くへ行かないと中に誰がいるのかは分からない。
この部屋の暗さも相まってここに居続けると時間の感覚さえおかしくなりそうである。
見張りのいなくなった地下牢を二人の従士がゆっくりと進んだ。
そして一つの牢屋で立ち止まった。
暗がりで分かりづらいが上半身裸でボロボロのパンツを履いて金属製の轡を付けた黒髪で細身の少年が横たわっていた。
二人の従士が頷き合うとその少年の牢屋の鍵を開けて中へ入った。
手足も金属製の拘束具を付けているため二人は口と手足の拘束具の鍵も外した。
「勇者様、起きてください…勇者様。」
体を優しく叩かれて少年は目を覚ました。
「うぅ、え」
驚きの声をあげようとしたが即座に口を塞がれた。
「お静かにお願いします。我々はサンデル王国よりあなた様方を救出しに来ました。」
その言葉に少年はゆっくりと頷いた。
「念のためお名前を教えてください。」
「小田切翼……ツバサ・オダギリ。」
「間違いないようですね。我々はサンデル王国の工作部隊に所属する密偵…救出部隊です。」
二人はほっとしながらその場で雑嚢から小さな容器を取り出して飲むように促した。
囚われた異界の勇者、小田切翼が水を飲み終えると二人は肩を貸しながら牢屋を出た。
「他の二人もここに居ますよね?」
「多分……。」
二人に支えられながら小田切翼は奥へ進んだ。
そうして一つ一つの牢屋を確認した先に小田切翼よりも大柄な男が横たわっていた。
「大官寺……。」
短髪の黒髪で鍛えられた筋肉が目立つ少年。
彼も同じような格好だった。
牢屋の鍵を開けて三人は中へ入った。
同じように小声で声を掛けると彼は目を覚ましたが不機嫌だった。
「なんだてめえら!」
「お静かに!」
密偵の一人に言われた直後、小田切翼の姿を確認すると目を丸くした。
「なんでお前がここに!?」
「救出だって。」
大官寺亮典も水を飲み、一息ついた。
「それでこのあとどうするんだ?」
「もう一人の勇者様も救出した後にこの帝都から脱出します。」
「帝都?ここって帝国の街中かよ!?」
「はい、その通りです。」
大官寺亮典は勿論小田切翼も驚いた。
二人とも現在地を知らなかったようだ。
「つまり皇帝もここにいるってことだよな?」
「そうですね、帝城もありますね。」
「それなら脱出する前にその皇帝をぶっ倒せばいいだろう!?」
「なりません。今は脱出するのが最良かと。」
「俺達は強いんだろ?大丈夫だ、皇帝を倒すのは訳ないぜ!」
暗い部屋に閉じ込められていたからなのか、そもそもフレイメス帝国の捕虜になっていたからなのかかなりフラストレーションが溜まっているようだ。
そんな彼に対して二人の密偵は困惑していた。
更に小田切翼も密偵二人の意見に同意した。
「大官寺、敵国の状態が分からないから無暗に攻めるべきじゃないだろ?この人達の言う通りにすべきだ。」
彼の説得に大官寺亮典は怒りだす。
「お前、俺の言うことが聞けないのか!?」
「命あっての物種だ。」
「誰に向かって物言っているんだ!あぁ!?」
大官寺亮典は正面にいた小田切翼を殴ろうとしたがギリギリで回避した。
しかし、間髪入れずに右の二―キックを腹部に入れられ背後の鉄格子に飛ばされてしまった。
「っ!?」
「落ち着いてください。いずれ帝国に鉄槌を下せる日も来ましょう。」
「時間もあまりないのでここはひ」
密偵の一人が頭を右へ傾けたまま倒れてしまった。
その事実にもう一人の密偵が小さな悲鳴を上げた。
「うるせえなお前ら。俺なら皇帝を倒せるって言ってるだろ?」
「勇者様、何卒何卒……。」
頭を下げた密偵だったが体ごと吹き飛んだ。
しかも首が大きく後ろに仰け反ったあと、身じろぎ一つしなかった。
そんな光景を見ても小田切翼は恐怖の一つも覚えなかった。
「大官寺、やり過ぎだ。サンデル王国への水先案内人がいなくなったじゃないか?」
「お前は悔しくないのか!?こんな無様な格好までさせられてよ!?」
「悔しいっていうかまぁ、やり返したい気持ちはあるけど。」
「こいつらがいないなら寧ろ皇帝の首を取って俺達が国を支配すればいいだろう!」
そんな彼の発言に呆れつつも小田切翼は止められないことを悟った。
「分かったよ。俺一人じゃサンデル王国にも戻れないし……。」
「そう来なくっちゃな!」
それから二人は密偵達の持ち物を漁った。
中には着替え一式があり二人は直ぐに着替えた。
上は白シャツ、下は黒のパンツで踝まである革靴。
「ダサいなこれ。」
「仕方がないでしょ。そもそも文明と言うか文化が違うし。新品があるだけマシだよ。」
「ちっ!まぁいいか。ここを出るぞ!」
「もう一人は?」
「あぁ?あいつは良いだろ。俺がこの国を支配すれば這い蹲らせてやれるしよ!」
「そうか……。」
小田切翼は密偵の一人から雑嚢を取って腰に巻いた。
そして階段を上がる途中で無くなっていた従士の胸当てと膝当てを外して自身に装備した。
「別になくてもいいだろ?」
「俺はお前みたいに防御力ないからな。」
「はっ!やっぱり俺の方が強いって事だな。」
「あぁ、そうだな。」
大官寺亮典たちが外に出るとまだ暗い時間帯。
「それでどこ行くの?」
「勿論、皇帝がいる城だろ!」
「どこにあるの?」
「それは……どっかにあるだろ!」
「分かってないじゃん……。」
呆れた小田切翼を気にすることなく大官寺亮典は歩き始めたが出口が分からずイライラし始めていた。
「クソっ!出口は何処だ!」
「真っすぐ言って壁沿いにあるけばいつかは」
「だったら壁を潰せばいいな!」
「は?」
そして壁際まで辿り着いた大官寺亮典は鋼色のオーラを纏って壁を殴った。
一発では大きく皹が入った程度だが数発殴ったことで壁が瓦解した。
物音を立てたが彼は気にすることなく瓦礫を蹴り飛ばして先へ進んだ。
「脳筋……。」
小田切翼は溜息を吐きながら彼について行った。
壁の向こう側は通路があり建物が幾つも並んでいる。
「ここが帝都なら大通りがあるかもしれない。」
「適当に歩けば良いって事だな!」
二人は目の前の道をひたすら歩いた。
しかし、一向に大通りへ出る気配がない。
「何時になったら着くんだ、クソが!」
「地図もないからな。」
「何かないのかよっ!」
そんな大官寺亮典の叫びに正面から現れたのは巡回中の従士二人。
「君達何かあったのか?」
彼らは眠そうな顔をしながらも二人に駆け寄った。
「実はですね、大通りへ出たいと思っていますが道に迷ってしまって。」
「それでしたらここを左へ行けば出られますよ。」
「そうですか」
「そいつは助かったぜ!」
大官寺亮典は瞬時に従士二人の顔面を殴り飛ばして絶命させた。
それを見た小田切翼は思いっきり溜息を吐いた。
「あのさぁ、序に帝城の方角も訊こうとしたのに。」
「あ?それなら最初に聞けや!」
「理不尽だ……。」
二人は殴り飛ばされた従士を放置して進もうとしたが大官寺亮典は何を考えたのかニヤリと笑みを作った。
「ここを左って言ったよな?」
「そうだね。」
「面倒だからこのまま真っ直ぐ行くべきだな!」
「真っ直ぐって」
「オラッ!」
鋼色のオーラを纏った男は左側にある建屋を殴って壊した。
「は?」
「迷路はゴールに向かって壁をぶち壊せば辿り着けるだろ?それと同じだ!」
「えー。」
壊れた家屋や瓦礫を気にすることなく大官寺亮典は進みだした。
それに続いて小田切翼も続いた。
殴る、蹴るで次々に建物が倒壊していく。
中には偶々起きていた住人が一階に居て大官寺亮典の登場に驚いていたが彼は気にすることなく振り払ったり、立ち塞がって文句を言う相手には遠慮なく殴っていた。
もう直ぐ夜明けで起きて朝の準備をする人達が増えたことで人との遭遇は多くなっていた。
いや、それ以前に近隣から倒壊する物音を聞けば飛び起きて警戒する人も徐々に多くなる。
だからと言って大官寺亮典と言う男はそんな事を気にしなかった。
そして気づけば商売をしている店をも破壊し始めていた。
その中には飲食店もあり、併設されている住み込み従業員達の建屋も同様だった。
「いやぁフラストレーション溜まってたから物を壊すっての爽快感があって最高だな!」
「幸せだな。」
「お前もやれよ!楽しいぞ!」
「遠慮しておく。大官寺が壊すので十分だ。」
彼らが飲食店の住み込み従業員達の建屋を壊した時、呻き声が幾つも聞こえた。
男性や女性の声が聞こえたが瓦礫に埋もれて誰の声か何処に埋もれているのか分からない。
「い、痛いよ……。」
少年の声も聞こえたが二人はそのまま素通り。
それどころか壊した飲食店の倉庫や厨房だった場所から食料品を見つけて漁り出した。
「こんなところに食い物があるじゃんか!腹減ってたんだよなぁ、ラッキーだな!」
「そうだね。」
鋼色のオーラを解いて嬉々とした大官寺亮典。
作り置きのパンや生でも食べられる野菜類はそのまま適当に齧りついて保存食の干し肉を大量に食べてしまった。
更に半壊した樽に入った飲料も彼らは適当に口にしていた。
「カーッ!久しぶりに飯を食ったな!欲を言えば柔らかい肉をもっと食いたかったな!」
「そうだね、それも贅沢だけど。」
「皇帝をやったら贅沢三昧も夢じゃないな!」
笑いながら大官寺亮典は満足したのか立ち上がって進もうとした。
「お前達!ここで何をしている!?」
いつの間にか従士達が何人も取り囲んでいた。
だけど二人はあまり気にしていなかった。
「丁度腹ごなしの準備運動が必要だったところだな。」
「俺は何事もない方が良いんだけど?」
「お前はそっちをやれよ、俺はこっちをやるから。」
「はいはい。」
二人のやり取りに怪訝な顔をする従士達だが気にせず呼びかけた。
「大人しくしろ!抵抗すれば武力も辞さないぞ!」
「それは好都合だな!」
大官寺亮典は再び鋼色のオーラを纏い、正面の従士に突撃して蹴り飛ばした。
「グハッ!?」
大官寺亮典の動きは速いわけじゃなかったが飛ばされた従士は宙を舞って背中から落ちてしまった。
それを見た他の従士達は少しの焦燥と仲間を攻撃されたことによる怒りで動き始めた。
「こいつらを抑えろ!」
その号令を機に従士達全員が動き出した。
人数は残り十五人。
大官寺亮典は取り押さえようと迫りくる十人の従士達の気迫を物ともせずに笑った。
「そう来なくっちゃなぁ!」
近づいてきた順に顔や腕、胴体を殴り飛ばした。
中には曲がってはいけない方向へ曲がってしまった従士もいた。
一人につき一撃。
従士が束になっても大官寺亮典は疲れる素振りもなく、余裕綽々だった。
「んだよ、物足りねーじゃないか。大したことないな。」
「この前の戦争でも戦っているから知っているでしょ?」
「もしかしたら強くなっているかもしれなねーじゃないか。」
一方で小田切翼の方も既に片付いていた。
彼の手の周囲には緑と鉄色のオーラが纏っていた。
そして彼の周囲には防具ごと胴体を斬られて倒れている従士達の姿。
「まぁ、いいか。終わったらさっさと行こうぜ!」
「そうだね。」
二人は何事もなかったかのようにその場を後にした。
勿論、大通りに出るまでひたすら建物を壊し続けたのは言うまでもない。
果たして二人にとってこの出来事は英雄譚になるのかはたまた……。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
不定期更新ですが時間のある時に読んでいただけると幸いです。
補足・蛇足
この話の時間では武田康太はサンデル王国の勇者とポーラから言われて警戒をしつつ騎士団区画の監獄とは別の場所へ移送されています。そして、彼が目覚めたのがこの日から数日後として前話の終盤を書かせて頂きました。
前話の武田康太に対する騎士達のやり取りで武田康太の情報が幾つか口にされていましたがポーラが思い出せる情報を提供しつつそれらを元に騎士達はハッタリも混ぜて尋問(と言う名の拷問)をしていました。
※大官寺亮典が纏う鋼色のオーラの表記 過去に投稿させて頂いた中で一部「魔力」と表記していた物があったのでオーラへ修正しました。




