86話 誰にも気づかれず
本日二度目の投稿ですがよろしくお願いします。
ポーラがオメキャリングの三人と対峙していた夜。
人気の少ない通りを巡回する二人の若い従士達。
「今日で通り魔を捕まえられるなんてな。」
「まだそうと決まった訳じゃないだろ?」
「それでも騎士団が力を入れた作戦じゃないか。」
「確かに魔法士団とも協力していると言うからな。」
「どうせなら俺達にも魔法士団から可愛い子を寄越して欲しかったな。」
「可愛い子じゃなくて爺さんかもしれないぞ。」
「それなら俺達だけの方が良いな。」
「話を変えるが敵に情報を漏らさないためとは言え、団長はどうして個別に指示したんだろうな?」
「それは俺達が無作為に巡回していると思わせるためだろ?」
「それでも全体で指示すれば済む話だろう?」
「確かにそうだな。」
「本当に団長の指示だったのか……。」
「もう作戦は始まっているんだ、気にしても仕方がねぇ。俺達は合図があるまで巡回するだけだ。」
「囮の二人を追っている奴らが魔法で空に打ち上げるんだっけ?」
「そのはずだ。」
二人の従士が暗くて細い脇道を通り過ぎた直後。
背後にローブを被った二人組が現れた。
気配に気づいた二人の従士は振り向こうとしたが頭を押さえられて首をナイフで刺された。
「「!?」」
口元を押さえられ叫ぶことが出来なかった。
それ以前に喉を潰された事で発声出来なかった。
ナイフが刺さったままだからなのか血が噴き出ることはなかった。
従士達を襲った二人は脇道へ従士達を手早く引きずった。
何をするのかと思えば従士達の身ぐるみを全て引き剥がしていた。
更には奪った衣装に手早く着替えた。
これで彼らは一見すると殺された従士達と見分けが付かなくなった。
「あとは頼むぞ。」
「手筈通りに。」
いつの間にか通路の奥から現れた三人目のローブを被った人間が現れた。
彼が返事をすれば従士に成り代わった二人は表に出て行った。
「次は……。」
残ったローブを被った人間はナイフを手に持ち……。
従士に成りすました二人は迷うことなく歩き続けていた。
時折、外を歩く一般人に挨拶されれば返すくらいに自然な行動をしていた。
「通り魔を捕まえる作戦で従士達を何時もより多く動員するのは驚いたが、こうして俺達に付け入る隙を与えてくれたことに感謝したいな。」
「そうだな、それに合図があるまで同じ場所を回り続けるなんて楽なものだな。」
「とは言え合図がなかったら朝まで同じ場所を回るんだろ?」
「そうなるな。」
「早く捕まって欲しいなぁ。」
「そうだな……。」
しかし彼らの願いは虚しく合図が上がったのは大分後のことだった。
空に打ち上げられた火の玉が合図だったらしく、彼らが気づいて駆けつけた頃には全てが終わっていた。
犯人は三人で二人は重傷、一人は死亡だった。
他に駆け付けた従士達はあとから駆けつけた騎士達の指示に従って仕事をしていたため、成りすました従士達も彼らに混ざって従事した。
「地面が焼け焦げているなんて凄い魔法でも使ったのか?」
「俺達も詳しく知らないが犯人達の誤爆じゃないかって言われているぜ。」
近くで片づけていた従士の一人が彼らにそう告げた。
「冒険者もいるな、彼らが止めたのか。」
「確かに負傷した犯人達を取り押さえたのはあの人達だがそれまで戦っていたのは…ってお前らも知っているだろ?」
「そうだったな、悪い悪い。」
「眠いからってそれくらいは思い出せよな。」
そう言って従士は別の場所へ移った。
「まぁ、あとで分かるだろう。」
「そうだな。」
潜入した二人は誰にも咎められることなく現場の片づけを手伝い、朝方には他の従士達と共に騎士団区画へ戻った。
従士達は皆装備が同じため、騎士団区画へ入る時も誰一人呼び止められることはなかった。
因みに従士の宿舎は用意されているが広い空間に何十人もの人間が雑魚寝する場所であった。
給与に関しては騎士団本部に身分証と連動させて預けたり引き出したり出来るようにしているため、預けた物が誰かに盗まれることはないらしい。
また、個人の持ち物はそれぞれに配られた木箱に入るだけ入れており大事なものをしまっておくとよく無くなると言われているため日用品以外は入っていない。
寝具と木箱以外は殺風景な従士の宿舎であり大きな建屋が何か所もあった。
これを知った潜入した従士達は安堵していた。
少なくとも部屋を探さずに済むと。
仮に違う宿舎に入って誰かに言われても寝ぼけていると言えばどうにかなるだろう。
彼らはそう考えてその日は適当な宿舎に入って周囲と同じように眠りに就いた。
そして彼らは暫くの間、騎士団に従って訓練を受けたりしながら区画内を見て回っていた。
「監獄の場所は分かったが中には入れないな。」
「そうだな、やはり厳重に警備されているだけはある。」
「それに彼らが衰弱して自力で動けなかったら運び出すのは難しいぞ。」
「異界の勇者様だから常人より体力や精神力があると信じたいが……。」
「まだ時間はある、本当にどうしようもない時は強行突破だな。」
「潜入工作員としてはその手はやりたくないんだけどなぁ。」
「俺もやりたくないな。」
周囲には誰もいない朝方の騎士団区画内での会話。
彼らの話を聞いている者は誰一人いなかった。
ある日のこと。
帝都から馬車で七日以上離れた場所。
ある村で武田康太はローブを被った冒険者と一緒に森を探索していた。
と言っても適当に歩き回ってから薬草を摘んで、手元の金属製の容器から緑色の液体を数滴だけ樹木に掛けていた。
「これ、そんなに凄いんですか?」
武田康太がローブを被った冒険者に尋ねた。
「専門外だから詳しくは知りませんがサンデル王国の薬師でも調合が難しい一品らしいです。」
「へー、これがねぇ。三戸が造った薬品、か。」
何かを思い出して落ち込む表情の彼だがローブを被った冒険者は何も言うことなく歩き出した。
「向こうは上手くいってますかね?」
「大丈夫だと思いますよ。そもそも大所帯の騎士団で顔を判別しているとは思えませんし。」
「ですよね。因みに彼らを助け出した時にもう一人攫っても良いですかね?」
「誰を攫うのですか?」
「最近気になる子が出来て。その子が傍にいてくれたらなぁって。」
「はぁ、コウタ様は気を付けてください。その誰かはあなたを騙しているのかもしれませんよ?」
「それはないない!だって俺がサンデル王国の人間だって証拠はないですし。それに彼女は冒険者ですけどそこまで強くないですし。」
「強くなくても色仕掛けで油断させる場合もありますよ。」
「それもないない!だってちゃんと服を着ているしホテルに誘われたこともないし!」
「まぁ、異界の勇者様であればそこらの冒険者なんて一捻りですからね。」
「そういう事!だから心配しないで!」
「分かりました、一人くらいならどうにかなりましょう。」
「ありがとう!」
何時の間にか明るい表情になった武田康太は軽い足取りで森の外を目指した。
彼らが日が昇り切る前に森から出ると村の出入り口で丁度馬車の出発の準備がされていた。
「お前達、遅いぞ!」
「ごめんなさい、手伝いますね!」
笑顔で答える武田康太にローブを被った冒険者は無言で付き従った。
武田康太達をこの村まで運んだのは行商人で、この村へ立ち寄ったのも商品を卸すため。
彼らは行商人の護衛を兼ねてこの村へ来たようだ。
そして行商人に合わせて一緒に村々を回っていると言う。
「それにしてもお前さん達は珍しいな、護衛なんて寧ろ金を寄越せと言う冒険者が多いと言うのに。」
「俺達は馬車に乗せてもらっていますしご飯も頂いているからお互いにウィンウィンですよ!」
「そうか、その調子で頑張ってくれよ!」
「任せてください!」
武田康太達を乗せた馬車は次の村へ向かった。
そして新たな村に着くたびに武田康太は人目に付かないところで金属製の容器から緑色の液体を数滴垂らして去って行った。
この行動は行商人が回った村に限らず、野宿した先でも発つ前に行っていた。
誰にも知られず、淡々と……。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
不定期更新ですが時間のある時に読んでいただけると幸いです。




