83話 青い笑顔、赤い化粧
本日もよろしくお願いします。
ベルグンゲは恍惚とした瞳で頬を染めていた。
「前に貴族の屋敷を襲撃したときに出会った女使用人、あの女の死に際が美しかった!綺麗だった!今までも女を殺したがあれほど心奪われたことはない!あれが美人だと、俺は初めて知った!鮮血で彩られたあの姿が素晴らしい!きっと女達は死ぬ時に最高の美しさを見せるために綺麗になろうとしているんだって思えた!俺が殺しているのは女達の最高の瞬間を見るためだって!もう一人の腹を刺された女も良かったなぁ!何を考えていたかは知らないが強い意志は感じられた!あれもまた綺麗だった!お前も!あの女達と同じ物があるな!きっとそうだ!だから俺は!」
興奮している彼の言葉に仲間達は断続的にやって来た従士と魔法士達を殺しながら呆れているように感じられた。
だけど、聞き捨てならないことを言っていた。
「一つ聞かせて欲しんだけど?」
「最期の言葉なら聞いてやる。」
「その人達の屋敷の主人の名前はアルファン様って人?」
「アルファン?俺は覚えてないな。お前達は覚えているか?」
ベルグンゲに話を振られたソルフェルツ達の方は巡回兵達による血の海を作ったあと。
「そう言うターゲットもいたな。」
「ガキのお守りをするのはこりごりだったな!」
明確に言ったわけではない、だけど彼らの言葉にわたしの中で繋がった気がした。
つまり、こいつらがアルファン様を殺した実行犯……。
確たる証拠はない、だけど。
怒りが
悲しみが
憎しみが
一気に沸き上がって来た。
胸の奥が痛くて苦しい。
全身が熱い。
「お前らが……。」
「何が知りたかったのか分からないけど、俺の為に」
「お前らがああああああああああああああああああ!」
全力で叫んで踏み込み剣を振るった。
今までで一番大きな金属音。
住宅の壁を越えてでも聞こえるかもしれない甲高い音。
目の前の相手は斬れていない。
以前と興奮している。
「もうちょっと穏やかにすべきだ、そっちの方が」
「黙れ!」
いつも以上に体に力が漲って来た。
少し引いてから右下から振り上げ。
それでもベルグンゲは反応して剣を逆さにして受け止めた。
「さっきよりも力強い!」
そう言いつつさほど脅威には感じていない様子。
左足で相手の右膝を蹴り飛ばす!
ベルグンゲの右足が上がって脛で受け止められた。
曲げた右足からわたしの腹へ蹴り飛ばし。
「!!」
咄嗟に後ろへ下がったけど威力は殺しきれていない。
お腹が痛い。
コルセットのお陰で多少はマシだけど自分の動きを制限している。
なんとか転ばずに体勢を直したけどベルグンゲは追撃してきた!
前に出る!
正面右払いに対して体勢を崩して左腰で滑って避けると同時に足払い。
ギリギリで髪の毛を掠めたけど頭は斬られていない。
「何ッ!?」
初めてベルグンゲが驚いた。
斬り払った動作に集中して足元が疎かだったためにベルグンゲの体を崩せた。
体全体を使って足を持ち上げて倒立から跳ね上がって上下を戻して剣で叩き下ろした!
だけどその前に相手は上半身を無理やりわたしと反対側に投げ出して回避した。
「これも悪くないかもな!」
更に興奮したベルグンゲも体勢を直して上半身を地面に近づけて接近。
足元を狙っての薙ぎ払いにギリギリで跳躍。
相手の上を回りながら飛んで背後に着地。
ベルグンゲの薙ぎ払いはそのまま真後ろのわたしに迫って来たから剣を逆さにして両手で支えて受ける。
その顔面に蹴り込んでやる!
左足で蹴り飛ばそうとしたけどベルグンゲの右手に阻止されそのまま握られた。
「ハッハーーーーーー!!」
叫びながらわたしごと持ち上げて投げ飛ばした。
なんて馬鹿力!
わたしの重さは分からないけど人間一人を持ち上げるとか予想以上に怪力だった。
足はどうにか無事だけど振り回されるだけでも体に大分負荷が掛かった。
両足で着地、さっきよりもソルフェルツ達に近づいた位置取りで彼らに挟まれてもいた。
「いい加減にしないと増援がくるかもしれないぞ!」
ソルフェルツがベルグンゲを急かす。
「それなら俺達も混ざれば直ぐに終わるな!」
「これは俺の獲物だ!」
「そっちに倒れている奴がいるからそっちで良いだろ!」
「ふざけるな!」
怒りの感情を感じたベルグンゲの言葉にオプティムは仕方がないなぁとぼやいた。
わたしとしてはここに居る三人を殺したい気分。
目の前のベルグンゲは笑顔になって叫んだ。
「そろそろ俺の為に死んでくれ!」
「わたしが殺してやる!」
正面からの剣同士の激突!
さっきよりも力強い。
弾かれる前に緩める。
その一瞬の隙で左から首を狙う。
剣を傾けてベルグンゲの首に届きそうなところで相手の剣がギリギリで受け止めた。
そこから弾かれ正面に剣が見えた。
左足の力を抜いて体を下げ、右足で相手の真下から蹴り飛ばす!
ベルグンゲは剣を振り下ろす前に後方へ飛んだ。
わたしが蹴り飛ばしたよりは自身で後ろへ飛んだ、と言うのが正しい。
上げた右足を大きく踏み込みに変えて大きく前へ。
左に構えた剣を前方の相手の足へ斬り払う!
その前にベルグンゲは上下を反転して頭が下になっていた。
このままなら斬り落とせる!
でも再び剣が軌道に割り込んで防がれた。
それでも地に足がついていないからか踏ん張りは聞かずに空中で飛ばせた。
その時、一般区画の方から声が聞こえた。
「あっちで剣戟の音が聞こえたぞ!」
男性の声が聞こえた。
だけど足音は幾つもあった。
それはソルフェルツ達も同じく気づいていた。
「そろそろ引き際だ。」
「それなら俺が貰っちゃおうかね!」
「だからふざけるな!」
ソルフェルツは冷静に引こうとしてオプティムは自分達を知る目撃者を始末するための協力を申し出たけど当のベルグンゲが拒否した。
加勢は悪くないけどこいつらに逃げられたくない。
空中で受け身を取ろうとするベルグンゲを他所にソルフェルツ達が動き始めた。
わたしはショートソードを左手で持ち、右の袖口に仕舞っていた黒い石を一つ滑り落とした。
左足を軸に左回りに一回転。
恐らく三人とも小石を蹴る程度に思っているはず。
その通り。
わたしは回転の勢いを利用して地面に落ちようとした黒い石を蹴り飛ばした。
その方向はソルフェルツとオプティムへ。
狙い通り彼らの元へ飛んでいく。
「そんな小石程度!」
オプティムは正面左へ避けようとした。
ソルフェルツはナイフで弾こうと構えていた。
大きく避けられなくて良かった。
着替える時に胸に張り付けた魔法陣の描かれた羊皮紙に魔力を流し込んだ。
爆ぜろ
二人の間に迫った黒い石、爆炎石は瞬時に爆発した。
赤い炎と内側から外側へ広がる勢いとお腹に響く轟音。
想定外だったとはいえ、咄嗟に腕で顔を庇った二人だけど広がる炎に巻き込まれ左右に吹き飛ばされた。
「おい!今爆発があったぞ!」
次は聞き覚えがありそうな男の声。
それでも凝視して確認する暇はない。
後ろを向けば地面に着地して剣を構えたベルグンゲがいるのだから。
「それ、爆炎石だろ?」
「だったら?」
「死ぬためにそれを使わせるわけにはいかないなぁ!」
「そんなことに使うか!」
左側へ足を運びながらベルグンゲの斬撃を受け流そうとしたけど相手の力が更に強くなっていた。
体を無理やりずらすけど間に合わず右肩の端が斬られた!
「うっ!?」
熱い!
痛い!
すれ違いざまに右へ振り向いて左から右上へ斬り払う。
ベルグンゲが体を前に倒して軌道から外れ、同時に左足で蹴り飛ばしてきた。
「がはっ!?」
お腹に直撃、衝撃を受けて後方へ飛ばされた。
地面を摺りながらも体を後ろへ跳ね上げて体勢を直した直後に駆け込んだベルグンゲの正面斬り上げが迫って来た。
受け止められない!
必死に体ごと後ろへ飛ばした。
少しだけ勢いが残っていたのが功を成したのか真っ二つにならなかった。
反らした胸には届かなかったけどコルセットには届いていた。
剣が振り降ろされた時にはコルセットだけが地面に落ちた。
もう少し遅れていたらお腹が斬られていた。
死を感じた。
何度も感じたことはあったけど一番恐怖を感じたのは正面にいる恍惚とした表情をする一人の男。
本能が訴えた。
これは本来であればこの場から立ち去るべきかもしれない。
だけど感情が訴えた。
こいつを殺せと。
熱い体は更に熱くなり、心の何処かが黒く染まるように感じる。
笑うベルグンゲに剣を構えて大きく一歩を踏み込んだ。
「俺の為に美しく死んでくれ!」
右に構えられた剣はわたしの首を狙って斬り払われた。
しゃがみながら回避して左の裾から爆炎石を一つそっと落とした。
衝撃と共に視界が一気に上に持ち上げられた。
多分膝蹴りを顎に受けた。
顎が痛い。
だけどその可能性も考えて体を動かしていたから多少は衝撃を流せたはず。
爆炎石はベルグンゲの足の間を抜けて後ろへ転がった感じがした。
蹴られた勢いで体を後ろへ倒しながらわたしも同じく相手の顔に蹴りを入れた。
蹴り飛ばした感覚がある、視界の端に見事に入って相手もよろけた姿を捉えた。
「ここまでやるとは思わなかった、だけどな!」
ベルグンゲは剣を正面に構えて突く姿勢になった。
わたしはショートソードを逆手に持ち直しながら太腿のナイフを取り出した。
既に相手は距離を詰め始めていた。
「これでお前の綺麗な姿が見られるぞ!」
今までで一番の笑顔かも知れないベルグンゲの顔を見ながら
「死ね」
ベルグンゲの背後で爆発。
その爆風がベルグンゲを押し出すようにわたしに向かってきた。
体勢を直して地面に着地する直前、ベルグンゲの剣はわたしを貫いた。
爆風の勢いと共に同じ方向へ飛ばされた。
それでいてベルグンゲがわたしに覆いかぶさりながら一緒に地面を滑り始めた。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
背中を突き出た剣が地面にも刺さっているけど爆風の勢いと圧し掛かる男性一人分の体重を加えて体を斬り裂こうとしている。
引き裂かれないように全力で体に力を入れて食いしばった。
かなりの距離を滑ったわたし達は次第に勢いを失い静かに止まった。
多分空の色は変わらない。
星空が広がっているし、どこかに月もあるはず。
だけどわたしの視界には一人の男の顔があった。
「は、はは!それがお前の死に際か!初めて見る!その顔!」
子供の様に燥ぐ彼の声が耳障り。
「そんなに嬉しい?」
「嬉しいさ!このために俺はずっと女を殺しているんだから!」
「女性は……お前のためには生きていない。女性も男性も関係なく皆自分達の為に生きているんだ。お前みたいなやつに命を奪われてたまるか!」
「俺に殺されるのは俺より弱いからだ!俺より強ければ死なないのだから!」
「そんな屁理屈で殺される筋合いはない!」
「関係ないね!俺は、俺はっ!あの女を見てから!?」
ベルグンゲの口から何かが漏れ出た。
それを堰き止められないのか口が一瞬大きく膨らみ、直ぐに吐き出した。
吐き出された物はわたしの顔に盛大に掛かった。
それが何かは匂いで分かった。
血。
彼の体を巡っている血だった。
「な?なにが……?」
彼は気づいていない。
いや、気づいていない振りをしていたのかもしれない。
だって。
彼の心臓には。
わたしのナイフが突き刺さっているのだから。
もしも金属製の胸当てをしていたら突き刺せることは出来なかった。
だけど身軽に動いている彼らはあまり防具を付けないと思い、賭けた。
そしてその賭けに勝った。
一方でわたしも目の前の男に刺されている。
左脇腹を。
そこに刺した剣に触れているのは左腕。
剣の軌道を少しでも反らしたことで左腕の肉を少し削がれた。
ショートソードで完全に反らしきれずに体に刺されたのは痛恨の極み。
「あは、はは……!これが女の……綺麗な……顔……いいねぇ、良いよぉ!」
「こんな化粧は要らない。」
右手のナイフを捻ると更に口から血を吐きだされた。
陰で分かりづらいけど何かを言いたそうにしていたベルグンゲの顔は青くなっていた。
男の顔は笑っていた。
最期まで笑っていた……。
苦しみ藻掻いて死んでほしかったのに。
寧ろ最高の笑顔を見せられてしまった。
最悪だ。
それが悔しくて嫌になる。
だけど殺せた。
アルファン様達を殺した実行犯達。
本来なら全ての構成員を見つけて殺したいけど全員を見つけるのは不可能に等しい。
勝手に可能性をあきらめたくないけど優先順位も間違えたくない。
奴らに対する方針としては今後も生きていられたら旅をして探し出す。
それ以前に殺したい相手は何人もいる。
だからこんなところで死ぬわけにはいかない。
これからもわたしは。
「アルファン様、ケイティ、オリバー、マーサ、皆。あなた達を殺した奴らを殺したよ。これで少しは浮かばれるかな……?」
いつかは別れる人達だった。
それでも誰かの手によって殺されるなんて許されるべきじゃない。
本当なら帰ってきて欲しい、戻ってきて欲しい。
別れるにしても生きて見送って欲しかった。
彼らには生き続けて欲しいと思えた。
だけど、もういない。
失ったものは戻らない。
達成感を得られたはずなのにずっと前からある喪失感が消えることがなかった……。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
不定期更新ですが時間のある時に読んでいただけると幸いです。
補足・蛇足
今回登場した三人は前回の章で登場した貴族ダルメッサが極秘裏に組織したオメキャリングの構成員でした。
ベルグンゲはマーサやケイティを手に掛け、体格の大きいソルフェルツはボビィを、細身のオプティムはサムを担いだ時に登場していました。
単純にポーラがお世話になっていた貴族を暗殺した人達くらいの認識で良いかと思います。
彼らが過去の仕事内容を漏らしたのはポーラも口封じする前提且つ近くに身を潜めている存在がいないと判断して喋りました。
飼い主のダルメッサが存命であれば彼らも軽口を叩いたりしなかったと思います。
ポーラとベルグンゲの最後の刺し違いでベルグンゲが金属製の胸当てをして弾かれていれば喉に狙いを変えていて、革製の胸当てならギリギリ心臓に届いたかもしれません。




