82話 暗殺者の成れの果て
本日もよろしくお願いします。
わたしとユリアナが貴族区画へ歩みを進めるといつの間にか人っ子一人いない状況になった。
建物は並んでいるけど誰もが両開きの窓を閉めているらしい。
履きなれない靴も相まって未だに歩きなれないけど状況は整い始めたはず。
周囲の気を配っていると三方向に別れた交差点に辿り着いた。
正面へ行けば貴族区画、右へ行けば魔法士団区画、左へ行けば騎士団区画になっていたはず。
そのまま交差点へ差し掛かった時、何かを蹴る音が聞こえた気がした。
背後を振り向きながらユリアナを抱えて本来の進行方向へ跳躍。
黒い影が剣を地面に突き立てた姿。
「なにっ!?」
驚愕するユリアナだけど上手く体勢を整えてくれた。
「まさか避けられるとは思わなかったなぁ~?」
男の声。
ローブを頭から被っているから姿は分からない。
だけど、その声や身のこなしに覚えがあった。
「通り魔……。」
わたしの呟きにユリアナはさらに警戒する。
「差し詰め貴族のお嬢様を守る従者ってところか?」
「その通りですね。」
「嘘が下手だな。」
「何のことでしょうか?」
わたしはしゃがんだ姿勢で両太腿に括りつけたナイフを二本手にした。
それを確認した通り魔は素早く距離を詰めた。
「やらせない!」
わたしも相手の間合いを見ながら距離を詰めた。
通り魔は手加減しているのか正面から振り下ろした。
両手のナイフで受け止めると金属同士のぶつかる音が甲高く響き渡った。
「あ~、お前はもしかしてあの時の?」
何かに気づいた通り魔、だけど教える義理はない。
「どの時か教えて欲しいものですね!」
受け止めた力を抜いて相手の力を後方へ持っていく。
そこから左のナイフで顔面を斬り払う!
「おっと!」
しかし相手はそれを見切って顔を後ろへ下げた。
それだけでなく後ろへ跳躍しながら正面へ振った剣をわたしの方へ薙ぎ払おうとした。
「ちっ!」
急いで右のナイフで軌道に割り込ませて剣とナイフの衝撃に合わせてわたしも後ろへ跳躍した。
再び金属音が響いた。
ナイフはまだ使えるけど真正面から受け止めるとナイフの方がダメになる。
「やっぱりそうだ。あの時、邪魔してくれた奴だな。へぇ~、女だったのか。」
「それなら?」
「絶対に殺したいね!」
「それはごめん被ります!」
相手の戦意が上がったのか更に攻められた。
左右の薙ぎ、上下の振り、急所を狙った突き。
しかも目玉を狙っているから急いで首や体を曲げて回避した。
側頭部の髪が何本か斬られた!
もう少し遅れたら頭に切傷が出来ていたかも。
心拍数が上がる。
体は動かせるけどいなすので精一杯。
「今だ!」
後ろからユリアナの声が聞こえた!
相手の剣の軌道をずらして直ぐに後ろへ下がった。
同時に後ろからユリアナが飛び出した。
先程の庶民の服装と違って従士が着るような革の装備品。
それと騎士団で支給されているショートソード。
ユリアナが通り魔と交戦を始めた。
普段と違う装いだと思うけど騎士と言うだけあってわたしより力はあるみたい。
その証拠に通り魔の剣を受け止めてもビクともしない。
「お前は…騎士だな。」
「そうだと言ったら?」
「いやぁ、最近殺した従士達は手応えがなくてな。元々はそんなものを求めてなかったのに、最近は強い女性を殺したくなったんだよなぁ!」
「下種がぁ!」
今の発言から察するにこの通り魔は欲求を満たす為だけに人を殺していたってこと?
それを考えた瞬間、わたし自身もまた……。
いや、それよりも。
わたしも急いでナイフを使って服を破いた。
中にはいつもの普段着と腰にいつものショートソードを引っ提げている。
わたし達は大きめの服を上から着込んで、スカートも貴族の婦人達に近い広く持ち上がっているデザインにしたことでショートソードを持ち運べるように工夫した。
人によっては違和感を持ったかもしれないけどこうして釣れたなら問題ない。
わたしも加勢しようとした時、背後から別の気配を感じた。
振り向くと通り魔と同じ格好をした人間が二人。
一人はガタイが大きく、もう一人は比べると細く見えた。
ガタイの大きい方が声を掛けて来た。
「手こずっているなら加勢は必要か!?」
「必要ない!こいつらなら僕一人で十分だ!」
「あまり時間を掛けるな!直ぐに囲まれるぞ!」
「ベルグンゲなら大丈夫でしょ?それに一部は片づけたからな。」
「は!?」
会話を聞いていたユリアナが動揺した。
それが隙になり通り魔ことベルグンゲが正面左を突いた。
彼女は避けきれず右腕を掠った。
「くっ!?」
痛みに声を上げ、距離を取った。
「もう直ぐしたら綺麗な姿を見られるな!」
ベルグンゲが興奮した風に言う。
「何のことだ!?」
「僕が殺すのは……。」
ユリアナが左から右へ振り下ろす剣をベルグンゲはタイミングを合わせて剣を交差させたけど直ぐに弾いた。
急いで彼女のカバーに入らないと!
彼女の右側へ回り込むけど相手は既に心臓を狙ったかのような突きを繰り出そうとした。
死なせない!
ショートソードを二人の間に割り込ませる。
ギリギリだけどベルグンゲの剣にぶつけた!
だけど完全に軌道は変えられず彼女の左脇腹に刺さってしまった!
「うあっ!?」
彼女の苦痛の叫びが耳に届く。
すぐさまショートソードを相手の首を狙う様に斬り払った。
これには予想外だったのかベルグンゲは避けるタイミングが少し遅れた。
だけど完全に捉えたわけではなく首を刎ねることは出来なかった。
剣が払ったのは顔にかけたローブの部分だけ。
ここで初めてベルグンゲの顔が見えた。
月明かりだけど顔は整っている気がした。
癖のついた短い髪は多分ライトブラウン。
眼光は鋭く、口元は緩んでいた。
獲物を絶対に殺す、そんな顔をしていた。
こいつの思う通りに運ばせる気はない!
ショートソードを戻して中段に構えた。
ベルグンゲは何歩か距離を取る。
「その目!なにかあの時見た目に近いね!あれをもう一度見たかったんだ!」
訳の分からないことを言っている。
その間に騎士団区画の方角から巡回中の従士二名が来た。
「そこまでだ!お前達はこの場で捕縛させてもらう!」
意気揚々と乗り込んできた従士の言葉に、三人は動じなかった。
「はっはっは!俺達を捕まえるとかできるのかねぇ?」
「どちらにしても捕まる訳にはいかないな。」
細身の男は笑い、大きい男は冷静に言い放った。
「抵抗するなよ!」
「動くなよ!」
二人の従士達が黒いローブの男二人に近づくがある程度近くなったところで黒いローブの二人は懐からナイフを手にした。
「断る。」
「バカじゃないの?」
二人の言葉に従士達は熱くなり抜剣して構えた。
だけど従士達が剣を振り抜く前に黒いローブの男達は相手の顔面を突き刺していた。
「!?」
ユリアナは痛みに堪えながらも目の前の光景に震えていた。
顔面に突き刺された剣は軽々と引き抜かれた。
「こいつらも呆気なかったな。」
「そうだな。」
二人は血糊のついたナイフを振って落とした。
彼らにとってはなんてことないような態度。
そして魔法士団区画の方面からも巡回中の従士二人が到着した。
「なっ!?」
「嘘だろ!?」
彼らも同僚の最期を目の当たりにして驚いた。
「ここから立ち去れば危害は加えない。」
「来れば死んじゃうけどね!」
彼らの言葉に従士達は臆するがそれでも職務を全うするために彼らを捕縛すべく駆け出した。
「うおおおおおおお!」
「許さないぞおおお!」
叫ぶ彼らが剣を大きく構えて飛び掛かる。
大振りの剣は果たして、黒いローブの男達に当たることはなかった。
「帝国の兵士がこんな軟弱とはな。」
「嘆くしかないねぇ~。」
「ソルフェルツやオプティムに比べたら弱くて当然でしょ。」
「お前達、名前で呼ぶな日頃から言っているだろう?」
「ソルフェルツ、それを気にする必要はないと思うんだよね!」
細い方の男、オプティムと思われる男は自身に襲い掛かって来た従士の一人の顔面を殴った。
「ぶはっ!?」
ソルフェルツと呼ばれた大きな男は相手の足を蹴って転ばせた。
「うわっ!?」
オプティムはよろけた従士の喉元にナイフを突き立て捻った。
「!?!?!?」
喉をやられたことで痛くても叫ぶことが出来ず涙と血を流して息絶えてしまった。
地面に転がった従士もソルフェルツに足で転がされ仰向けになったところで喉を一刺し。
「こうやって殺せば誰も知らない状態になるんだから!」
オプティムは笑いながら殺した従士の服でナイフの血を拭った。
ソルフェルツも同じように血を拭うが納得はしていないように見えた。
「俺達は快楽殺人者ではない。雇用主の為の汚れ役だったんだ。」
「その雇用主も居なくなったのによくやるよ。」
「俺達は次の雇用主が見つかるまで待機しているはずだったんだがな?」
呆れるソルフェルツにオプティムは彼の腰を叩いて落ち着かせようとした。
「世の中仕方がない事なんてごまんとあるのさ、気にしていたら生きていけないぜ。」
「そう言う話ではないのだがな。」
話が通じていないとソルフェルツは溜息を吐いた。
一方、ベルグンゲはオプティムに同意していた。
「オプティムの言う通りさ、邪魔なら殺す。俺は殺したい相手を殺すけどね。」
彼らの話に耳を傾けていた内にユリアナの脇腹の手当てを施したけど長時間このままにするわけにはいかない。
「ユリアナ、ここを離れて応援を呼んで。」
「バカを言うな。ポーラを一人残すわけにはいかない。三対一で勝てるほど秘策があるわけじゃないだろう?」
「それはそうなんだけど。」
「私も一緒に戦う。帝国の為にこの街に住む人々を守るのが我々の役目でもあるからな。」
真面目に責務を果たそうとするユリアナの目は死んでいない。
わたしは正直逃げ出したいところだけど、この黒いローブに何か引っかかるものを感じた。
もっと前に何処かで見たような。
でも、黒いローブ自体は何処にでもあるはず。
そんな事よりも予想以上の窮地に立たされてしまった。
更に言えば先程の巡回していた従士達はどうして個別に来た?
ユリアナの話では出来るだけ全ての通り道を塞ぐように合流する手筈と聞いた。
この場所においては四方向から多くの巡回兵達で押し寄せて逃げ道を無くせるように彼らは動いていたと思った。
団長達からは一斉に取り囲むように言われていたはず。
その割に二人一組ずつしか来ない。
一人一人の力量は通り魔達に劣っているとしても多くの兵士達で掛かれば捕まえることも不可能じゃない。
功を焦って全員が足並み揃えずに動いている?
そしてソルフェルツとオプティムと呼ばれた二人組を見直すと次は巡回兵二人とローブを着た魔法士一人が駆けつけて来た。
人数が多くなって優位に立てそうかと思えた。
「こいつらが例の奴らだな!」
「一人じゃなかったのか!」
「ここにいるなら捕まえるしかないだろ!」
「援護します!」
巡回兵の二人がソルフェルツ達に襲い掛かった。
そこへ魔法士が杖を以て魔法を放った。
「クエイクウォール!」
ソルフェルツ達の後方に土の壁が出来上がった。
「逃げ場を無くすわけか。」
「悪くはないねぇ!」
だけど逃げ場を無くしたはずの二人からは余裕の雰囲気を感じられた。
巡回兵の二人がそれぞれに突撃した。
今回は剣戟に付き合うかのように足元に転がっていた巡回兵達の剣を手にして突撃した巡回兵達の剣を受け止めていた。
しかも後退することなくその場に留まって。
「くそっ!賊のくせして!」
「俺達の剣が効かないだと!」
彼らは剣の腕に自信があったらしい。
だけど賊と言われたソルフェルツ達の力量は彼等より上だと思えた。
「こんなものか。」
「流石帝国直属の従士様ってところかな!?」
二人は同時に巡回兵達の剣を受け流して立ち位置を変えた。
「これで君達が追い込まれたってわけぇ!」
「残念だったな。」
それと同時に魔法士が攻撃魔法を放った。
「ファイアボール!」
中空から形成された火の玉がソルフェルツに向かった。
だけど彼は振り向いて一歩横にずれた。
火の玉が飛ぶ軌道上には一人の従士がいた。
「へっ!?」
間抜けな声と同時に従士は火の玉の直撃を受けてその衝撃で土の壁に衝突した。
それを目撃したもう一人の従士は唖然となっていた。
「嘘だろ?」
「本当のことさぁー!」
オプティムは遠慮なく彼の喉笛に剣を刺した。
刺された従士の体から力だ抜けて崩れた。
それを見た魔法士は二、三歩後ずさった。
「あ、あ……!?」
「未熟だな。」
ソルフェルツが投げた剣は魔法士の頭に直撃してその場から後方へ飛んだ魔法士は背中を地面に擦りながらも動くことはなかった。
こうも良いようにやられるなんて。
大人数であればまた違ったかもしれないのに……。
何故か断続的に来る従士達に何かを疑わずにはいられない。
ユリアナも不自然な光景を見て唖然としているけど後ろの二人が襲い掛かって来ない以上は前に集中するしかない。
「行くよ、ユリアナ!」
「あぁ!」
わたしはショートソードを構えて先に仕掛けた。
ベルグンゲも剣を構えてわたしの攻撃を受けた。
「お前の剣は軽いな。そっちの女の方がまだ重い。」
「うるさい!」
ぶつかった剣を引いては右へ左へと攻撃を繰り出した。
だけどどの攻撃も全て防がれた。
やっぱり相手の力と技量は上。
真正面からでは敵わない。
「変われ!」
ユリアナの声に振り下ろした剣を無理やり止めて右へ飛ぶ。
ベルグンゲの動きが一瞬止まった。
そこへユリアナの左下から右上の斬り上げが迫った。
ベルグンゲの体にユリアナの攻撃が当たると思った。
だけどベルグンゲは左足を浮かせて体をずらしながら手にした剣を逆さに持ち直してユリアナの剣の軌道に割り込ませた。
「クソッ!」
「残念。」
「まだ!」
わたしの方へ体を傾けたベルグンゲに向けてショートソードを振り下ろした。
このタイミングなら!
そのままであれば剣の軌道に飛び込んでくるはずだった。
なのにベルグンゲは浮かせた左脚を正面に落としてギリギリのところで踏みとどまった。
更にしゃがんで低い姿勢になりながら剣も下げて力を込めていたユリアナの剣の勢いを再びつかせてしまった。
剣を振り切ったわたし達は共に目を見開いてしまった。
タイミングをずらしての攻撃だったけどどちらもいなされた。
「隙あり。」
ベルグンゲは左足を軸に右脚でユリアナの左脇腹を蹴り飛ばした!
「っ!!」
振り抜いた動作で胴ががら空きになっていたために守ることが出来ず、そのまま後方へ飛ばされてしまった。
「がはっ!?」
近くの建屋に激突。
建屋は壊れることはなかったけど衝撃を受け流すことが出来ずにユリアナは地面に横たわってしまった。
「ユリアナ!」
呼んでも反応がない。
打ち所が悪ければ死んでいる?
いや、多分気絶しているだけだと思いたい。
「これでお前をちゃんと殺せるな!」
「殺される謂れはない!」
劣勢になったことで生まれた恐怖心を打ち消すために叫んだけどどうやって倒せばいいのか分からない。
相手は人間、モンスターじゃない。
そんなわたしにベルグンゲはとんでもないことを口にした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
不定期更新ですが時間のある時に読んでいただけると幸いです。




