87話 腹の内は誰も知らないまま
本日三本目もよろしくお願いします。
フレイメス帝国、帝都アルゼムスにあるヴァルクセレウス城。
金銀を使った数々の装飾品が見受けられる謁見の間。
一番奥に皇帝フュルヒデゴット、傍に側近のロータルや豪奢な鎧に身を包んだ近衛騎士団の団長や騎士が数名控えていた。
フュルヒデゴットの王座の前には青と金のカーペットが敷かれており、その両側に四つの公爵家や数々の貴族や文官が並んでいた。
そんな彼らの視線の先にはフレイメス帝国騎士団の団長フォルクマーが膝を突いていた。
「この帝都で起こっていた殺人事件のあらましを報告してください。」
ロータルの言葉にフォルクマーが簡潔に述べた。
「一年以上前から都民を中心に幾度となく殺害が繰り返された殺人事件。数日前に皇帝陛下の矛であり盾である我ら騎士団と魔法士団が総力を挙げて犯人達を確保しました。そして犯行に及んだとされる犯人の内二人は火傷などの重傷、一人は死亡。現在、仲間の存在や余罪の有無を調査中であります。」
これを聞いた貴族達がざわつくがロータルの一喝で静まり返った。
「まだ犯行の動機や手口、彼らの所属は判明していないのだな?」
「はっ!申し訳ありません。我らも総力を持って調査します!」
「よい、犯人が捕まったのであれば無理のない調査をせよ。そして犯行を止めるために追力した我が騎士団と魔法士団、最後まで命を捧げた彼らに感謝する。」
「勿体なき御言葉、皇帝陛下と帝国の為に最後まで全うした従士達も報われます。」
それから文官達から詳細な報告が上がっていた。
と言っても作戦当日に犠牲になった兵士達の人数やこれまで犯行であろう事件のこと。
また作戦に関してフォルクマーが伝えた内容と当日の動きが不自然であったこと。
特に作戦に関しては貴族達を中心にあることないことが飛び交った。
「フォルクマーの指示不足なだけでは?」
「これだから農民上りが。」
「誰かがデマを流した可能性は?」
「ないだろう?仮に流したのであればそれは騎士団や魔法士団の誰かになるぞ?」
「その場合は犯人達と繋がっている内通者と言う事だろう。」
「バカを言え。それが本当なら帝国を潰そうとする者達になるだろう!」
「サンデル王国の密偵が紛れ込んでいるのか。」
「それは現実的ではないだろう。第一どうやって忍び込む?この帝都には二つの検問を敷いているのだ、簡単に通れるものではない。」
「やはり統率が取れていないことが原因なのではないか?」
騎士団長フォルクマーの内心はあまり穏やかではない。
自身の指示不足や統率力は力が足りていなかったことになる。
また、密偵が忍び込んでいる場合は誰が密偵であるかは分からない状態。
その可能性も捨てきれないがどんな理由に関しても責任者であるフォルクマー自身が責を問われることになる。
フォルクマーとしては今の地位に固執することはなく、必要であれば降りることも辞さない。
ただし、騎士団から崩そうとする存在が気がかりと感じている。
再びロータルの声で静まり、フュルヒデゴットが口を開いた。
「今ここで騎士団長フォルクマーの責任を追及するときではない。この男は帝国に忠誠を誓っている。もし何処かの国の密偵が忍び込んでいるなら其奴らを探して見せる、そうだろう?」
「その通りでございます、皇帝陛下!」
「ならばよい。」
他にも様々な報告が挙げられたがこの場で早急に事を進めずに解散となった。
そしてフュルヒデゴットを始めとした四公爵とロータルは別室へ移動して話し始めた。
「サンデル王国との交渉はどうなっている?」
フュルヒデゴットの問いにバンベルトが答えた。
「以前と同じように交渉自体は応じると言っているもののこちらの要求に明確な答えを出していないようですぞ陛下。」
「今回は奪われた防衛機構を取り返す絶好の機会だと言うのに……。」
普段は表情を崩さないフュルヒデゴットが悔しさを見せた。
「本来であればこのような回りくどいことをせずに返還を望みたいところ……。」
エッケハルトは同情するように言うがヴィリーは強気な発言をした。
「生ぬるい!我ら帝国はサンデル王国よりも強大な国力を誇っている!であれば総力戦を以て奪還することが正当な手段であるな!」
「異界の勇者の力を舐めてはいけない、あれらの力は兵士が百人で取り囲んでも倒すことは出来ないのです。」
カステンがヴィリーを落ち着くように促すが彼はあまり聞いていないようだ。
「言っては何だがベイグラッド侯爵が研究していた爆炎石、あれを戦時中にもっと投下していれば良かったのだ!それを出し渋りおって!」
「確かにあれは強力な兵器だったがまだはっきりと分かっていない部分も多かったぞ。それに生産量も十分ではなかったと聞くぞ。」
バンベルトがベイグラッド侯爵について弁明をした。
既に亡くなっている貴族だが戦争での功績は大きかった。
しかし、表面上では大きな戦果を挙げられなかったこともあり爵位を上げることは叶わなかった。
エッケハルトが咳払いをして二人の会話を遮った。
「二人とも陛下の御前である。それよりもサンデル王国の密偵がいるとなれば監獄に閉じ込めた異界の勇者達の奪還もあり得なくはない。相手が未だに明確な返答を返してこないとなれば時間を稼いでいる可能性もある。」
「仮にそうであれば騎士団に通達して監獄の監視と防衛の強化を検討しよう。」
カステンが引き継いで提案した。
ここまでの話を聞いたフュルヒデゴットは四公爵を見回した。
「そうだな。密偵がいる可能性は否定できない以上、監獄の監視体制を強化しなければいけない。」
「はっ!」
「あれを取り戻せれば我がフレイメス帝国は今後も存続できると言うもの。我らが成果物を忌まわしきサンデル王国に使わせてなるものか……!」
静かに怒りを漏らすフュルヒデゴットにこの場にいる誰もが頷いた。
しかし、それぞれ腹の内では何を考えているのだろうか?
貴族達の間では現皇帝派と謳われているバンベルト=レムフレッド。
(フュルヒデゴット皇帝陛下が治める帝都でこれ以上の治安低下は許されぬ!騎士団の編成を急がせなければ。それにしてもベイグラッド領を引き継いだ次男は前侯爵の仕事を何も知らされていないとは。しかも爆炎石についても私兵団に保管されていた分しかないと聞く。次の戦争に備えるためにも爆炎石が必要だと言うのに……。)
実はダルメッサが支持していた公爵家はバンベルトであり、互いの中は悪くなかった。
しかし、ダルメッサの腹の内を十全に理解していなかったバンベルトは将来的に利用される可能性もあったが幸か不幸か当のダルメッサが他界してバンベルトの家が蝕まれる心配はなくなった。
とは言え、貴族としては素直過ぎるバンベルトであるがそれが皇帝にとっては安心できる存在でもあるだろう。
片や現皇帝に対して偶に意見が食い違うことから革新派(反皇帝派と表現すれば反旗を翻す意として帝国内で混乱を招くことを含めてヴィリーを支持する貴族達からは否定されていることもあり便宜上の表現である)と言われているヴィリー=イリンゲル。
(皇帝陛下は卑劣なサンデル王国に対してもっと強く出るべきだ!そもそも交渉事をバンベルトに任せるのが間違い。私ならもっと早期に交渉のテーブルに着かせるものを!ただ、今回の殺人鬼騒動は惜しかった。殺人鬼にはもっと派手に動いて貰えれば皇帝陛下の求心力が下がったところで糾弾出来たと言うものを。)
ヴィリーとしてはフュルヒデゴットが終始強気な姿勢で居れば良かったと思い、そうでなければ自身が皇帝の座に着こうとも考えていた。
ただ、彼の考えは殆どの人間には知られていないが仮に知られていないとしても即時反逆罪で処することはない。
もっとも大胆に行動を起こして失敗した場合はその限りではないが……。
そんな彼らの思いを知ってか知らずか時にフュルヒデゴット皇帝に賛同し、時に諫める立場だと言われるのがエッケハルト=メルツェニクとカステン=スルツバフである。
エッケハルトは物事を慎重に考えるが独善的な傾向である。
但し、飽く迄フレイメス帝国や皇帝を思うが故。
(治安に関しては騎士団に何とかしてもらうしかないだろう。身内を疑ってしまう状態だが流石に国を壊そうと言う存在はいないだろう。ヴィリーやカステンが動いている可能性は否定できないが前ベイグラッド侯爵が開発した爆炎石のような焼け跡を殺人鬼を取り押さえた現場で見たと言うからにはバンベルトも裏で動いていると言う可能性は捨てきれない。それからサンデル王国に対してはムンドラ王国にも協力してもらう方向も検討する必要があるが、防衛機構の事は極秘のままで進めたいからな……。)
そんな彼らの心中を知ってから知らずかカステンは終始表情を変えない。
(正直今回も防衛機構を取り戻すことは出来ないだろう。そもそもサンデル王国からすれば異界の勇者はまだたくさんいるのだから最悪切り捨てることも視野に入れているはずだ、と考えるのが普通だが既に密偵が入り込んでいるから是が非でも取り返したい存在なのだろう。異界の勇者を交渉材料にするよりは研究材料に使うのが有効的だと考えるが陛下は先祖の悲願に囚われ過ぎている。まぁ、こうして退屈凌ぎの展開が行われているからな。仮に異界の勇者がこの帝都で暴れまわるようなことがあってもフレイメス帝国が最強であれば最小限の被害に留められるだろう。強いて心配するなら郊外でモンスターの出没が激しくなっている点だな。冒険者達への物資も配布しないと彼らに見放されるかもしれないな。)
フレイメス帝国で四つしか存在しない公爵家。
誰もが帝国の為に忠誠を誓っているはずだが胸の内に秘めるは……。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
普段は不定期更新ですが時間のある時に読んでいただけると幸いです。




