84話 傷跡
本日もよろしくお願いします。
目を覚ますと木造の天井が見えた。
体を預けている感触からベッドで寝ていたのは分かったけどいつもの宿ではない。
それに体の疲れや痛みをまだ感じる。
それでも状況を知りたくて無理やり体に力を込めて上体を起こした。
やっぱり知らない場所。
部屋の中には同じベッドが幾つか置いてあるけどわたし以外はいない。
他には机と椅子が二つ、棚に薬が幾つも並んでいる。
両開きの窓から陽光が射し込んでいることから昼前後の時間帯らしい。
外の光景は建物が隙間なく並んでいることから住宅街の一角に見えた。
その時、ドアが開いたことに気が付いて振り向いた。
知らない男とマイルズが入って来た。
彼らは荷物を抱えていた。
「おっ!ポーラ、起きたみたいだな!」
元気の良いマイルズに知らないおじさんは声を抑えろと苦言を呈していた。
おじさんの茶色の髭は伸び放題で癖毛なのか大きな丸い髪型になっている。
二人は仲が良さそうだ。
「ここは?」
「診療所だ、おれはここで医者をやっている。」
「診療所……。」
知らないおじさんは医者だった。
この世界の医者は治癒魔法を使える人もいるけど大半は医者か薬師を師事してなるものとケイティから聞いていた。
逆に治癒魔法が使えるからと言って医者になることはなく冒険者になる人も居れば国に抱えられることもある。
「何故わたしはここに?」
「ポーラ、覚えていないのか?数日前の夜に男の下敷きになって倒れていたのを?」
男の下敷きに……。
そうだ、あの夜にアルファン様達の仇だとわかったあいつらと交戦したんだ!
「あいつらは、黒いフードを被った奴らは!?」
思わず叫んでお腹に痛みが走った。
そうだ、あの時刺されたんだ。
「落ち着け、酷い怪我をしているんだ。俺達も全部は知らないが教えられるところは教えるからな?」
「わ、わかった……。」
マイルズと医者は抱えていた荷物を整頓してから話し出した。
「お前さんが担ぎ込まれた時は数か所の打撲と裂傷で右肩と左腕は肉が切り取られて、一番ひどかったのは腹の傷だな。顔は血を被っていただけで大きな傷は見当たらなかった。暫くの間は食って寝ること、俺から言えるのはそれだけだ。」
医者に言われて自身の体を意識すると確かにお腹と肩と腕にそれぞれ布を巻かれていた。
裂傷した箇所を含めて薬が塗られている感じもある。
それら処置したあとで普段着を着せられているからぱっと見大きな怪我をしているようには見えない。
「次は俺だな。数日前から俺達はギルドマスターに相談されて夜の街を見回っていてな。あの晩も俺達が見回っていたら巡回している従士達をあまりにも見かけないから変だと思って探し回っていたら交戦している音を聞いて駆けつけたんだ。その途中で爆発を見て現場へ行けば大量の従士や魔法士達が倒れているのを見て介抱しようとしたら黒いローブの男達が倒れているのを見つけてな。二人ともローブは半分くらい焼けていたけど意識はあって、声を掛けようとしたら逃げ出そうとしてな。追いかけたら逆に襲い掛かってきて、あれには肝を冷やしたな。何とか押さえていたら騎士団区画から出てきた騎士と従士達に黒いローブの奴らを引き渡した。騎士団によると、前から世間を騒がせていた通り魔の仲間とか言ってたな。二人は爆発の影響で重傷、一人はポーラに覆いかぶさっていた奴だがあいつは死んでいた。寧ろポーラが生きていたことを奇跡だと思ったくらいだ。」
マイルズ達があの時駆けつけたのは偶々だったという事らしい。
彼らが来なければ二人を逃していたかもしれない。
「マイルズ達が二人を取り押さえてくれて助かった、ありがとう。」
「俺達は偶々居合わせただけだからな、ポーラも生きててくれて良かった。それにポーラは騎士団と魔法士団に協力していたって聞いたがどういう経緯なんだ?」
「それは―――」
簡単に成り行きを話すとマイルズは一応納得はしてくれた。
「普段、冒険者は騎士団や魔法士団とはあまり関わらないがそういう訳だったのか。」
「そうですね……。」
「街の平和を守る気持ち、素晴らしいな!皆が皆そうだったらいいのにな!」
「ははは……。」
最初は近い気持ちはあったけど途中からは完全に私怨だったからそういうのに便乗させてもらおう。
事件に関しては騎士団から発表があって通り魔が一人死亡、二人逮捕されたことに住人達は喜んでいたと言う。
これで住民達は夜に怯えることがなくなるはず。
「そろそろここから出ないと。」
「いやいや、まだ怪我は治っていないだろ?もう暫く休んで行けよ。」
「ここ数日泊まらせて貰ったのでその分の支払いもしないといけない、そこから更にお金を払うことを考えると流石に。」
「それなら心配するな、ここの治療費とか飯代は騎士団に請求してあるからな。」
「そうなの?」
「あぁ、あの事件でポーラが活躍したのに貧乏くじを引くのは嫌だろ?しっかり仕事したのに報酬の一つもないのはおかしいからな。だからあの場でしっかりと約束させたし毎日騎士団に顔を出しているからここの治療費は問題ない!」
「そ、そうだったんだ。えっと、ありがとう?」
「礼には及ばない。」
具体的な報酬の話はしていなかったから正直助かった。
事情をしっかりと知らなかったマイルズが機転を利かせてくれたのが素直に凄い。
一通り話を終えるとマイルズは家に帰った。
医者は隣の部屋にいるから何かあれば声を掛けるようにと言って出て行った。
そっか、ベルグンゲはちゃんと殺せたんだ。
夢じゃなくて良かった。
ただ、二人が生きているのは納得がいかないけど何処にいるのか分からないし今すぐ殺すわけにもいかない。
せめて何かしら地獄を見て欲しい。
そう願わずにはいられなかった……。
目を覚ましてから数日。
マティアスのパーティーやユリアナがお見舞いに来てくれた。
全員から心配されたけど体は問題なく動かせることを伝えたら安心して貰えた。
一般人や冒険者は事件のあらまししか知らないみたいでマティアス達はマイルズが教えてくれたと言っていた。
わたしも表立った功績が欲しいわけじゃないから憤慨していた彼らを窘めるのに苦労した。
その翌日にユリアナが来てくれた時は彼女もお腹を刺されていたから正直心配したけど当人が大丈夫だと微笑んでいたからそのまま受け止めた。
マイルズから話を聞いていたけどユリアナからも改めて聞かせて貰えた。
話の内容は同じようでわたしが不利益を被る展開もなかった。
「私が気絶していた間にポーラに全部任せてしまったのは本当に申し訳なかった。そして事件を解決してくれてありがとう、騎士団を代表して礼を言う。」
「いえ、ユリアナだったから今回の事件は解決できたのです。あなたの人々を守りたいと言う想いにわたしも共感したからこそです。」
それから重傷を負ったソルフェルツとオプティムについては騎士団区画の牢獄に繋がっていることが分かった。
ただ、重傷故に上手く喋られないことから事件の真相は分かっていないらしい。
騎士団では帝都の外で亡くなった貴族達も彼らが起こした暗殺じゃないかと嘯く人もいるとか。
他にはベイグラッド侯爵の暗殺も行ったのではないかとも噂になっているらしい。
帝都でもわたしの事が触れられていないことからあの人も口にしていないことがわかる。
今後、捕まった彼らがどうなるかはユリアナも分からないと言うからある意味もどかしかった。
そして数日の療養を経て診療所を退去する日になった。
「無理はするなよ、って冒険者に言っても仕方がないな。」
「お世話になりました。気を付けて仕事をしますね。」
医者に見送られながらわたしは騎士団から送られてきた荷物を持ってある飲食店へ向かった。
昼食の時間帯が過ぎた頃でお店を訪ねた時には殆ど客はいなかった。
商人らしき男二人、猫人の女性冒険者とローブを被った人の二組。
空いているテーブルへ着くと見知った従業員に話しかけた。
「カイはどうしていますか?」
「ちょっと待っててくださいね。」
従業員さんは厨房へ入ってから暫くすると代わりにカイが現れた。
「どうも。」
「元気にしていた?」
「うん。」
「そっか、最近話題になったことは覚えてる?」
「覚えてるも何も、お母さんを殺した奴らを捕まえたって。」
「らしいね、これでカイの留飲は少しは下がったかな?」
「正直分からない。騎士団に捕まって嬉しいし僕の手で見つけて殺せなかったのが悔しい。もっと言うならお母さんが殺される前に捕まえて欲しかった。今でも帰ってきて欲しいって思う。やっぱりあいつらを許せないよ……。」
涙で目が潤んで泣きそうになるカイ。
「そうだね、簡単に割り切れるものじゃない。奪われた命は戻って来ない。あの続いて欲しかった情景は二度と見られない。だからカイの中にある想いはそのままで良いと思う。」
「いいの?」
「それはカイだけのものだから、誰かに否定されるものじゃない。だけど忘れないで、カイのお母さんはこれからも陽の当たる場所で生き続けて欲しいって思っているはずだから。」
「うん……。」
カイの頭を撫でると彼は鳴き声を押し殺しながら涙を流し続けた。
この子はこれで良いんだ……。
落ち着いたカイに昼食の注文を頼み、お腹を満たしてからお店を後にした。
そう言えば服もどうにかしないと。
暖かい時期だから過ごしやすいけど肩や腕は穴が空いたままだから気になってしまう。
いつもの服飾店へ向かい、糸と同じ生地の布を買って補修して一日を終えた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
不定期更新ですが時間のある時に読んでいただけると幸いです。




